第87踊 仮装行列の終わり、体育祭へ
仮装行列がついにスタートした。
僕たち1年2組の「動物園」は、ぞろぞろと3組の後ろをついていき、市内を練り歩いていた。
顔を猫やうさぎ、パンダなど様々な動物の模様で彩った僕たちを、沿道の子どもたちやお年寄り、保護者の方々が手を振って迎えてくれる。
千穂はウサギの仮装姿で、可愛らしい小さなしっぽを揺らして歩いている。
胸元の人参がいい味をだしている。
咲乃はレッサーパンダ姿で、彼女の小柄な体型とマッチしている。
そんな彼女が歩くたびに小さな子どもたちが目を輝かせる。
「お兄ちゃん、オオカミ〜!かっこいいね!」
「本物みた〜い!」
子どもたちの声に、思わず僕も顔をほころばせた。僕の仮装は狼。
耳付きフードに灰色のしっぽ、口元には黒でキリッとヒゲが描かれている。
割とサマになってる……はず。
「秋渡、ちゃんと笑って〜。ほら、せっかく見られてるんだから」
千穂が横でくすくすと笑いながら、僕の腕にぴとっと寄ってきた。
フワフワのうさ耳が頬に触れて、くすぐったい。
「こら、千穂、そういうのはちょっと……」
咲乃がぴしっと声を上げる。
「べっつに〜? だって、動物園の仲間だもん、仲良しに見えたほうが映えるでしょ?」
「そういう問題じゃないでしょっ!」
ふたりの間で挟まれる僕は、苦笑いしかできない。
「それより……見て、ヒロキング!」
咲乃が指を差す先には――
「うわぁ……」
そこには、ひときわ目立つ羽根を広げた――孔雀がいた。
ド派手な羽根に、金と青を基調にした衣装。
顔にはメイクがほどこされ、まるでステージの主役。
いや、事実、ヒロキングはどこにいても主役なのだ。
「おおお〜! 孔雀だぁ〜!すげー!」
「きれーい!」
子どもたちの歓声が飛び交うなか、ヒロキングは華麗に羽根を広げ、くるりと一回転してポーズを決めた。
観客からは歓声と拍手。まるでパレードの王様だ。
「やっぱ、ヒロキングは別格だね」
「うん……さすがって感じ。でも、ちょっとズルいわよ。私たちが目立たなくなっちゃうから」
「ふふん。私たちには私たちの魅力があるからいいの。ね? 秋渡」
千穂がまたしても腕を組もうとしてくる。
「ちょっ、やめっ……!」
けれどそのとき、後方から、幼い女の子の声が響いた。
「お姫様だぁ〜!」
その方向に僕たち三人が一斉に顔を向けると――
「……あれ?」
いた。
別クラス、1年1組の『メルヘン』チーム。
その先頭にいたのは、宮本いづみと平野佳奈だった。
2人とも物語からでてきたお姫様のようだ。
まるで僕たちの動物園が引き立て役みたいに感じてしまう。
「やっぱりあの二人はすごいな……」
僕が思わずそう漏らすと、
「へぇぇ〜、ふーん。秋渡って、ああいう“ザ・お姫様”がタイプなんだぁ?」
千穂が小さく、だけどはっきりと毒づいた。
「ちがっ、そういう意味じゃなくて……」
「ふん。あれくらいで見惚れるなんて……チョロいわね」
咲乃もぼそりと呟く。いや、聞こえてるし。
それでも視線の先のいづみが、僕に気づいて手を振ってきた。
「秋渡くーん!」
「おーい!」
佳奈もくるりと回って、ドレスを翻しながら笑ってくる。
「何回みても狼似合ってるね!」
「こら、佳奈ちゃん!ちゃんと進まないと!」
いづみが小声で注意しながらも、僕たちに笑いかけてくれる。
咲乃と千穂が左右で腕組みしながら、なぜか同時に「むぅ……」と唸ったのが可笑しくて、僕は思わず笑ってしまった。
2人ともそういうとこは似てるんだよね。
「なんで笑ってんのよ、秋渡!」
「ニヤけてる場合じゃないっての!」
どうやら、僕はちょっとだけ贅沢な状況にいるのかもしれない――そんなことを考えながら、仮装行列はゆっくりと街の中心部を通り抜けていった。
道沿いの子どもたちとハイタッチしたり、年配の方々から「よく似合ってるねぇ」と声をかけてもらったり。汗ばんだ額を拭いつつ、でも心は不思議と軽やかだった。
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夕方、学校に戻ってからは、グラウンドで結果発表が行われた。
「では、二年生の最優秀賞――『執事とメイド』、2年2組!」
会場がざわめくなか、メイド服の矢野先輩が照れくさそうに頭を下げ、古川先輩はいつもの気だるげな雰囲気でひらひらと手を振る。
「続いて、一年生の最優秀賞は――『大正浪漫劇場』、1年5組!」
拍手が起きた瞬間、麻里子がどや顔でこちら勝利のVサインを決めてきた。
大正浪漫も統一感があって、年輩の方たちだけでなく子供たちにもかなり受けが良かったし、納得の結果だ。
「ふっふーん! 勝ったわ〜、片桐くん!」
咲乃が舌打ちしそうな勢いでそっぽを向き、千穂は「うーん、動物園もよかったと思うんだけどなぁ」と不満げ。
それでも、なんだかんだで満足感はあった。
そしてグラウンドを出たあと、校舎の影で夕焼けを見ながら、千穂がふいに僕の横に並んできた。
「ねえ、秋渡」
「ん?」
「……来年も、また同じクラスだったらいいね」
そう言って、うさ耳を揺らしながら笑う千穂の横顔を見て、僕は「そうだな」と小さく頷いた。
仮装行列の熱はまだ身体に残っている。
でも、それもすぐに次の行事にバトンタッチされる。
明日は――体育祭だ。
また忙しい、でも楽しい一日が、すぐそこに待っている。




