第93踊 借り物競争というより戦争
第1レースの熱気がまだ残る中、競技場にスターターピストルの音が鳴り響く。
「パァン!」
次の出走者たちが勢いよく走り出した。
僕はまだ心の整理がつかないまま、応援席でペットボトルの水を口に含む。
「いや……引き分けって、あれでいいのか?」
両手を女の子に引っ張られてゴールとか、普通の高校生活で一度は憧れるかもしれないけど、現実に体験するといろいろとダメージがすごい。
特に男子達からの嫉妬の視線も凄まじい。
そんな僕をよそに、隣でヒロキングが腕組みしながらニヤニヤしている。
「ふふ……相変わらず振り回されてるって感じだな。お前、来世では石とかになった方が穏やかに生きられるんじゃね?」
「できれば今世でも穏やかに過ごしたい……」
僕はそう呟きながら、走り出した生徒たち、千穂といづみをみた。
流石にもう何もないと思うけど、何かまた面倒なことにならなきゃいいなと思う。
――――
借り物競争。くじを引いて、出たお題に沿ったものを会場から探してくる。
修羅場になるかもって話なのに咲乃ちゃんは素早く手を上げた。
なら私、中谷千穂もいくしかないじゃん?
ということで私も参加した。理由はそんな感じ。
私の紙に書かれていたお題は、「モテそうな人」。
……うん。こういうのって、結局、誰を連れてくるかでセンスが問われるやつだよね。
観客席に視線を向けながら、私は思う。
最初はね、咲乃ちゃんがいつも見てるのって、ヒロキングのことだと思ってたんだ。
いつも目立ってるし、顔もかっこいい。
仮装の時だって派手だったし。
咲乃ちゃんも他の子達と同じでちょっとミーハーなのかと思ってた。
だけど、ちがった。
咲乃ちゃんの視線は、ヒロキングの隣。つまり、片桐秋渡に向いていた。
控えめで、普通で、静かな男の子。
……でも、気づいたら私も、目で追っていた。
言葉では説明できない、不思議な魅力を持ってると思う。
無理に距離を詰めようとしない優しさ。
まぁ、平穏な日々を送りたいだけなんだと思うけど。
私が二人三脚の相手に指名したのも、それが理由だ。
もっと近くで彼を感じたくて。
ちょっとズルかったかもしれないけど、咲乃ちゃんがグイグイいかないなら、私はチャンスだと思った。
だって私だって、普通の女の子なんだもん。
ねぇ秋渡、あなたが“モテそうな人”って、誰よりも私が知ってるんだから。
私は迷わず、応援席に向かって走り出した。
借りられる準備はできてるかい?
――――
いきなり秋渡くんが咲乃ちゃんと麻里子ちゃんに借りられて私、宮本いづみはびっくりした。
それと同時にやっぱりこの二人も本気なんだって思った。
私もできることなら彼と手を繋いで走りたい。
そう思って私は紙を拾いあげた。
紙を引いた瞬間、私は固まってしまった。
「憧れの人」
そんなお題、出す方が悪いんじゃないの?
人によっては難しいテーマだ。
だけど、私には迷いはなかった。
私にとっての“憧れの人”は、ずっと決まってる。
片桐秋渡くん。
目立つ人の隣で、ひっそりと当たり前のように支えてる。私みたいなタイプとは正反対な人。
でも時折感じてしまう。
彼も私と同じタイプの人なんじゃないかなって。
私と同じ太陽のような存在。
彼は疲れてしまって今のタイプなったのかなと私は感じた。
だから、私が彼を照らしてあげたいし、私がダメな時は彼に照らしてもらいたい。
最初はね、ただ憧れてるだけでよかったの。
彼の姿を見て、「ああ、私も頑張ろう」って思えるだけで。
でも、麻里子ちゃんを見て、分かったの。
“ただ憧れてる”だけじゃ、届かない。
麻里子ちゃんは、全力で走って、正面からぶつかっていってる。
あんな風にぶつかる勇気、私にはなかった。
でも、今は違う。
秋渡くん。私、あなたにちゃんと気づいてほしい。
私は走る。迷わず、まっすぐ。
彼のいる場所に向かって。
私は彼の太陽になりたい!
