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第94踊 想いをダンスに乗せて


午前の種目がいくつか終わり、グラウンドに一瞬だけ静寂が訪れる。


先程まで行われていた綱引きの熱気も、異常な盛り上がりをみせた借り物競走のざわめきも、すっかり遠く感じる。


『午前中最後の種目は、創作ダンスです。各チームの皆さん、準備をお願いします』


ざわめく応援席。僕たち男子は、いったん水分を取っていたところだったが、その言葉を聞いてまたざわついた。


どうやら、男子にとってもこの種目は注目の的らしい。

欲に忠実なところが実に男子らしいなと思う。

まぁ人のことなんて言えたギリではないけども。


赤組、聖炎の麻里子。

青組、肱龍のいづみと佳奈。

紫組、藤朋の咲乃と千穂、そして矢野先輩と古川先輩。


僕の知っている女子たちもそれぞれのグループにいて、今や遅しと出番を待っているようだった。


「うわ、今年はどのチームもレベル高そうだなぁ」

「ていうか、全員可愛い……!」


みんな体操服姿だけど、各チームで用意した髪飾りやカラーヘアゴム、腰に巻いたスカーフなど、ちょっとした小物がそれぞれの個性を際立たせていた。


先陣を切るのは赤組、聖炎だった。


聖炎の選んだ曲が流れ出す。

最近流行っているガールズグループのアップテンポなナンバー。


イントロが鳴ると同時に、麻里子たちは一気に入場して、揃ってポーズを決める。

可愛くポーズを決めるたびに歓声が上がりかみなのボルテージもうなぎ登りだ。


キレのある動き。正確なフォーメーション。

これまでの努力が垣間見えた。

かなり練習しないと出来ない動き出だ。


そして、1年生なのに誰よりも目立つ場所にいたのが麻里子だった。


聖炎チームは彼女の魅力の引き出し方が上手い。

まるでトップアイドルのようだ。

これを機にファンクラブが出来ちゃうんじゃないだろうか。


よく見ると彼女の動きには、明確な意志が宿っているように見えた。


もしかして……僕を、見てる?


思わずそう感じてしまうくらい、彼女のダンスはまっすぐだった。

目線、仕草、すべてが「私を見ろ」と語りかけてくるようで。


ちょっとドキッとしてしまった。


自信に満ちた笑み。全力で踊る姿。

まるで勝負を挑まれているようで、僕は息を飲んだ。


あっという間に聖炎のダンスは終わり、続いて肱龍の番となった。


流れ出すのは、ややメロウなリズムの人気曲。

全体的に静と動のバランスが取れた構成で、フォーメーションも凝っている。


肱龍はダンス部の元部長がリーダーらしく、その構成は芸術的ですらあった。


その中で、いづみと佳奈は対照的な輝きを放っていた。


佳奈は、普段の天然で明るいイメージとはまるで違っていた。

キリッとした目線、しなやかな動き。

まるで別人のように思える。


本当の私を、見てほしい……。


彼女のそんな想いが伝わってくる気がした。

自分という存在の中にある、誰にも見せていなかったもの。

それを、今ここで見せようとしている。


一方いづみの動きは丁寧で、柔らかくて、どこか祈るようだった。


大きく手を広げて空を仰ぐ振付、優しく足を踏み出すステップ……そのすべてが、何かを伝えようとしているようで。


ただの競技の一環じゃない。

まるで、“想い”が滲んでいるように感じた。


彼女が僕を見たわけじゃない。

でも、なぜか伝わってくる。

“私を照らして欲しい”という気持ち。

“私も、あの人の光になりたい”という願い。


どこかで知ってる気がした。

ずっと僕のことを見ていてくれた視線の正体に、今更ながら気づかされるような。


胸の奥が妙にざわめいた。


嬉しいとか、驚きとか、戸惑いとか、全部がごちゃ混ぜのまま、ただ彼女の動きを目で追った。


いづみは、最後に優しい笑顔を浮かべてポーズを決めた。


その姿は、まるで花が開く瞬間みたいに、美しかった。


ラストを飾るのは藤朋チームだ。


選ばれたのは、優しくも力強い、女性ボーカルが特徴のバラード調のダンスナンバー。


咲乃は、静かに、けれど力強く踊る。

普段は横柄で理不尽に見える彼女だけれど、ダンスをしている姿は凛としていて、芯が通っていた。

まるで、自分の気持ちに正直になったみたいだ。


私はいつも傍であなたを支える。


そんな想いを僕は感じた。

どこか懐かしい気持ちになる。

なぜだか昔よく遊んだ子を思い出した。


そして千穂。


彼女は、最初こそ表情を抑えていたけれど、踊るにつれて感情が滲み出ていった。

見ているだけで楽しそうなのがわかる。


その踊りからは、今がすごく楽しいというたしかな想いが伝わってきた。


咲乃の親友である彼女。

最初はそんなに付き合いもなかったけど二人三脚のパートナーに選ばれてびっくりした。

気がつけば互いに名前で呼び合うくらいに仲良くなった。


彼女との出会いは偶然だったけど、出会えてよかったと思う。


ダンスのフォーメーションが代わり、古川先輩と矢野先輩が見えた。

古川先輩は普段は気だるげなのに、意外と真面目にダンスしていた。

さすがにみんなに迷惑はかけられないということだろうか。


矢野先輩は僕に気づくと少し恥ずかしそうに踊っていた。

なんだか見ているこっちも恥ずかしくなる。


でも、覚悟を決めたのか私も負けないと言わんばかりに力強く踊り始めた。

なにか勝負でもしているように、負けないという強い想いを感じた。


ダンスが終わると、盛大な拍手と歓声が響いた。

男子も女子も、誰もがその時間に魅了されていた。


「すげぇな……」

「可愛いの大渋滞だった」

「なんか元気出てきたわ!」

「俺もダンスとか、やってみようかな……」


そんな声が聞こえるほどに大盛り上がりだった。


僕の勘違いかもしれないけど、彼女たちは、それぞれに違う想いを抱きながらダンスで訴えて来ていたと思う。


麻里子は、自信に満ちた存在感で僕に迫ってきた。


いづみは、憧れを形にして表現してくれた。


佳奈は、隠していた本当の自分を見せようとしていた。


咲乃は、胸に秘めた気持ちを優しさと共に届けてくれた。


千穂は、今がすごく楽しいって気持ちが伝わってくるダンスだった。


矢野先輩は、私も負けてられないと、覚悟を見せてくれた。


誰かの気持ちを知るって、こういうことなんだろうか。


胸の奥が、熱くなる。


時計が午前の終わりを告げたころ、再びアナウンスが流れた。


『以上をもちまして、午前の競技はすべて終了です。これよりお昼休憩に入ります。各自、水分補給を忘れずに、午後の競技に備えてください』


拍手とともに、観客席の空気がふっと和らぐ。


けれど、僕の胸の中は、彼女たちのダンスの余韻でいっぱいだった。

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