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第107踊 上書きの魔法

三射目。

3周目に入り、プレッシャーによって体力も集中力も限界に近づいてきた。


弓道ではよく、1本目は技術力、2本目は体力、三本目は精神力、4本目は人格者でなければ当たらないと言われている。


いわば今は「精神力」であてる場面ということだ。


古川先輩は、三本目も難なく的中させた。

小さく息を「ふぅ」と吐く音が聞こえた。

古川先輩もやはりプレッシャーを感じているようだ。


後藤くんは先程の失敗から気持ちを切り替えて挑んだ。矢は的に吸い込まれていくように的中した。

同じ1年生なのに流石だなと思う。


僕は、弦に手をかけた瞬間、汗が手ににじんでいるのを感じた。


(ここで崩れるわけにはいかない……)


深く息を吸い、心を整える。


(自分のために)


いづみに言われた言葉を自分に言い聞かせ、矢を放つ。


音が走る。手ごたえが的にあたる前から伝わる。


的中!


安堵して無意識に口元が緩む。


そして、矢野先輩も、難なく的を射抜く。


(やっぱり、頼りになる……)


相手チームもみんな的中させ、リードはなし。いよいよ最終局面だ。外したら負けってハッキリわかる展開だ。


最終射、四射目。


緊張感が最高潮に達する中、古川先輩はまたもや中心を射抜く。まるで、的中するのが当たり前かのように。


後藤くんも、鋭い集中のもとで的を捉え的中させた。

一度外してしまった事が彼の実力を引き上げているように感じる。


そして、僕の最後の一射。

外せないプレッシャーが重く両腕にのしかかる。外したら負けてしまうかもしれない。


弓がいつもよりはるかに重く感じるし、呼吸も早くなる。落ち着かない、落ち着けない。


そんな時、パンッと音がなり、拍手が鳴り響く。

どうやら相手チームの3番手が的中させたようだ。


(いよいよ外せなくなっちゃったか…)


覚悟を決めて弓を構え、弦を引き絞り狙いを定める。が上手く定まらない。


目でチラリと応援してる人達を見ると咲乃は祈るように手を重ね合わせていた。

いづみは優しい目で僕を見ていて、目が合ったとわかるとだひとこと「魔法」と呟いていた。


魔法…か。


僕はいづみに魔法をかけられたことを思い出した。


「今日は魔法をかけてあげるからね……特別だよ?」


そういって彼女は僕の頬にキスをした。


(自分も恥ずかしいくせに…無理して)


思わず笑みが零れそうになるのを必死にこらえて的に狙いを定める。


みんなの思いを胸に、最後の矢を放った。


静寂の中、鋭く飛ぶ矢が、中心へ。


見事に的中。


会場の拍手が一段と大きくなる。


咲乃といづみがわいわいと抱き合って喜んでいた。


そして最後。


矢野先輩のラストショット。


放たれた矢は、まっすぐに、確実に、的の中央を射抜いた。


すべてが終わった。


一礼し、射位を後にする。


試合は僕たちが1本差で、15対14で勝利した。


みんながいる所に戻った瞬間、緊張の糸が切れたように口々に声を上げる。


「ナイスです!」


後藤くんも珍しく興奮している。


「由美ちゃん…最後完璧…だった!」


「いやいや私だけじゃなくてみんな凄かったよ!雅も後藤くんもそうだし、なにより秋渡くんが最後当ててくれたおかげで逆に向こうにプレッシャーをかけれたから勝ちに繋がったんだよ、ありがとう!」


