飼い主のユメ
『……きゅっ』
……ん? なんの音だ?
『きゅうっ……くうっ……』
またした。なんの音だよ?
せっかく今、飼い主と格闘ごっこして遊んでるのに邪魔するな。
「いくぞ、飼い主」
おれは背中をシャクトリムシみたいに盛り上がらせ、ファイティングポーズをキメる。
「来い、うーたん」
飼い主がパパみたいな優しい笑顔で布団の上にかがみ込んだ。
「うおー!」
おれの素早い潜水能力がシーツの下を進む!
しゅるしゅるしゅる! しゅるるるる!
「ここだ!」
飼い主のおおきな手がシーツの上からおれを抑え込んだ。
「やめろー!!」
おれは大あくびをしながらおおきな手からぐいぐいと抜け、シーツの下から出る。なんでかこういう時、あくびが出てしまうんだ。
「捕まえたぞ!」
飼い主がおれの首の後ろを掴んだ。
そのまま激しく布団の上を引きずり回してくれる。
容赦ない力でびゅんびゅん振り回してくれる。
思わずおれ、声が出ちゃう。
「くくっ……、くっくっくっ……」
楽しい時、この声出る。
楽しい、楽しいぞ、飼い主。
「きゅううっ……」
あ。
これ、ユメだ。
「起きた? うーたん」
目を開けると紫色の空の下、シシリーがおかしそうに笑いながら、おれの顔を見てた。
どうやらおれ、ミルクでお腹いっぱいになって、シシリーの抱っこの中で眠っちゃったみたいだ。
「よく眠ってたね。寝言いっぱい言ってたよ」
そう言ってシシリーがくすくす笑う。
そうか……。
あれは自分の寝言の音だったのか。
ちょっと恥ずかしくて、毛づくろいをするふりをして両手で顔を覆った。
「カイヌシさんのユメを見てたんでしょう?」
シシリーが鋭い。
「一緒に遊んでるユメかな?」
「そうだ」
おれは恥ずかしかったけど正直に言った。
「めっちゃめちゃ楽しかったぞ」
「ちょっと私も休憩しよう。歩き疲れちゃった」
そう言ってシシリーがおれを、血のように赤い岩の上に降ろした。
腰から水飲み器みたいなのをはずすと、それでゴクゴクと水か何かを飲みはじめる。
「それ、水か?」
「栄養ドリンクよ」
えーよドリンクとは何だ。よくわからなかった。
飼い主の味噌汁を盗み舐めするみたいに横からクンクン匂いを嗅いで、舐めようとしたけど防御された。
それを飲み終えると、シシリーがおれに聞いた。
「カイヌシさんのこと、大好きなんだね?」
「ああ。おれ、あいつにしかしないことあるからな」
「どんなこと?」
「噛みついて手から流血させたり、尖った爪で太ももをバリバリ引っ掻いたり」
「そんなことするの!?」
シシリーがちょっと引いた。
「カイヌシさんが可哀想」
「あと眠ってるところを襲って、シャツの中に入り込んで、腹に穴を掘ろうとしたりもするぞ」
「うわぁ……」
「叱られるけど許してくれるんだ。飼い主だからおれ、するんだ。こんなの気を許してるやつにしかやらない」
「そっか……」
シシリーがなんかわかってくれたみたいだ。
「それも愛情表現ってことだね?」
「パパやママに甘えるみたいなもんなんだ。おれ、大好きなやつにしか噛みついたりしない」
「そうなんだ」
シシリーの顔がなんか寂しそうになった。
「ふーん……」
「どうした? なんか寂しそうだぞ?」
「ね、うーたん」
手を差し出してきて、言った。
「私にも噛みついてよ」
おれは鼻の先に上向きで広げられたシシリーのてのひらを見つめた。飼い主のよりもずいぶんちっちゃいてのひらだった。
噛みついていいと言われたからには噛みつきたい。フェレットは噛みつくの好きだから。
でも、遠慮してしまった。
「すまん……。こんな綺麗なお手々に噛みつけない」
「私にはまだ気を許してくれてないってこと?」
「違うぞ」
おれは一生懸命説明した。
「フェレット同士なら友達程度でも気安く噛みつける。でも、人間には噛みついちゃいけないんだ。おれ、そう躾けられてる。だから、よっぽど気を許したやつにしか噛みつかない」
「そう……。まだ出会って二日目だもんね」
シシリーがそう言って、優しく微笑む。
「もっと深く知り合って、仲良くなったら、噛みついてくれるかな?」
「おう。遠慮がなくなったらおれ、いくらでも噛みつくぞ」
「ふふふ。楽しみにしてるね」
にっこり笑うシシリーの顔をじーっと見つめながら、いつかおれはこいつに噛みつける気がしていた。
飼い主のお嫁さんになってくれるなら、喜びでハイになって、おれ、いくらでもどこにでも噛みつくだろうな。
シシリーはおれのこと可愛がってくれるし、おれもシシリーのこと大好きだ。でも、まだ、噛みつくほどまでにはなってないんだ。
おれが今、噛みつくほど大好きな人間は、世界で一人だけなんだ。




