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第九十九話 敵の本陣目指して撤退だ!(1)

 本陣へと戻った輝星たちを出迎えたのは、土まみれの"ミストルティン"だった。不思議なことに、あれほど盛んに撃ち込まれていた砲弾の着弾音はまったく聞こえなくなっている。


「ああ、よかった。間に合いましたか」


 "ミストルティン"が"カリバーン・リヴァイブ"に近寄り、コックピットハッチが開く。中から顔を出したシュレーアは、苦渋に満ちた酷い顔をしていた。


「艦隊が襲われたって?」


 コックピットから出てきた輝星が、シュレーアの表情を見て眉を上げる。彼女と轡を並べるようになってそこそこの機関になるが、ここまで困った様子の彼女は見たことがない。


「敵艦隊が接近したら、いったん距離を取って様子を見るって手はずだったハズっすよね。なんで奇襲されたんです?」


 サキが不機嫌そうな声で聞いた。テルシスの邪魔が入ったとはいえ、せっかく景気の良い戦果を挙げられたのだ。にもかかわらず突然冷や水を浴びせかけられたのだから、不愉快でないはずがない。


「見晴らしのいい海上なんだから、レーダーで捉えられないはずがない。何か奇策を仕掛けられたんじゃ……」


「海中です。敵の艦隊が、突如水中から現れたのです。それも、皇国艦隊のすぐ隣に」


「はぁ!?」


 驚きの声を上げるサキ。輝星もまた、腕を組んで唸った。歴戦の傭兵である輝星にも、そのような戦法に覚えはない。


「いくら宇宙艦は潜水能力があるからって……本職の潜水艦じゃないんだ。あんな水の抵抗が激しい形状で水中を進んだら、ひどい騒音が発生するはず。ソナーで感知できない訳がないよ」


 真空で行動することが前提な以上、宇宙艦の気密はカンペキだ。水圧に耐える強度も持っているし、反重力機関を使えばバラストタンクなしでの水中航行もできる。しかし、それはあくまで可能であるというだけだ。速力は出ないし、なによりも非常にうるさい。簡単に敵に感知されてしまうのである。通常航行としてならともかく、戦闘に使えるような機能ではない。


「それが……我々があの海域に停泊する前から、敵の艦隊は水底に潜んでいたらしく」


「上陸してからしばらくたつのに……ずっと沈んでたのか、あいつら!」


 サキが絶句した。確かにそれなら、発見されるリスクはほとんどない。しかし何日もの間物音ひとつ立てないよう気を付けて生活するのは、並大抵の労力ではなかっただろう。


「揚陸作戦中にちょっかいを出してこなかったってことは、最初からこっちの本隊が大陸の奥深くまで侵入するのを待ってたって事だろうな。なかなか嫌らしい手を使ってくるじゃないの」


 感心しながら、輝星はカラカラと笑った。その態度に、シュレーアが何とも言えない表情をする。


「笑い事ではありませんよ。とにかく、いったん後退して帝国艦隊を追い払わな……」


「こちら第08偵察小隊! 敵襲です! 北方より敵の大軍!」


 突然、緊迫した声がシュレーアを遮った。慌てて転送されてきた情報をサブモニターに移し、確認する。


「なっ……! この数、一斉攻勢!? そうか、砲撃が止まっていたのは……くそ、やられた!」


 思わず口汚く罵ってしまうシュレーア。それもそのはず、侵攻してきている敵の量は尋常なものではない。帝国側の全力の攻撃であることは明らかだ。


「これは、かなり不味いですね。下手をすれば、我々は敵の艦隊と陸上戦力に挟まれて……」


「サンドイッチの具になる」


「冗談きついぜ」


 タチの悪い輝星のジョークに、サキが口元をゆがめた。とはいえ、この攻撃を迎撃してから艦隊の救援に向かうようなのんびりした真似はできない。基本的に、艦隊戦力では皇国より帝国の方が勝っているのだ。ストライカーによる援護抜きでまともにぶつかり合えば皇国艦隊に勝ち目がない。


「今は退くしか……しかし、この大軍に追いかけられながら撤退というのは、あまりにも」


「ただ単に野戦を仕掛けてきただけなら、勝ち目はあるけどね。でも、艦隊を守りながらというのは……なかなか難しいな。相手の指揮官、なかなか切れ者だよ」


「ディアローズ……く、策があるのは分かり切っていたというのに、対処できなかったとは!」


 シュレーアがコックピットの装甲板を殴りつけた。


「ピンチだねぇ」


 そんな彼女を見て、輝星はにやりと笑った。そして"ミストルティン"の方へ飛び移り、ぐっと握られているシュレーアの手を優しく包んだ。


「でもさ、そういう時のために俺がいるわけだよ」


「き、輝星さん……?」


 突然のボディタッチに赤面しつつも、シュレーアは首を傾げた。こんな状況で、いったい何をするつもりなのか。


「とりあえず、みんなは全力で撤退してくれ。俺と……すまない、サキは別に動いて相手を迎撃する」


「ああ? あたしか? まあ、いいけどよ」


 もとより、しっぽを巻いて逃げるなどサキの趣味ではない。帝国の連中に一泡吹かせる策があるならば、危険であっても彼女は乗るつもりだった。


「殿を務めるつもりですか? それなら、私も……」


「駄目駄目。シュレーアには皇国軍の指揮をしてもらわないと。俺たちは本隊と別れて行動するからね」


「……どうするつもりなんです?」


 猛烈に嫌な予感がして、シュレーアは聞いた。輝星がにっこりと笑って答える。


「俺たちは、相手のど真ん中を突っ切って逃げる。攻撃の勢いを殺しつつ、主力を潰して追撃できないようにするって訳」


「島津の退き口じゃねーか!」


 あまりにも乱暴すぎる策に、思わずサキが突っ込んだ。


「……く、詳しいね」


 参考にした逸話をぴたりと当てられて、思わず輝星が困惑した。地球人(テラン)でも一部の日系人以外はそうそう知っていないのだが……。

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