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一生地獄で苦しむがいい

「しかし善行ポイントの譲渡なんて、出来るものなのですか?」

 飼い主がたぬきに聞いた。譲る気マンマンだ。


「簡単ですよ」

 たぬきはニヤリと笑うと、教えた。

「空に向かって『私○○は、小田抜おたぬき夫妻に善行ぽいんと三百を譲渡する!』と叫べば、エンマー様が叶えてくださいます」


「な、なるほど……」


「さぁ、早く」

 たぬき親父が飼い主を急かす。

「空に向かって叫ぶだけです。それだけで哀れな我々夫婦を救うことが出来るのですよ」


「だめよ! カイヌシ様!」

 モッチーナが叫ぶ。

「そいつらを信用しないで!」


「し、しかし……」

 飼い主が言った。

「私がうーたんを天国で不自由のないようにしてやりたいように、この方も、奥さんを天国に連れて行ってあげたいんだと思うと……」


「うーたん?」

 たぬき親父が目を見張った。

「うーたんとはどなたですかな? 失礼ながら、お連れの方など見あたりませんが……」


「きいっ!」

 モッチーナが金切り声を上げた。

「私は連れの女性に見えないって言うの!?」


「あなたはどう見ても地獄の住人でしょう」

 たぬき親父が危険な発言をする。

「地獄と天国の間をさまよう亡者というには人相が悪すぎる」


 モッチーナが超巨大包丁を振り上げた。飼い主が馬をなだめるみたいに止めた。そして、たぬきに向かって、おれを紹介してくれた。


「こいつがうーたんです」


 おれは胸を張って二本足で立ち上がり、さらに胸を張った。


「これ……って」

 たぬきがプッと吹き出した。失礼だ。

「イタチではないですか」


「はい。イタチ科のフェレットという動物です。私の何より大切な相棒なのです」


 わっはっはっはとたぬきが腹を抱えて笑い出した。そしてバカにするように言う。


「私の女房をイタチなんかと同じにしないでくださいよ!」


「なんですって?」

 飼い主の顔色が変わった。


「だってイタチですよ? イタチ! たぬきと同じぐらい……いえ、たぬき以上に人間から嫌われている害獣ですよ? 臭い屁はこくわ、人を化かすわ、農作物は荒らすわ……」


「うーたんは完全肉食です! 農作物なんか荒らしません! 人も化かさないし、臭腺は除去済みです!」

 飼い主がムキになった。

「うーたんをバカにするな!」


 いや、おれは気にしてないぞ。ちょっと傷ついてるだけだ。


「それにしても、他人の女房をイタチなんぞと一緒にしてはいけません」

 たぬきが若い女房の肩を抱いた。

「失礼を通り越して無礼でしょう。前言を撤回してもらえますか」


「すまん」

 代わりにおれが謝った。

「飼い主はあまりに女にモテないもんだから、代わりにおれのことを恋人だと思い込んでるんだ。イタチなんかでごめんなさい」


「ああ、そういうことでしたか」

 たぬき親父の顔に優越感が浮かんだ。

「それはこちらのほうがすみませんでした。事情も知らずに……」


「違う!」

 飼い主が声を震わせた。その場のみんなが飼い主のほうを見た。

「俺は……うーたんの言う通り、モテない男だ。……しかし、うーたんは、生きることに絶望しかけていた俺に、希望をくれたんだ!」


 おれ、それ初めて聞いた。どういうことだ。言ってみろ。


「生きることは苦しいことばかりだと思っていた。そんな俺の前でうーたんは、あまりにも楽しそうだったんだ。『生きるって楽しい!』みたいに、アホみたいな顔をしながら、全力で遊ぶうーたんを見ていると、俺も笑顔になれたんだ」


「ちょっと待て」

 おれは飼い主の言葉を遮った。

「誰がアホだと?」


「おまえだ、うーたん」

 飼い主は愛情のこもった笑顔でおれを見た。

「おまえはアホだ。アホだから可愛いんだよ。アホはこの場合、誉め言葉だと思ってくれ」


「認めーんっ!」

 おれは口を開け、背中を尺取り虫みたいに立てて激怒した。

「おれは高貴なるフェレット様だぞ! アホじゃない! アホじゃなーいっ!!」


「まぁまぁ。とにかく……」

 たぬき親父がおれ達をなだめにかかる。

「早く、空に向かって宣言してくださいよ。さっき言ったように叫ぶだけです」


 すると、空からまた急に、エンマーの声が降って来た。


小田抜おたぬきぽん、りん夫妻。悪行ポイント300!』

 その声は怒り狂っていた。

『一生地獄暮らし確定じゃ! 他人を騙そうとしたのみならず、フェレットちゃんを愚弄するとは! 鬼に身を切り裂かれて永遠に苦しむがよい!!』


「ひええぇっ!?」

 たぬき親父が悲鳴を上げた。


「そっただこと……! そげなぁ!!」

 女房が初めて喋った。聞いたこともない国の言葉だ。

「嫌だべさーっ! あんた、こげん、まずばったいことばすーけん……!」


「あーあ。自業自得ね」

 モッチーナがくすくす笑う。

「しかも私達や犬コロみたいにお店を持って鬼様に必要とされるようなスキルもなさそうだから、これは鬼様達からいじめられ放題ね」


「そ、そうなんですか!?」

 飼い主がモッチーナに聞く。


「ええ。下手すれば下の階層の地獄へ堕とされるわね。そこで永遠に火炙りにされるか、針山の上で一生暮らすことになるか……。どちらにしろいい気味だわ。ククククク!」


 飼い主が急いで空に向かって大声で叫んだ。


「私、カイヌシは、小田抜おたぬきぽん、りん夫妻に、善行ポイント300を譲渡します!!!」



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