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第101話 新しい季節

夏の日差しが陰りをみせ、少し肌寒くなる季節がやってきた。

藤樹祭からしばらくたち、季節は夏から秋へバトンタッチされていく。


お祭り雰囲気は終わり、3年生たちは受験勉強へ向けて本腰を入れている。少し張り詰めた雰囲気が学校全体を包み込みんでいた。


もちろん勉強するのは一二年生も例外ではなく、中間テスト、そして冬には全国統一模試が控えている。


中間テストは期末テストほど教科は多くなく5科目程度だが、クラス分けに影響するため手を抜くわけにはいかない。


日々の授業をしっかり受けつつ、放課後は部活動に汗を流した。そんな慌ただしい日々を送っているとテスト期間に入った。


部活動も全面的に休みであり放課後は勉強する時間となる。教室で残って勉強したり、図書館に行って勉強したり、やり方は様々だ。


僕はというと―――


「以上でご注文の商品はお揃いでしょうか」


ファミレスに来ていた。


それは放課後の出来事だった。


チャイムがなり帰り支度をしていると突然教室の扉が勢いよく開いた。入ってきたのは5組の麻里子だ。キョロキョロと教室内を見渡している。


なぜかザワつく教室…というか男子たち。

「麻里子様だ」「麻里子様が来たぞ」と周囲から声が聞こえ始めた。


「なぁヒロキング、麻里子”様”ってなんだ」


隣で同じく帰り支度をしていたヒロキングに聞いてみる。麻里子”様”って上からすぎる。サディスティックな奴なのか。ヒロキングはすごく真剣な顔付きで僕の両肩に手を置いた。


「あれは麻里子ファンたちがそう呼んでいるんだ。藤樹祭から一気に人気が出てらしくてアイドルのような存在まで登りつめているらしいぞ。1組のいづみ、5組の麻里子と言われてるらしい。俺はそういうの慣れてるけど、片桐、お前は気をつけろ。帰り道、一緒に帰ってやろうか?」


「いや怖いこと言うなよ!そもそも僕って決まったわけじゃないだろ」


そもそも僕を探してるわけが無い。

最近何もなかったしきっと他の人だろう。

でも、知らない間にそんな事になっているとは思ってもみなかった。


「しょうがないわね。私の背中貸してあげるから紛れるといいわ」


いつの間にか右隣に立っていた咲乃が自信ありげに胸を張る。いや隠れられなくないか。咲乃は小柄なタイプだし。そんな僕の思いを代弁するようにいつの間にか左隣にいた千穂が言う。


「いや咲乃ちゃんの身長、麻里子ちゃんと同じだから無理でしょ。私の背中貸してあげるから安心して秋渡」


確かに女子の中でも僕と同じくらい背が高い千穂なら隠れて移動することも可能だ。


「助かるよ……じゃなくて!なんでコソコソ隠れる流れになってるんだ!」


思ったより大きな声でつっこんでしまった。

案の定麻里子と視線が交錯した。


「あ、いたいたー!片桐くん一緒に勉強しよー!」


クラス中に響き渡る声を出す麻里子。

ここ最近なにもアクションがなく平穏な日々を過ごしていたのに一気にクラス中がザワついた。男子たちからの視線が刺すように痛い。やっと藤樹祭のほとぼりが冷めたと思っていたら再燃してしまったようだ。


