第86踊 仮装した彼女たちには華がある
「秋渡くん、咲乃ちゃん!」
声のした方を振り向くと、そこにいたのは――まさに“おとぎ話”から抜け出してきたかのような二人の少女だった。
1組のテーマは「メルヘン」。
そのテーマに合わせて、いづみと佳奈は、それぞれお姫様の衣装を身にまとっていた。
いづみは淡いピンクと白を基調にしたフリルたっぷりのドレス。
胸元には宝石のような装飾があしらわれ、スカートは幾重にも重なるチュールがふんわりと広がっている。
髪には花を模したティアラが飾られ、頬にはほんのりと紅が差されていた。
「……本当に、物語から出てきたお姫様みたいだな」
思わず漏らした僕の言葉に、いづみは顔を赤らめて、スカートの裾を持ち上げてくるりと回って見せた。
「えへへ、似合ってるかな? 今日のために頑張って作ったんだよ」
その無邪気な笑顔がドレス以上に眩しくて、狼の仮装をしている僕と並んだ瞬間、周囲から「美女と野獣だ!」とからかう声まで上がる始末だった。
その隣にいた佳奈は、対照的にセクシーな黒と深紅のドレスを身にまとっていた。
ノースリーブの肩口からは、陸上で鍛えられた引き締まった腕がのぞき、背中が大胆に開いたデザインは、健康的な日焼け跡を際立たせている。
金色の髪飾りが揺れて、まるで大人のレディのような雰囲気を漂わせていた。
「……」
僕は言葉も出ずに見とれてしまっていたのだが――
「見すぎよ、ばか!」
咲乃の蹴りが横から飛んできた。
「いってぇ!」
「ちょっとスタイルいいからって、調子に乗るんじゃないわよ、あの二人も」
完全にやつあたりだったが、否定はできなかった。
佳奈はにやりと笑いながら寄ってくる。
「秋渡くんには、ちょっと目の毒だったかな? かな?」
そう言って、わざとらしく腰をくねらせる。
咲乃が歯ぎしりしてるのが聞こえた気がした。
「ねえ秋渡くん、私たちのお姫様姿、どうかな?」
いづみも照れた様子で、スカートの端を摘みながら問いかけてきた。
「うん、すごく似合ってる。ほんとに、おとぎ話のヒロインみたいだよ」
「うわぁ……そんなに言われたら、照れちゃうよ〜」
いづみがぱたぱたと手で顔をあおぎ、佳奈も少し目を逸らして「ふーん……そっか」と呟いていた。
「ほんと、そういうとこだよ秋渡……」
咲乃が、呆れた顔でため息をついた。
みんなで写真を撮ることになり、スマホを構えたいづみが「写真撮るよ〜!」と声を上げ、みんながいづみの近くに集まりはじめる。
僕も彼女たちに近づいていると―――
「いえーいっ!」
突然、隣に割り込むようにして現れたのは……麻里子だった。
大正ロマン風の袴に、シックな紫と赤の市松模様の着物。
胸元にはレースのスカーフ、頭にはクラシカルなリボンのカチューシャ。
長めのスカートに編み上げブーツというスタイルが、どこかレトロで可愛らしく、文豪の小説から抜け出してきたような雰囲気をまとっていた。
「……なんであなたがしれっと混ざってるのよ」
咲乃がうんざりしたように言うと、麻里子はニコッと笑ってピース。
「だって、記念すべき仮装行列だもん。片桐くんの隣、空いてたし!」
「空いてても勝手に入ってこないで!」
わいわいと揉めていると、どこからともなく声が飛んできた。
「おーい、迷子の迷子の麻里ちゃーん!」
現れたのは、自称“保護者代表”の藤岡さん。
担任から預かったっぽいカメラを手に、保護者面のオーラを全開にしていた。
「クラスのみんなで写真撮るから、麻里ちゃんも戻ってきな」
「あ、うん! わかったよー!」
麻里子は「またね、片桐くん!」と手を振って、すごすごと引っ張られていった。
その後ろ姿を見送っていると、グラウンドの端に、どこかで見覚えのある人影を見つけた。
「……あ、古川先輩!」
呼びかけると、すっと顔をこちらに向けたのは、執事の仮装をした古川先輩だった。
シルバーのベストに黒い燕尾服、白手袋に銀のトレイ。
気だるげな瞳と整った立ち姿が、まるで雑誌の中からそのまま出てきたような、完成された“執事”だった。
「……ああ、片桐くん。にぎやかだね。そっちは」
声は柔らかいが、どこか眠たげな響き。
古川先輩は微笑すらも淡々としていて、それが逆に役になりきっているようにも見える。
その隣に立っていたのは――
「……あ」
矢野先輩だった。
深いグリーンのクラシカルなメイド服。
フリルのついた白いエプロンに首元のリボン、黒いタイツから覗く膝下はすらりと細く、それでいて立ち姿には凛とした品があった。
着痩せする彼女だが、このメイド服はそのラインを見事に引き立てていて――特に胸元のふくらみが、思わず視線を引き寄せてしまう。
「……あんまり、まじまじと見ないでくれ、秋渡くん……恥ずかしいじゃないか……」
珍しく顔を赤らめる矢野先輩に、僕は慌てて目を逸らした。
「す、すみません……なんか、似合いすぎてて……」
「ふふふっ。役をもらったら、ちゃんとやらなきゃいけないからね」
矢野先輩が、少し照れながらも誇らしげに微笑んだ。
2人のクラスのテーマは『執事とメイド』のようだ。
「ふたりとも、ほんと完成度高いですね」
「……みんなでがんばったからね。といっても……私はほとんどなにもしてないけどね」
古川先輩は肩をすくめ、トレイの上の銀のティーセットを軽く傾けた。
「せっかくだし、みんなで写真撮りましょう!」
いづみの声で再び輪ができる。
今度は古川先輩と矢野先輩も加わり、仮装の花が咲いたみたいな一団が、カメラの前に並んだ。
そして――。
『ただいまより、仮装行列を開始します。各クラス、準備をお願いします』
アナウンスがグラウンドに響き渡る。
いよいよ、藤樹祭の仮装行列が始まる――!