――――
応援席に戻ってから、僕はやっと一息つけると思っていた。
だけど、そんな平穏は、長く続かなかった。
「え、なんかまたこっち来てる……?まぁ、流石に違うか」
こっちに向かって走ってくるのは、千穂といづみ。しかも、目が合った瞬間に笑顔になるの、どっちもなんか狙ってるでしょ?
「秋渡、お願い! 私と一緒に来て!」
千穂が手を伸ばしてくる。
「ダメ、秋渡くんは私の“憧れの人”なんだから!」
いづみも負けじと僕に向かって手を伸ばしてくる。
また両腕を引っ張られるパターンですか!?
デジャヴってやつ!? いやこれ、笑えない!!
男子からの視線もさらに激しさを増す。
それもそのはず、いづみは学年のアイドルのような存在だし、千穂だって隠れ人気が多いのだ。
え、僕今日無事に家に帰れるかな。
「お題は“モテそうな人”で、秋渡がぴったりなの!まさに今の状況だね!」
「私のお題は“憧れの人”……私はずっと、秋渡くんに憧れてきたんだから!」
「いやちょっと待って、僕、借り物にされすぎじゃない!? 僕の平凡な日常どこいった!?」
観客席が笑いと歓声に包まれる中、審判も戸惑いを隠せない様子でゴールからこちらを見ていた。
このまま断って彼女たちをガッカリさせるのも忍びないし、どっちに転んでも平穏な日々には戻れないだろう。
それなら僕は、彼女たちが笑顔になれる方にしようと思った。
「わかった、いくよ!それにこんな経験二度と出来ないしね」
僕は彼女たちと手を繋いでゴールへと向かう。
3人で同時にゴールする。
「はい、“憧れの人”です!」
いづみは審判に向かって紙を見せる。
審判がチラリと僕の顔を見て、何かを悟ったのかうなずく。
「確認……よし。ゴール成立!」
「やったぁっ!」
嬉しそうにいづみが僕の腕をぎゅっとしがみついた。
「おぉーー!!」
その行為に観客たちもザワつく。
千穂も審判に向かって紙を見せた。
「私も“モテそうな人”で彼を連れてきました! 証拠は……この、観客の反応で!」
笑いが起き、審判も困ったように笑っていた。
「……まぁ、確かにモテそうには見える。こちらも成立!」
「よっしゃー! やったね秋渡!」
千穂も嬉しそうに僕の腕にギュッとしがみつく。
「おぉーー!!」
観客席がまたしてもザワつく。
しがみつく前にニヤッと笑っていたからこいつ…確信犯だな。
「僕、今日いくつの借り物にされる予定なんだろう……」
僕は途方に暮れていた。
でも、握られた手のぬくもりと、2人の笑顔だけは、なぜか忘れられそうにないと思った。
刺すような視線がいくつも背中をつきぬけたが今だけは気にしないこととする。
第2レースが終わると同時にマイクがピッとオンになり、場内に審判の声が響く。
「えー……連続して同じ生徒が借り物に選ばれておりますため……次のレース以降、“片桐秋渡くんの借用”は禁止とします!」
会場中にどっと笑いが起こる。
「えーっ!?なんでぇ?」
「おいおい、そんなに人気なのかよ片桐……!」
「女子から連れてかれすぎじゃない?」
「俺たちも借りてくれよーー」
応援席に戻るとヒロキングはバシバシと僕を叩いて笑う。
「これから楽しくなりそうだな!」
僕は視線から逃げるようにヒロキングの影に隠れた。
「僕の平凡な高校生活が、どんどん遠ざかっていく……」
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