第100踊 藤樹祭の終わり、それぞれの想いを胸に
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熱い盛り上がりを見せた体育祭もついに終わりを迎える時が来た。いよいよ最終種目、チーム対抗リレーを残すだけとなった。
昼の部が始まってから得点は付けられていないが、おそらく現状1位は聖炎、2位は藤朋、3位は肱龍だろう。
チーム対抗リレーの得点は高い。どのチームも逆転する可能性が残されている。チーム対抗リレーは、各チーム1年生2人、2年生2人、3年生2人を選出することがルールである。まさにみんなで勝ちに行くということだ。
選ばれたのは運動自慢の選手たち。藤朋ではヒロキングもその1人だ。おそらく肱龍には佳奈、聖炎には麻里子がいるだろう。
自チームのテントに向かうと千穂に手招きされた。長椅子の隣の席をポンポンと叩く。隣に座ってということだろう。僕は促されるまま隣に腰を下ろした。
「おつかれー!さっきは熱い戦いだったね。袴姿で走るなんて驚いたよ。似合ってたけどね!いよいよ次で最後って思うと、なんだか寂しくなっちゃうね」
「まぁあっという間だったもんな。袴姿は天使先生の希望だから、着るしか無かった。そういえば千穂のバスケのユニフォーム姿はじててみたかも。そっちも似合ってたよ」
お互い社交辞令のように似合ってたって言い合う。千穂が始めた物語なのに、頬を朱に染めて恥ずかしがるのは辞めてくれ。
そんなやり取りをしてると袴から体操服に着替えた咲乃が隣に腰を下ろした。
「おつかれー。さ、頑張って応援しよっか。次で泣いても笑っても最後だしね」
咲乃の言うとうり、最後の種目だ。しっかり応援しよう。選手が入場し、1年生から走り出す。ヒロキングは第2走者だ。
他のチームを見ると、やはり佳奈と麻里子もいた。あの二人は第1走者のようだ。
なにやら2人でわちゃわちゃ言い合ってるがスタートラインに立つと2人とも集中しているのか真剣な顔付きになった。
スターターピストルが鳴り響き、最後の種目、チーム対抗リレーの開始を伝える。
最初に先頭に躍り出たのは麻里子だった。
素早いスタートダッシュを決めてインコースを攻める走りをしている。
でもやはり本職の佳奈は速い。少し膨らみつつもアウトコースからどんどん加速して行きトップスピードに乗った時はアウトコースから麻里子の横をすり抜けてトップに踊りでた。
藤朋チームも負けてはいないがやはり2人が速すぎて差が少しずつ開いてきていた。
バトンを渡し第2走者へ。
3着でバトンを貰ったヒロキングは一気に加速し先行する2人を追いかける。さながら獲物を狙うチーターのように、一気に追いついていく。ひとり抜く度にわく大歓声。その歓声がヒロキングの背中を押すように、さらに加速する。
気がつけばトップに踊りでて2年生の第1走者にバトンを渡す。
そこからは抜いたり抜かれたりを繰り返し、3年生のアンカーまでバトンが渡って言った。
アンカー同士の熾烈なトップ争いの結果、最初にゴールテープを切ったのは藤朋チームだった。わずかに遅れて聖炎、そして肱龍チームがゴールしていく。勝っても負けてもみんな清々しい顔をしていた。
『それでは閉会式を行います。生徒の皆さんはグラウンドに集合してください』
アナウンスに従いグラウンドに集まる。
いよいよ閉会式、そして結果発表の時間だ。
『それでは結果発表をします』
みんなの期待と不安が入り交じった静寂を打ち消すように告げられていく。
『競技の部、第3位―――肱龍チーム』
ぱちぱちと拍手がなり響く。肱龍チームは負けたけど満足気だ。
聖朋、藤朋チームは祈るように手をかさねている。次ではっきり分かるからだ。
『第2位―――聖炎チーム』
その瞬間藤朋チームはどっと沸いた。
『第1位―――藤朋チームです』
みんなでハイタッチをして喜びを分かち合う。「やったね!」と珍しくはしゃいでいる咲乃はすごく嬉しそうだ。聖炎、肱龍チームからは拍手で称えられた。
その他の結果は、ダンスの部で肱龍、応援の部で聖炎が1位だった。
総合優勝は、聖炎チームとなったが、どのチームも各部門だ1位を取れていい体育祭となったと思う。
体育祭の片付けが終わると各チームで集まり解散式を行う。
3年生の代表があいさつをし、記念撮影をして解散となった。
「俺たちも写真撮ろうぜ!」
解散式が終わり、片付けも一段落した頃。ヒロキングが声を上げた。
「ナイスアイデア! みんなで写真撮ろ!」
すかさず千穂が乗っかり、咲乃も「うん、撮ろ撮ろ!」と笑顔を見せる。
最初に集まったのはヒロキング、上野さん、千穂、咲乃、そして僕。いわば、いつものクラスメンバーだ。誰かのスマホのタイマーをセットして、ふざけ合いながらポーズを取る。
「ちょっとー! 写真なら呼んでよー!」
そこに佳奈といづみが元気よく加わってきて、後ろから麻里子と玲奈、そして古川先輩と由美先輩までがやってきた。
「え、全員集合?」
僕のつぶやきに、「いいじゃん、せっかくだし!」と佳奈が笑う。
