飼い主代理
あそこに戻るとそいつはまだそこに立っていた。
長い銀髪にちゃかちゃか軽そうな鎧姿の人間のメス、シシリー・ヒトリだ。いてくれてよかった!
『シシリー!』と呼ぼうとして、なんかお尻みたいな名前だと思った。
おれ、メスにお尻なんていえない。どうしよう。
まぁ、『おーい』でいいか。フェレットふつう声出さないもんな。それでいいか。
「おーい」
ちょっと緊張しながら声をかけた。
おれ、ビビリだから、声ちっちゃくなったかな。あいつ振り返ってくれない。
しかたないのでタタッと走ると、シシリー・ヒトリの背中に飛びついた。
長い銀色の毛にぶらんとぶら下がると、重みで気づいてくれたようだ。
「何やつ!」
剣を抜いて斬りつけてきた。
「ぎゃん!」
おれ、パニクって、滅多に出さない大声出た。
「あっ」
おれを輪切りにしようとする寸前、シシリーの攻撃が止まった。
「な……うーたん! あぶなかった、たくあんみたいにするとこだった」
おれは言った。
「こんにちは」
「こんにちは」
にっこり笑ってくれた。かわいい。
「どうして戻ってきたの? どうしてひとり?
カイヌシさんはどうしたの?」
「カイヌシ死んだ」
「死んだ……」
「おう。なんかおれの兄とかいう鬼に斬られて、死んだ。で……」
くそ、説明むずかしい。
モッチーナついてきてくれればよかったのに。なんでおれみたいなアホをひとりで行かせた?
「鬼に斬られて死ぬと一階層下の地獄に落ちる」
シシリーがおれの代わりに説明してくれた。
「つまりカイヌシさんはそこへ落ちて、ナッ……うーたんと、はぐれてしまったということね?」
「そう! そうそうそうそう!」
おれは激しくうなずいた。コイツ物わかりのよさが気持ちいいぐらい。
「そういうこと! あとおれのこといちいち何かと呼び間違いそうになるのやめろ」
「それでわたしのところへ来たのね?」
おれが何も言わなくてもぜんぶシシリーが説明してくれた。コイツ、神様か作者みたいだ。すごい。
「わたしは一階層下の地獄へ行く道を知っている」
おれはきゅーきゅー泣き声が漏れてしまいながら、伏せの姿勢で言った。
「頼む! おまえ! おれ、カイヌシに会いたい! あいつといられるなら、ここよりひどい地獄でもいい! 連れてってくれ! 連れてってく、くくっ……くうぅ〜っ」
くくっ、て言ってるけど、これは喜んでる声じゃないぞ。よく似てるけど、心から苦しんでる声だ。
「わかった」
シシリーがうなずいてくれた。嬉しい。さすが動物好き!
「ただ……。わたしはここの番人。ここを離れるには誰かに代理を頼まないといけないわ」
「シミズリヒトっていたじゃん。あいつは?」
「彼では弱すぎて話にならない」
「やっぱりか」
ちょっと絶望的になってると、ネコみたいな声が後ろから話しかけてきた。
「おう〜にゃ。あたしではダメかにゃかにゃ?」
「あっ。へるたん」
振り返ると、そこには背の低い、黒い肌の人間の女の子供……じゃなくて、巨大な黒猫のバケモノがぬうっと立っていた。
「……ヘルリアーナだった」
「ここを守護してくれるの?」
シシリーがヘルリアーナに聞く。
「暇だけど、たまーに強い亡者か来るわよ? 任せて大丈夫?」
「ウデが鳴るぜよ」
ヘルリアーナがぶっとい爪をぺろりと舐めた。
「誰かブッ殺したくてしかたなかったとこにゃ。強いやつ来い、強いやつ来い」
「まぁ……。シミズリヒトを付き人にしておけばいいか」
シシリーはおれを抱き上げると、肩に乗せてくれた。おれ、このポジションが大好き。
「行こう、ナッ……うーたん!」
「だーかーらー! なんでいちいち呼び間違いそうになる?」
おれは口を開けて抗議した。
「うん。でも、頼む! ところでおまえのこと、なんて呼べばいい?」
「シシリーでいいわ」
「し……、尻ー」
「ちょっと違う」
「シ尻ー」
「まだなんか変」
「シシリー!」
「うん! じゃあ、一緒に行こう! カイヌシさんを助けに!」
おれたちは一階層下の地獄をめざし、ふたりで歩き出した。




