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第96踊 幼なじみはずるい。


昼休憩が終わりを告げるアナウンスが鳴ると、運動場には再びざわめきが戻ってきた。


午後の最初の競技は、各チームごとの「応援合戦」。体育祭の花形イベントのひとつだ。


 

僕は控室代わりの教室で学ランに袖を通していた。紫色のハチマキ、そして同じ色のタスキを斜めに巻いている。鏡に映る自分の姿に気合いが入る。


「おう、片桐。気合入ってんな」


背後から現れたのはヒロキング。

相変わらず顔と体つきはまさに“キング”の名に相応しい。学ラン姿でもひと際存在感を放っていた。


「夏休みの練習の成果、見せてやるか」


「だな。失敗したら笑いもんだぞ」


ハチマキをぎゅっと締めて、僕らは拳を合わせた。


応援合戦は聖炎、肱龍、そして最後に僕たち藤朋の順で行われる。


『それでは午後のプログラムを開始します。プログラム 応援合戦。聖炎、肱龍、藤朋のみなさんよろしくお願いします。』


アナウンスがなり、聖炎の応援が始まる。

聖炎の応援団はド派手なジャンプと振り付けで観客を盛り上げていた。

赤のハチマキが振りとともになびく。

旗を振り、声を張り上げていた。


「さすがだな……」


「まあでも、ウチらも負けてねぇよ」


続いて登場した肱龍は、イメージカラーの青のように、シンプルで統一感のある応援だった。

見事なタイミングで揃った動きとキレのある振付に、観客たちも一目置いている様子だった。


そして、いよいよ僕たち藤朋の出番がやってきた。


和太鼓がドンドンと鳴り響き、僕ら応援団員は入場ゲートから一斉に駆け出した。ざわめきが一気に静まり、観客の視線が集まるのを感じる。


僕の胸が高鳴る。

緊張と興奮が入り混じったこの感覚……夏から積み上げてきた練習の日々が蘇る。


和太鼓が一定のリズムでなり始める。

それに合わせて僕たちも声を出しながら振り付けを行う。

素早く、そして止めるところは止める。

ピシッとメリハリの効いた動きができている。


地鳴りのような掛け声がグラウンドに響く。


「藤朋魂――ここに在り!!」


「おおおおおっ!!」


全員が腕を突き上げ、拳を天に掲げる。

精一杯の力で声を張る。

学ランの中が汗でびっしょりになっているのも、喉がカラカラなのも、今は関係ない。


ラストが近づき、和太鼓の音もドドドドドンッとテンポが速くなる。

ラストは全員がライン上に並び、足をそろえての全体コールだ。

全員でひとつの形を作り、ドンッとインパクトを与える。


「勝つのは――!」


「藤朋!!」


フィニッシュと同時に、校庭中から割れんばかりの歓声が沸き起こった。駆け足で退場して応援合戦は終了。


僕とヒロキングは肩で息をしながら、拳を突き合わせた。


「やったな……!」


「最高だったな」


達成感に満ちた笑顔を交わしながら応援団の列から離れると、聞き慣れた声が後ろからかけられた。


「おーいあきくん!」

「おーい秋渡!……ってあきくん!?」


振り向けば、紫組の応援席から咲乃と千穂が駆けてきた。千穂は『あきくん』呼びの咲乃の様子が気になって仕方がないのか僕たちと咲乃を交互に見ていた。


駆け寄ってきた2人は手にスマホを構えている。


「すっごかったよ!振りもキレッキレでかっこよかった!」


「うんうん、意外と声出てたじゃん!びっくりしたよ~!」


ふたりともにっこにこで褒めてくれる。僕たちは額の汗を拭いながら、照れくさそうに笑った。


「いやぁ、緊張したけど……やり切ったよ」


「俺には少し物足りない舞台だったな」


ヒロキングは相変わらず軽口を叩いているが、その顔は満足気だ。


「ねえ、2人とも。写真、撮らない?」


咲乃が、スマホをこちらに向けて微笑んだ。彼女の視線は、どこかやわらかく、少しだけ期待を込めたものだった。


「いいね。せっかくだし記念に」


まずは4人でパシャリ。

千穂が自撮りモードで撮影した。


僕とヒロキングは応援団ポーズをし、咲乃は少し照れながらもピースサインを、千穂その隣で元気よくピースサインを決めていた。


撮影が終わるとヒロキングは他の女子に呼ばれ写真撮影に応じていた。

相変わらずの人気に嫉妬する……というわけもなくさすがだなと思った。