最後逆に向こうに外したら負けというプレッシャーをかけた結果、プレッシャーに負けた相手チームが外してしまい何とか勝つことが出来た。

ある意味プレッシャーの掛け合いなのかもしれない。


「ありがとうございます!すごく楽しかったです!」


僕の言葉に、矢野先輩がニッと笑って言った。


「うん、楽しんだもん勝ちってね!」


僕たちは、勝ち負け以上に、大切な何かを掴んだような気がした。


バタバタと咲乃が勢いよく駆け寄ってきた。


「秋渡!やったじゃない!」


嬉しそうに声を上げると、彼女は僕の肩にバシンと一発。


「いった……けど、ありがとな」


「ふふん、まあ、私のおかげね? あのまま緊張してたら外してたでしょ?」


「それは……否定できないな」


「でしょー! あ、はい!約束のジュースあげる!」


「え、いいの?」


咲乃は僕の耳元にそっと顔を寄せて、ほんの少しだけ赤くなりながら囁いた。


「かっこよかったよ、あきくん」


その一言が、僕をドキドキさせた。

彼女の言葉は、どこまでも真っ直ぐだった。


そのすぐあと、もう一人、軽やかな足取りでやってきたのはいづみだった。


「ふふっ、おめでと、秋渡くん」


「いづみ……見ててくれた?」


「うん、ちゃんと。“魔法”効いたでしょ?」


「……ああ、ばっちりだった」


僕がそう言うと、彼女は目を細めて少しだけ恥ずかしそうに照れたように笑った。


「じゃあさ、今度は“お守り”ってことで、またかけてあげよっか。次の試合の前も特別に、ね?」


「あー……できれば控えめに頼む」


「ふふっ、それはどうかなー?」


冗談めかしながらも、彼女の声はどこか優しかった。


「ちょっと秋渡!」


背後から鋭い声が飛んできた。


「ん? どうした、咲乃?」


「さっきの……“魔法”って、なに?」


「っ……!?」


やはり聞き流してはくれないか。


「そ、それは……えーと……」


「いづみが言ってたでしょ? 魔法って。さも当然みたいに。あれ、どういう意味? なんか……知ってる感じだったよね?」


咲乃は両手を腰に当て、ジト目で僕をにらんでくる。

その横から、すっといづみが顔を出して、にっこりと笑った。


「あれ~? もしかして咲乃ちゃん、気になるの?」


「うっ……気になるに決まってるじゃない……! というか秋渡! あんたの顔、あのとき赤くなってた! 絶対なにかあったでしょ!?」


「そ、それは……緊張のせいかと……」


「嘘おっしゃい!」


咲乃はぐっと詰め寄る。

いづみはそんな様子を楽しそうに見ながら、わざとらしく小声で囁く。


「“魔法”はね――」


その瞬間、通りすがりの他校の生徒が咲乃にぶつかった。


「わっ…ごめんなさい!」


「きゃっ……!」


咲乃がバランスを崩し、僕に向かって飛び込んできた。


ぷちゅり。


咲乃の唇が、僕の頬にふわりと触れた。


「――――っ!?」


「……え?」


咲乃は跳ねるように離れ、耳まで真っ赤にしてわたわたと手を振った。


「ちょっ、ちょっ、ちょっと!? な、なんで!? 今の事故だからね!? 完全に事故だから!!」


「見たよ……! しっかり見ちゃったよ……!」


いづみが固まったまま、ぽつりと呟く。


「私だけの……“魔法”だったのに……」


「へっ……?」


「頬にキスは……私の特別だったのに……なんで咲乃ちゃんも……っ」


珍しくいづみが涙目になっていた。


それを見て、咲乃も焦りながら叫んだ。


「ち、違っ……! いづみのが先だしっ! こっちは事故だしっ! 私だって……いきなり頬にキスなんて……!」


そしてなぜか、よく分からないことを言い始める咲乃。。


「う、上書きの……魔法?」


「えっ」


「……は?」


「そ、その……前の魔法に……重ねて……えっと……私の魔法で上書きされてなかったことに、みたいな!プラマイゼロ!」


「むしろ効力倍になってると思うよそれ……」


「うん、完全に混ざってるね……」


僕といづみに突っ込まれて、咲乃は顔を覆って叫んだ。


「もうほんと最悪~~~!!」


いづみは少し微笑んで、優しく言った。


「ま、いっか。今日は咲乃ちゃんの勝ちにしたげる」


「べ、別に勝ち負けじゃないしっ!」


「じゃあ、引き分けってことで」


騒がしさの中にも、どこか温かい空気が流れていた。


ただそんな魔法みたいな時間も、終わりはやってくる。


準決勝に挑んだ僕たちは延長戦の末、惜しくも敗れた。

あと一歩届かず、県大会優勝の夢はここで潰えた。


でも、不思議と悔しさよりも、満ち足りた感情が胸にあった。


咲乃が、僕の元にそっと歩いてきて言った。


「……残念だったけど、すっごくかっこよかったよ。最後の最後まで、ちゃんと戦ってた」


「ありがとな。でも、やっぱり悔しいな……もう少し、できたかもって思うと」


「悔しいって思えるの、いいことよ。次に繋がるもん」


咲乃はそう言って、笑った。とびきり自然な、心からの笑顔だった。


いづみもそばに来て、小さく呟いた。


「負けたけど……すごく、綺麗だったよ。最後の射……私、ちょっと泣きそうになった」


「そういってもらえて嬉しいよ。ありがとう。魔法、効いた気がするよ」


「……それは、どっちの?」


「どっちもだよ」


僕が笑ってそう言うと、いづみと咲乃は照れたように肩をすくめた。


負けた。でも、前を向いている。

そして、支えてくれる仲間がいる。笑ってくれる仲間がいる。


それが、どれだけ力になるかを知った。


次は、もっと上手くなる。もっと強くなる。


そして、またこの仲間と一緒に上を目指す。


いづみは、僕の隣でまっすぐ前を見つめながら、静かに呟いた。


「次は私の番だね。見ててね、秋渡くん」


その横顔には、今まで見たことのないほど、強い光が宿っていた。

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