第九十七話 遭遇、天剣(2)
開けた盆地に整然と布陣する十数門余りの機動砲が、わずか二機のゼニスによって蹂躙されていく。運用要員や護衛のストライカーが反撃をしているものの、大した効果は挙げられていない。盆地は戦闘開始からたった十分足らずで、まるでスクラップヤードのような有様へ変貌していた。
「わはははっ! 大漁大漁!」
サキがショートマシンガンの砲弾を機動砲に浴びせかけながら、大笑いをしていた。破片防御程度の装甲しかない機動砲では、ショートマシンガンの30mm徹甲弾は防げない。一瞬で機関部を破壊され、高圧コンデンサが大爆発を起こした。
「これで最後だ……!」
ほとんど同時に、輝星が残る最後の機動砲に対艦ガンランチャーを撃ち込んだ。それにまたがっていた砲手役のストライカーが爆発で吹き飛ぶ。
「うわーっ!」
「こ、こいつら……ッ!」
護衛の"ウィル"のパイロットが激高し、、背中のマウントからフォトンセイバーを抜き放ちながら突進してきた。新鋭機だけあってその速度はかなりのものだ。さらに、後ろから陸戦仕様の"ジェッタ"がミドルマシンガンで支援射撃を行った。
「流石に練度が高い……が!」
輝星はニヤリと笑い、マシンガンの砲弾をフォトンセイバーで弾きながらフットペダルを蹴った。スラスターのノズルから青い炎が噴出し、"カリバーン・リヴァイブ"の白い巨体が"ウィル"に向かって飛ぶ。
「このォーッ!」
彼の予想外の行動にも、"ウィル"のパイロットは怯まなかった。大上段から大型のフォトンセイバーを振りかぶり、輝星を迎撃しようとする。
「はっ!」
だが、輝星はそれをセイバーで受け流し、姿勢の崩れた"ウィル"の腹へパイルバンカーを打ち込んだ。崩れ落ちる"ウィル"に後方の"ジェッタ"たちが動揺するが、マント装甲のサブスラスターを全開にして急迫した"ダインスレイフ"が一瞬のうちに彼女たちを両断する。
「いいアシストだ!」
「ったりめーだ! あたしを誰だと思ってやがる!」
賞賛を受け、サキは満面の笑顔で言い返した。ここ数日のフラストレーションを叩きつけるような大暴れだ。楽しくないはずがない。
「く、くそ……どうするの、これ!?」
「機動砲は壊滅しちゃったんだから、ここに居てもしょうがないでしょ! こんな連中に挑んだって勝てっこないわよ!」
対する帝国軍は、獅子奮迅の活躍を見せる輝星たちを攻めあぐねていた。包囲して一斉射撃しようが平気でそれを防ぎ反撃してくる化け物たちだ。先ほどの"ウィル"の末路を見れば、下手に攻撃してヘイトを向けられたくはない。
「どうする、連中も斬るか?」
「流石に二機で殲滅は無理だ。ほどほどで切り上げなきゃだ……が!」
そこまで言って、輝星は楽し気な表情で空を見上げた。帝国機の標準塗装よりなお赤い、朱色のストライカーがこちらに向かって接近してきている。
「新手か?」
「手練れの気配、かなりヤるやつだ。四天とやらだろうな」
輝星は堪えながら、対艦ガンランチャーを背中のハードポイントへ固定した。代わりにブラスターライフルを取り出し、マガジンを落とす。そしてその代わりに、腰にマウントされた機付長謹製の大容量粒子マガジンから粒子ケーブルを引っ張り出して、ライフルのマガジンウェルへと挿入する。
「待たせたな!」
朱色のストライカーはスラスターを吹かしながら広場の真ん中に着地した。公開回線から聞こえてきた声は、自信ありげな若い女のもの。テルシスだ。
「テルシス様だ!」
「来た! 騎士来た! これで勝てる!」
帝国兵たちが歓声を上げた。帝国最強と名高い四天の中でも、テルシスは最も兵士たちからの人気が高い。
「ここは拙者に任せて、お前たちは退け」
テルシスの言葉に、帝国兵たちは文句も言わずに撤退していく。化け物には化け物をぶつけるべし、だ。自分たちが居てもどうにもならないことは、帝国兵たちも心得ていた。
「貴様が噂の傭兵だな? 拙者はテルシス・ヴァン・メルエムハイム。四天が一人、"天剣"」
赤いストライカーは腰の鞘からスラリと長剣を抜き、その切っ先を"カリバーン・リヴァイブ"へと向けた。
「その通り。"凶星"、北斗輝星です」
短く答えつつ、輝星は相手の機体を確認した。全身鎧の重騎士を思わせる壮麗ながらも重厚なフォルムをしており、武装らしきものは長剣と左腕に固定された大型のカイトシールドしかない。おそらく、ガチガチの近接機だ。
「やはりな。ノラ卿がずいぶんと世話になったと聞いた。彼女をたやすく退けるような達人とあらば、退屈な立ち合いにはなるまい。楽しみだよ」
「ノラ? ああ、あの」
先日戦った二丁拳銃のストライカーを思い出して、輝星は操縦桿に乗せた手を軽く握った。
「あの人、元気にしてます? ケガはさせないように気を付けましたが」
「無論だ。復仇に燃えているよ」
「それはそれは。逃がした甲斐がある」
深い喜びを感じさせる輝星の声音に、テルシスは自分の同類を見つけたような歓喜の表情を浮かべた。クツクツとくぐもった笑い声をあげる。
「いいな、貴様は……実にイイ。わが愛機、"ヴァーンウルフ"とともに全力でお相手しよう!」
闘志を燃え上がらせるテルシス機から視線をそらさず、輝星はサキに言う。
「悪いけど、邪魔が入らないよう見張っててくれ。相手の陣地のど真ん中だ、いつ厄介な増援が来るやらわからん」
四天はあと三人いるのだ。さしもの輝星もまとめて相手をするにはつらい相手だろう。
「しょうがねえな。わかったよ、タイマンの邪魔はさせねえ」
強敵が相手ならば、できれば二人がかりで戦いたいところだ。だが、見るからに相手は一対一をご所望の様子だし、輝星もそれに付き合う気マンマンだ。サキは仕方なく、彼に従っておくことにした。
「あたしを無視しやがって……隙見せたら、後ろからぶった切ってやるからな」
だが、まったく"ダインスレイフ"のほうを見ようとしないテルシスの態度に内心では怒り心頭だったサキは、マイクに拾われない程度の声量でボソリとそうつぶやくのだった。