「じゃあ、次はツーショット撮ろうよ! はいはい、まずは咲乃ちゃんから~」


千穂がスマホを構え、咲乃と僕が並ぶ。


なぜか咲乃は少し躊躇っていたけど、僕が「大丈夫だよ」と笑うと、にこっと照れて笑った。

いつもと少し異なる彼女の柔らかな表情にドキっとする。


隣に立った彼女の肩が、ちょっとだけ僕に触れる。

「あっ…」と咲乃らしくない甘い声が聞こえた。


パシャリ。


「いい顔してるねお二人さん!じゃ、次は私と!」


今度は咲乃がカメラ役を交代し、千穂が僕の横に立つ。勢いよく寄ってきた彼女は、僕の腕にちょんと自分の腕をくっつけた。


「ねぇ、こうやって並ぶと、秋渡って彼氏っぽく見えない?」


「ちょ、千穂……!」


「ふふっ、冗談だよ~。冗談♪」


冗談とは思えない表情で僕を見上げてくる彼女の瞳は、少しだけ揺れていた。


なにか焦りを感じているみたいに。


そのやり取りを、咲乃は静かに見つめていた……訳もなく足蹴りが飛んできた。


「なにやってんのよ2人とも!」


スっと2人で後ろに飛んで足蹴りを避け、千穂と顔を見合わせる。


「……ねぇ秋渡」


「ん?」


「今の咲乃ちゃんなんか違うね。そんな気がするんだけど……なんかあった?」


「それは……」


僕が答えかけたとき、咲乃は小さな声で、僕の名を呼んだ。


「あきくん」


……あきくん。


昔の呼び名。それがぽつりと出た瞬間、僕の胸の中で、かすかな鼓動が跳ねた。


彼女の瞳は、あの頃と同じ目をしていた。


「咲乃とは小さい頃遊んでた幼なじみなんだ。僕が馬鹿だから今日まで全然気がつかなかったけど」


千穂は僕の説明を聞いて驚いていた。


「幼なじみ!びっくりだよ!なるほど~だから『あきくん』ってわけね!となると……『さっちゃん』とか?」


「よくわかったな千穂」


「まぁ、なんとなく?咲乃ちゃんも教えてあげればいいのに~」


「忘れてる方がいけないのよ……でも…思い出してくれたから…許す」


そんな咲乃の表情は嬉しそうに笑っていた。

それから少し昔の話をしながら3人で談笑した。


「……幼なじみはずるいなぁ」


千穂が聞き取れるかギリギリの声で小さく呟いた。僕の隣で、写真のプレビューを指でなぞりながら、どこか寂しそうに。


グラウンドで笑い声が響く中、ほんの少しだけ、空気が変わった気がした。



――――



……あーもう、あれは反則でしょ。

私、中谷千穂はなんだか敗北感を感じながら応援席へと戻った。


「……幼なじみは、ずるいなぁ」


心の中で思った声が口から出てびっくりした。


もしかしたら秋渡には聞こえちゃったかな?


咲乃ちゃんが「さっちゃん」って呼ばれて、昔の話して、ちょっと照れて……

それを、秋渡が優しい目で見てて。


……あー、もうっ、ずるい。


あの空気感。ふたりにしかない、何か。


なんだろうね。別に告白されたわけでも、手を繋いでたわけでもないのに、

それだけでなんか、胸の奥がキュッてなった。


私、さっきちょっとだけ秋渡の腕にくっついたんだよ?

冗談っぽく言ったけど、ほんとは全然冗談じゃなかったし。


でも……


あのときの秋渡の顔と、咲乃ちゃんを見てたときの顔、違ってた。


……やだ。なにこれ。比べちゃってる。


咲乃ちゃん、別に悪くないのに。


だけどね、私だって、負けたくない。


今、応援団で頑張って、ちょっと不器用で、でもちゃんと見ててくれる秋渡。


私はスマホでツーショット写真を見た。

あの時、写真を撮ったときのことを思い出す。


一瞬だけだったけも私のこと見てくれてた気がしたんだよ。

あの目を、もっと長く、私だけに向けてほしかったな。


……って、なに考えてんの私。


咲乃ちゃんのことも好きだし、秋渡のことも…。

それで、勝手に胸が痛くなるとか、ほんと面倒くさいな、私。


でも…私は、負けないからね。


彼が咲乃ちゃんのこと、大事に思ってるのはわかるよ。昔よく遊んでた幼なじみだし。


だけど、私だってちゃんと、見てほしい。


秋渡、あんたってほんと、にぶいんだから。

もっとこっちの気持ちにも気づきなさいよ、もう。


でも、もう少しこのままの関係でいたいと思う私は、ちょっとずるいのかもしれない。

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