僕は素早く麻里子へ近づくと腕を掴んで教室の外へ連れ出した。


「わかったからもう少しこっそりと頼む」


僕の懇願に対して「なんで?」とキョトンとしている。無邪気すぎて逆に辛い。

僕が色々説明していると自称保護者もやってきた。


「麻里ちゃんがごめんね~。ココ最近は私が目を光らせてたんだけど今日は見失っちゃった。とりあえず、ファミレスでも行きますか」


そんな流れで、僕・麻里子・玲奈の3人でファミレス勉強会が決定。


――のはずだった。


「当たり前よね。私たちも行くわよ」


咲乃と千穂が当然のように同行を表明。


「秋渡が変に持ち帰られないように見張らないとね」


「意味が重すぎる!」


さらに校門を出る途中でいづみと佳奈に出くわした。


「えー! ファミレス? 行く行くー!」


「私もいくよ!秋渡くんに教えてもらおっと!」


こうして、謎の勉強会が始まり現在にいたる。


ファミレスに着き、各々好きなものを注文した。

ドリンクバーを取り終えると、意外にも真面目な空気に。

麻里子が隣で眉間にシワを寄せながら問題を解いていた。


「……ん?どうしたの片桐くん?」


「いや……ちょっと意外だったなって思って」


「ふふ、遊んでばっかに見える? でも、やる時はやるんだよ私」


そう言って、僕にグッと体を近づけてくる。ふわっと香るいい匂いに思わずたじろいでしまう。咲乃が注意しようとした瞬間、麻里子は僕のノートを指差してミスを指摘した。


「ここ、間違ってるよ……ってどうしたのみんな?」


そんな光景を見て玲奈がふわっと笑う。


「麻里ちゃんは、アホっぽく見えるけどやる子だから」


「レナレナひどい!私アホじゃないもん!アホなのはこの3人だよ!」


なぜかとばっちりでアホ認定されるいづみと佳奈と千穂。3人は「私たちはアホじゃなーいッ!」と抗議していたが咲乃や玲奈はうんうんと頷づいていた。僕も同調すると何故か怒られた。理不尽しすぎる。


和やかな雰囲気の中、突如として佳奈が破壊兵器を持って現れた。


「じゃじゃーん! 佳奈特製ドリンク、完成〜!」


「見た目が完全に毒薬なんだけど……これ本当に飲めるの?」


見た目は紫がかったいかにも飲んではいけない色をしている。飲まなくても体が拒否反応を起こしてしまうレベルだ。実はアホ認定されたの根に持っているのか?


「飲めばわかるよっ!秋渡も大好きなジュースだよ?あれれ~もしかして飲めない?」


佳奈のひとことが決めてだったのか、僕の方をちらりと見て「私、飲むよッ!」と麻里子は飲む決心をした。

僕は慌てて止めに入ったが遅かった。


「待て、騙されるな!ひとことも好きとは言ってないぞ!」


麻里子が1口飲んだ次の瞬間――


「ぶはぁ!? 舌が戦争してるぅう!!」


意味不明なことを言い出し机に突っ伏す麻里子。一体何を混ぜたんだ佳奈……。


「麻里ちゃんがダウンした〜!」


「水水水〜っ!!」


慌てていづみが差し出したのはコーンスープだった。


「なぜそれを選んだ!!」


カオスな時間もありつつ、勉強は意外にも順調に進んだ。


そして迎えたテスト当日。


朝の教室。緊張感の中に、少しだけいつもの笑い声も混じっている。

やれるだけの事はしてきたし大丈夫……だよな?


