第91踊 玉入れ戦線、青春異常アリ
少しずつ日差しが強くなってきて、肌にまとわりつく空気が夏の暑さを思い出させた。
「やっぱ、まだ夏だな……」
グラウンドに立っているだけで、ジリジリと照り返しが肌を焼く。
応援席のテントでは、どのクラスも日陰を求めてぎゅうぎゅう詰めだ。
汗をタオルで拭いながら今の進行を確認する。
体育祭の進行はというと、順調で、先ほど大玉転がしが終わったところだ。
大玉転がしは聖炎チームが、妙に軽快な転がしで圧勝した。
ていうかあれ、大玉っていうより……サッカーボールくらいのスピードでコロコロ転がってなかったか?
そんなことをぼんやり考えていると、背後から声が飛んできた。
「おー……片桐くん、じゃん……」
「あ、ほんとだ!……って、あれ?顔、白くなくなってる!?」
振り返ると、紫のハチマキを締めた二人の女子。
ポニーテールが似合う凛とした女の子と、やる気があるのかないのかよく分からない、ダウナー系の美人な女の子。
矢野先輩と、古川先輩だ。
「いや、さすがにずっと顔真っ白じゃいられないですよ。ちゃんと洗いました」
「え〜……残念!あれ、めっちゃ面白かったのに〜」
がっかりと肩を落とす矢野先輩。
そんなに残念がるほどだったのか、あの顔。
「ねぇ……由美ちゃんが……すごく応援してて……顔白くなったとき……由美ちゃんがあたふたしてて…笑いこらえるの大変だったんだよ……ふふっ」
「ま、雅!?ちょ、ちょっと、やめてよーっ!変なこと言わないでっ!」
顔を真っ赤にしながら慌てる矢野先輩。
普段の凛々しさとのギャップがすごい。
「白と赤で……紅白だね……おめでとう……」
「いや、意味わかんないですから……」
相変わらず矢野先輩と古川先輩は仲良しだなと思う。
「ところで先輩たちは入場口に向かってるってことは、玉入れ出るんですか?」
「うん、そうなの。雅が出たいって言うから、私も出ることにしたんだ」
え、まさかの動機がそれ?
仲良しな2人だなぁ。
「玉入れ……たぶん楽そうだから……」
「そんな理由だったの!?」
凛とした先輩を振り回すあたり、古川先輩はさすがだな。
矢野先輩は僕の目をみて言った。
「応援してくれる?」
「もちろんです!頑張ってください!」
自分でも驚くくらい、普通の言葉が出てきた。
いや、これはこれでいいはずだ。
……だが。
「え〜……なんかそれ…つまんないなぁ」
むすっと頬を膨らませる古川先輩。
めっちゃ不満げだ。
「ここはちゃんと……“頑張れ由美”って言わなきゃ……やりなおし」
有無を言わさない圧を放出しはじめる古川先輩。え、なにこれ。すごいプレッシャーを感じるぞ。
「ちょ、ちょっと雅!秋渡くんが困ってるじゃない!」
矢野先輩に揺さぶられてるがプレッシャーの放出をやめない古川先輩。
ここは言うとうりにするべきだろう。
「大丈夫ですよ先輩!えーと…」
あれ?なんだか改めて言うとなると少し恥ずかしいと感じ始めた自分がいた。
しかしここで言わずしてどうする。
やるしかないだろ、男を見せるときだ。
「頑張れ…由美」
ちょっと照れが出てしまったのはご愛嬌。
なんで改まって言うのって恥ずかしいんだろうか。そんなことを言ったあと考えていると返事が返ってこない。
あれ?もしかして間違えちゃった?
ちらっと矢野先輩を見ると、顔が……真っ赤だ。
「……あ、ありがと……がんばるよ、秋……渡……」
なんだこの破壊力。
さっきまでの凛々しい先輩はどこへ?
今目の前にいるのは、完全に照れ顔乙女じゃないか。
ぎゅぅぅぅっ。
「ふふ……青春だねぇ、由美ちゃん……可愛いよぉ」
ああ、ずるい。古川先輩、ずるい!
先に抱きしめたもん勝ちかよ!
もちろん抱きしめる勇気なんて無いけど。
いやでも、ここに咲乃がいなかったのは幸運だった。
いたら……僕の足、存在してないかもしれない。
玉入れの入場アナウンスがかかり、先輩たちは去っていった。その直後だった。
「……ふーん、なにいい雰囲気出してんの」
千穂と2人で話をしていた咲乃がスッと横に現れ、ジト目で睨んできた。
「え、いや、なにもしてないってば!」
「ふーん?」
こわい。こわすぎる。
だが、次の瞬間。
「秋渡、私の借り物競争も、ちゃんと応援してよね?」
にっこり笑うその顔が、全然笑ってない!
目がまったく笑ってない!!
「も、もちろん!魂込めて応援します!」
「うん。期待してるからね」
その言葉は、約束よりも呪いに近い威力を持っていた。
運動場に再び熱気が戻る。玉入れのスタートだ。
紫、赤、青。それぞれのチームの籠が高く掲げられ、各選手が気合を入れて整列している。
「行くよ、雅!」
「……うん。玉入れ……開始……」
合図とともに、白玉が一斉に宙を舞った。
矢野先輩の動きは見事だった。
素早く、無駄なく、まるで訓練された兵士のような動きだ。
やることなすこと、全てが凛としている。
一方古川先輩は淡々と適当に投げていた。
だがよく見ると適当そうに見えて、ほぼ百発百中じゃないか!
「……あれ、あの人地味にやばい命中率……」
「っていうか、由美先輩カッコいい……!」
「惚れた……」
周囲の歓声が飛び交う。
なんだこの誇らしい気持ちは。
いや、分かってる。
僕が「頑張れ」って言ったからだな。
言わされた形だったけどな。
「ふーん、いい気になってるんだ」
横からの刺すような視線。咲乃、怖いです。
「い、いや!何も!」
「……じゃあ証明してよ。借り物競争、私たちが一位になるから。全力で応援、してよね?」
「……はい、喜んで!」
そんなやり取りのあと、玉入れの終了を告げる笛の音が響いた。
「藤朋、玉の数――三十五個!」
「肱龍――三十二個!」
「聖炎――二十八個!」
藤朋チーム、勝利!
歓声がグラウンドに響き渡る中、矢野先輩と古川先輩が戻ってきた。
「ふぅ〜、勝った勝った〜!」
矢野先輩は汗をぬぐいながらも、満面の笑顔だ。
めちゃくちゃキラキラしてる。
一方で古川先輩は
「た、大変だった……こんなに動くとは……予想外……」
あんなに入れてたのに……どれだけ楽したかったんだこの人。
「お疲れさまでした!めちゃくちゃすごかったですよ!」
素直に言葉をかけると、矢野先輩は照れくさそうに笑った。
「……ありがと、秋渡。……応援、嬉しかったよ」
……また心臓が跳ねた。
なんでだ。なんでこんなに破壊力あるんだ。
「いや……命中率的に……私がすごい……はず……」
それはそうなんだけど、まとめに入るの早くないですか。
「さーて、次は私たちの番だね、千穂!」
「うん、いこっか!秋渡、借りられる準備しときなよ?私が連れていくから!」
「えっ、ちょ、それは私が先だから!」
紫のハチマキを締め直した二人が、火花を散らしながらテントを出ていく。
その背中を見送りながら、僕はふと思う。
青春って、こういうのを言うんだろうな。
見上げた空は、まだ眩しいくらいに青く澄んでいた。




