大剣を振り回す少年
おれたち5人は乾いた骨みたいな音を立てる地面を踏んで、サップーケーの中を歩き続けた。
まぁ、おれは飼い主の首に巻きついてるから楽ちんだけどな。くくっ。
「本当に誰もいませんね」
飼い主が誰かに言った。
「鬼すらいない」
「鬼はそこら中にいるにゃ!」
へるたんが楽しそうに、言った。
「小さいから見えにゃいだけじゃ!」
「小さい? 鬼って、小さいんですか?」
「ハムスターにゃ!」
へるたんが教えてくれた。
「みんなハムスターにゃから、小さくて見えないにゃ! でも、よく見ればそのへんチョロチョロしてるぜよ!」
ハムスター……、知ってる。
飼い主もおれと一緒に飼ってたこと、ある。
おれ、好きだった。
ふつう、フェレットはご飯としてそれを好きらしいけど、おれはオモチャとして好きだった。ああ……思い出すな。
頭の中であの時の飼い主の声が響くぞ。
『うーたん! やめろ! それは口にくわえて運んで遊ぶためのものじゃないっ!』
あれは楽しかった。くく、くっ。
「しかし……、猫にとってハムスターは、食べるものではないですか?」
飼い主がへるたんに言った。
「あなたのお店の客は主に鬼だと言っていたが……、猫がハムスターに食べさせるわけですか」
「前世ではあたしもハムスターは襲うものだったにゃ!」
へるたんが楽しそうすぎて、おれもなんだか楽しくなってきた。
「でも、地獄のハムスターはハムスターであってハムスターではないにゃ! ま、お兄たんも見てみたらわかるぜよ!」
へるたんが飼い主をお兄たんって呼び出した。
慕われてるな、飼い主。
どう見てもおじさんなのに。
「もうひとつ、いいですか」
飼い主がへるたんとお話を続ける。
「あなたやモッチーナさんは、鬼ではないのですか?」
「あたしもモッチーナも……」
犬のほうを見た。途端に恐がりな涙目になる。
「そ、そこの犬も……、亡者にゃ!」
「なんと!」
飼い主が驚きの声を上げる。
「じゃあ、亡者はこの世界に私とうーたんだけではないということですね!?」
「あたしは元モッチーナの飼い猫だったにゃ!」
「え。じゃ、地獄に来て主従関係逆転したのか?」
おれはたまらず聞いた。
「いいえ。元々愛猫家の主人は猫様でございます」
モッチーナが横から言った。
「私が人間だった頃の名前は『持田ナオミ』。へるたんが猫だった頃の名前は『リアーナ』。ともに横断歩道を渡っていた時、トラックに轢かれてここへ来たのでございます」
「では、あなた方も、善行ポイントを頑張って貯めているわけですか?」
「んなわけにゃいじゃろが!」
へるたんが笑いながら怖い。
「あたしら、善行ポイントがマイナスになったから、地獄に残ることになったんにゃ。それからヘル・ポイントを一生懸命貯めて、地獄の住人として店を持てるまでににゃった。鬼に食われるほうじゃにゃくて、鬼に食わせるほうにまで登り詰めたにゃ!」
飼い主の暗い顔が、暗くなった。
どうやら悪いことを想像しているようだ。おれも飼い主も、ここに残って、店を持つことになる、みたいな。
目の前に、遠いけどなんだか色の違うものが見えてきた。
テレビで見たことあるぞ。あれ、オーロラってやつだ。
「あれは?」
飼い主がへるたんに聞いた。
へるたんが楽しそうに答えた。
「共同地獄エレベーターにゃ!」
「きょ、共同……? エレベーター……?」
「うみゅ。平行して交わることのない他人同士の地獄が、交わってるにゃ! あそこでだけは、他の亡者と会うことが出来るぞ!」
「本当ですか!」
飼い主は声を上げてから、もじもじし出した。
「人恋しいといえば、人恋しい。他人に会いたいといえば、会いたい。でも、俺、対人恐怖症だからな……」
「クククク!」
モッチーナが笑った。
「そういうところが可愛いと思います!」
「行ってみたい」
飼い主が勇気を出して、言い出した。
「あそこへ行ってみたい! 誰かと会えれば情報も聞けるだろうし」
「あそこへ行くのは厳しいにゃぞ」
へるたんが楽しそうに、言った。
「番人を倒して行かねばならんからの」
「番人? 強いやつが道を塞いでいるのですか?」
「大剣を振り回す少年にゃ!」
へるたんが教えてくれた。
「あいつは強いぞ。見た目は華奢な中学3年生にゃが……」
「飼い主」
おれは話の流れも読まず、言った。
「遊びたい。降りる」
「おまえの遊びたい欲求は突然だからな」
飼い主がにっこり笑って降ろしてくれた。好きだ。
おれは駆け回り、仰向けに転がって自分のしっぽと遊び、ちょっと高いところへ駆け上って遊んだ。しかし飼い主に言われた。
「うーたん。おまえ、遊びながら目が閉じかけてるぞ」
うん。まぁ、眠いかなとは思ってた。
でも遊んでるんだぞ。楽しいんだぞ。寝てたまるか。
「うーたん、おいで」
飼い主が呼んだのでタッと駆け寄る。ミルク? おやつ? ねえ、何?
飼い主が何かを首からかけた。
おれ、知ってる。
これ知ってる。ハンモックだ!
飼い主が首からつるしたハンモックに入って体を丸くすると、おれは意識が遠のいて行った。