クラスも学年もバラバラなはずのメンバーが、ひとつの画角に収まった。
みんなで撮った写真は体育祭の素敵な思い出となった。
「うわ、麻里子まだ全然汗ひいてないじゃん。元気すぎでしょ……」
佳奈が呆れ顔で言うと、麻里子がこっちに駆け寄ってくる。
「ねぇ片桐くん、今日の打ち上げ、ふたりでしない?」
場が一瞬、静かになった。
「ふ、ふたりでって、それはちょっと……」
「いーじゃんいーじゃん、優勝のごほうびってことで♪」
麻里子がぐいっと僕の腕を引っぱる。そのときだった。
「却下~!」
咲乃が片手を上げて割り込んだ。
「えぇ~、なんでよ~?」
「なんでも何もないでしょ、打ち上げはみんなでやるの!」
「そうそう、麻里子、ずるいよー!」
「そうだそうだー!」
「私だって二人でやりたいのに、麻里子ちゃんずるいよー」
咲乃に続けと千穂と佳奈、そしていづみまで加勢してくる。
玲奈は笑ってるし、古川先輩と由美先輩は見守りモード。古川先輩は、「由美ちゃんは…加勢しなくて……いいの?」とゆるく目を細めてぼそりとつぶやいていた。
麻里子は一瞬むぅっとした顔をしたけど、すぐにぱぁっと笑顔に戻る。
「ま、いっか!片桐くん、次の機会、期待しててねっ♪」
期待しないでくれと心の中でツッコミを入れておく。
打ち上げは近くのファミレスですることとなった。
店に着くなり、誰かがポテトを頼み、誰かが勝手にドリンクバーのミックス技を開発し始め、いつの間にか笑い声が絶えない空間になっていた。
「うーん、甘いパフェと青春の味……最高っ!」
佳奈がアイスをほおばって幸せそうにしている横で、咲乃がメニューを見ながらぼそり。
「誰かシェアしてくれないかな……こんなに食べられないし」
「あれなら僕が食べるよ?」
「えっ、ほんと?じゃあ……半分こしよっか」
そのやり取りに、玲奈がにやにやしながら突っ込む。
「ふ~ん、デザートは“恋の始まり味”ってやつかしら?」
「なっ……ちがっ……!?」
咲乃が慌ててフォークを落とし、千穂がその隣でにやにや笑う。
「じゃあ私はその味にしようかなー」
「だ、ダメよ!」
「ふふっ、悪いけど負けないよー?」
咲乃と千穂、ふたりでわちゃわちゃしている。
たぶん、誰もがちょっとずつ、今日の思い出を胸に刻んでいた。
ファミレスの夜は、笑いと冗談と、すこしの照れ。
そして、たぶん、誰かへのちょっとした想いと一緒に、静かに更けていくのだろう。
しばらくすると、急に名前を呼ばれた。
「ねぇ、片桐くん」
麻里子が、僕の隣の席にちょこんと座る。少し小さな声で続けた。
「打ち上げ、ふたりでしようって言ったの、覚えてる?」
「……お前、まだそれ言う?」
「だって、チャンスだったし」
にやっと笑う麻里子を、咲乃と千穂が保護者のように接近し捕まえる。
自称保護者は―――佳奈特製のドリンクで由美先輩と共に撃沈し、机に突っ伏していた。隣の古川先輩は飲み干している。流石だ。
「こら麻里子~、今日はみんなでって言ったでしょ」
「はいはい、勝手にふたりきりにさせませんからねー?」
「うっ……なんで二人ともタイミング完璧なの……」
結局、打ち上げは最後まで“いつものメンバー”のままワイワイと過ぎていった。
でも麻里子は、それでもどこか満足そうだった。
夜も深まり、帰り道。
僕は一人、駅に向かって歩いていた。すると
「ちょっと待ってよー、置いてかないでー!」
後ろから麻里子が駆け寄ってくる。
「……まだいたのか」
「ひどっ。こっちはわざわざ追いかけてきたんだからね」
「それ、ストーカーって言うんだぞ」
「ふふ、たまたま帰り道が一緒ってだけ。偶然、偶然」
そう言って、麻里子は僕の隣に並ぶ。肩が触れそうな距離。さっきの賑やかさが嘘みたいに、静かな夜道。
「今日はさ、楽しかったね」
「……麻里子の“ふたり打ち上げ計画”は潰れたけどな」
「うぅ……咲乃ちゃんと千穂ちゃんタイミング悪すぎだよ~」
「僕としては助かったけどな」
「もぅ!……でも、みんなで盛り上がるのも楽しかったよ」
そう言って麻里子は、ふと立ち止まり、僕の顔を見上げ目を瞑る。
ほんの数十センチ。近い。どきりとする。
「んー……いいよ」
「……」
綺麗な顔してるなぁと眺めているとパッと目を開ける麻里子。
彼女は一体何がしたかったんだ?
「……やっぱり体育祭で惚れさせるのは無理だったかー」
「……ん?」
「惚れてたら今のところでキスされてるはずだから。でもさ、私、諦めてないからね?」
そう言って、麻里子はにやっと笑う。
あと僕は女の子が顔を近づけただけでキスするヤバいやつじゃない。麻里子は僕をなんだと思ってるんだ。
「次は文化祭? 修学旅行? ふふっ、覚悟しててね、片桐くん」
頬がほんのり赤く染まっていたのは、きっと夜風のせいじゃない。
「……お前ってほんと、調子くるうなぁ」
「でしょ。でも、そういうの狙ってるから」
いたずらっぽく笑う彼女の隣で、僕も思わず笑ってしまった。
歩幅を合わせるわけでもないのに、不思議と、ちょうどいい距離で歩けていた。