勉強の記憶を辿るとファミレスの思い出ばかりだ。チャイムがなり、一気に気持ちを切り替えてテストに向かった。



昼休み。

テストの緊張から解き放たれた僕たちは、いつもの中庭のベンチに集まることにした。


まだ秋の始まりとはいえ、日なたはポカポカしてて、のんびりするにはちょうどいい。


「おっはよ〜、秋渡!」

「お疲れ様秋渡くん」


ぴょんとベンチの背後から飛びついてきたのは佳奈。元気すぎる。いづみもそれを見てマネしようとしていたから止めておいた。


「なあ、いま“おはよう”っていう時間じゃないよな?」


「細かいこと気にしないのが佳奈ちゃん流〜♪」


そのまま隣に座った佳奈は、サンドイッチの包みを開けると、なぜかおもむろにパンを逆に持ってかぶりついた。


「パンは端から食えよ!? なんで真ん中から!?」


「真ん中がいちばん美味しくて食べやすいんだよー?」


そこへ、テスト明けとは思えぬ知性オーラをまとった麻里子と玲奈が登場。というか麻里子はえっへんと胸を張ってるだけだ。


「こら佳奈ちゃん、パンの食べ方からやり直しなさい」


「それ、もはや教育方針じゃん!」


自称保護者は他所様の子へも保護者ムーブしていくようだ。


「お待たせ〜片桐くん。今日は風もないし、気持ちいいね!よかったらこのあと二人で―――」


グイッと麻里子の首根っこを捕まえた玲奈がゆっくり腰を下ろす。麻里子もしぶしぶそれに従い座った。少し遅れて咲乃と千穂も合流して、ベンチはまるで“昼の定例会議”のようになった。


「さて……で、どうだった?テスト」


最初に口を開いたのは咲乃。冷静沈着なその口調は、なんかもう採点官みたいだ。


麻里子がにっこりと笑う。


「英語と現国は満点、世界史も自信あるよ。ね、レナレナ?」


「うん、私もまあまあ。数学でちょっとケアレスしたかもだけど、それ以外は余裕かな〜」


「私はね、国語と生物は完璧。歴史は時系列が楽しくてスラスラいけたわ」


咲乃の分析的な口ぶりに、僕は「すごいな…」と感嘆するしかない。


「なんだこの天才トリオ……」


すると、残る3人が一斉に黙り込んだ。

沈黙に対して咲乃が問いかける。


「……なにその沈黙」


いづみが、カバンからペットボトルを取り出すと、ふたを開けて水を飲んだ。

そのまま口をつけたまま、小声でつぶやいた。


「ワンチャン、寝てたかも」


「それは“可能性”じゃなくて“確定”ってやつよ!」


咲乃が珍しくツッコむ。意外すぎてちょっとおもしろい。思わず笑ってると睨まれた。なんで。


佳奈が天を仰ぎながら言う。


「数学の文章題、完全にラノベだったよね〜。なんか、友情とか努力とか勝利とか出てきたもん」


「出てないよ!? なんで?ジャンプ脳でテスト受けたの!?」


咲乃がこっちもかとツッコミまくっている。その顔は呆れを通り越しているようにも見える。


千穂が髪をいじりながら、どこか申し訳なさそうに言う。


「……歴史、世界と日本たぶん混ぜた」


「イエス・キリストが天下統一したみたいな!?」


「それそれ、それ書いた!」


「徳川家康泣いていいよ……!」


麻里子がくすくすと笑いながら、そんな三人を見てスマホを開いた。どうやらスケジュールを確認してるようだ。


「じゃあ、これから週に一回、私が補習してあげるよ~!強化合宿ってことで。アホだと張合いないし~」


「「「えっ」」」


「よかったわね!麻里子に教えてもらえるわよ!」


「いや、私はちょっとその日はバイトが……」


「佳奈ちゃん、嘘はよくないよ?」


玲奈がニコニコしながら詰め寄ってる。やさしい圧力だ。


その様子を見て、咲乃が僕にぽそっと話しかけてきた。


「……なんだかんだで、楽しいよね。こういう空気」


「うん、まあ……たしかに」


こういうふざけあった雰囲気は悪くないし、居心地がいい。


咲乃は3人に向かって発破をかけるように言う。


「3人ともそのままでいいの?私たち全員、勉強でも恋でも競争中なんだからね?」


「バスケなら負けないよ!」

「私が一番速いんだから!」

「わ、私もダンスなら負けないから!」


「ふふっ」


笑った咲乃の目は、なんとなくライバルっぽかった。


佳奈が突然ガタッと立ち上がって叫んだ。


「よーし!じゃあ今度は“ご褒美”に、誰が秋渡と遊びに行けるかで争おうよ!」


「は!?なんでそうなる!?」


「え、そこ争うとこじゃないの?」


いづみが楽しげに笑う。


「じゃあそれで決まりだね!」


麻里子が勝手に決定して締めた。

どうやら次のテストは大変なことになりそうだ。


平穏な日々も好きだけど、やっぱりみんなでわいわいするのも悪くないなと思った。


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