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第九十五話 攻勢(3)

 二日後。ディアローズ渾身の猛砲撃により、皇国軍は足止めを喰らっていた。守りやすい山岳地形とはいえ、昼夜を問わず延々と重砲を撃ち込まれ続ければ、まともな進軍などできなくなる。


「また潜水艦にやられたあ!? これで三回目ですよ!」


 そんな状況下で、シュレーアは無線に向かって叫んでいた。彼女の乗った"ミストルティン"は今、即席の地下壕の中でうずくまっている。帝国による砲撃はほとんど当てずっぽうとはいえ、ラッキーヒットの可能性を考えれば塹壕程度は用意する必要があった。


「被害は? ……駆逐艦が一隻ですか。今回は敵艦を反撃で撃沈できたと……はい、はい。わかりましたよ。とにかく、生存者の救助を優先してくださいね」


 ため息を一つついて、シュレーアは艦隊からの無線を切った。交戦が始まってから、潜水艦からの攻撃が何度も続いていた。艦隊の被害は決して大きくはないが、無視できる数字ではない。背後をジリジリと脅かされているようで、あまり気分はよくなかった。


「やはり、あまりいい状況ではありませんね。時間と物資ばかり浪費して……」


 絶え間なく聞こえてくる砲弾の着弾音に顔をしかめながら、彼女はため息を吐いた。大砲の音はまるで雷鳴のようで、ずっと聞いていると気が滅入ってくる。


「とはいえ、こんなんじゃ前進どころじゃないよ。これだけの砲兵を用意してるってことは、向こうも準備万端で用意してたってことだからね」


 すぐ横に居た輝星が言う。ストライカーのパワーなら、数機程度がすっぽり入るような塹壕を掘るのも大した労力ではない。現在の皇国部隊は、ほとんどこうした穴を掘って身をひそめていた。


「そうですね。おそらく、この先には塹壕とトーチカがタップリ用意されていることでしょう。嫌になりますね」


「とりあえず、偵察がてら向こうの陣地にお邪魔したほうがいいんじゃないかな。大砲の数をちょっとでも減らしたいところだし」


 砲撃の音がうるさくて、夜もまともに寝られないような有様なのだ。皇国砲兵隊も反撃しているものの、火力の違いは明白であり大した効果は挙げられていない。


「確かに、森に隠れて浸透すればかなり敵陣の奥深くまでもぐりこめるでしょうが……かなり危険なのでは?」


「まあね。でも、だから俺がやるんだよ」


 輝星の言葉に、シュレーアは少し考えこんだ。だが、現状取れる手が少ないのも事実だ。ここは切り札を切るべき場面なのではないかと納得する。


「わかりました。では、お願いします。牧島中尉、サポートをお願いできますか?」


 さすがに、こんな状況で部隊を置いてシュレーアが敵陣に突っ込むわけにはいかない。自分がついていきたい気持ちを抑え、サキに頼んだ。


「大丈夫っすよ。任せといてください」


 当然、帰ってきたのは頼もしい答えだ。サキとて、この状況にはやきもきしていた。敵の砲撃を恐れて穴倉にこもっているよりは、多少危険でも敵に切り込んでいった方がまだ気が楽だ。


「何かあったら、すぐに帰ってくるように。いいですね?」


「はいはい」


 まるで母親か姉のような言い草に苦笑しつつ、二人は塹壕から飛び出した。周囲はストライカーの全高よりもはるかに背の高い大樹に覆われており、敵の目から隠れるためのちょうどいい遮蔽物になっていた。


「カチコミですか! ついていきましょうか!?」


「輝星君! こっち見てー!」


 周囲の皇国機から、次々と通信が入った。勇ましい者から黄色い声まで様々だが、どれも状況のわりに元気そうだ。それもそのはず、男が見ているのに情けない姿は見せられないと誰も彼もが奮起しているのだ。ディアローズの予想に反し、いまだ皇国軍の士気は高かった。

 輝星はそんな彼女たちにいちいち返事をしつつも、すいすいと樹海の奥へと進んでいく。空を飛べば即座に敵に発見されるため、木を避けながらの慎重な行軍だ。


「で、どうする? 敵の砲兵隊がどこに潜んでるのやら、いまいちわかんねえワケだが」


 平地であれば対砲兵レーダーで敵砲の位置はすぐにわかるのだが、山岳地帯ではそうもいかない。その上、帝国軍は優秀な電子戦能力を生かして索敵の妨害を行っているのだ。これではまともな反撃などできたものではない。


「とりあえず北に向かおう。近くに寄れば気配でだいたいわかる」


「人間レーダーみたいだよな、お前。まったく便利なもんだ」


 そう言うサキだったが、その口調は決して羨ましそうなものではない。人の死に過敏になってしまう能力など、戦場においてはメリットよりデメリットの方が大きそうだからだ。


「まあね。特にこういう戦場じゃてきめん役に立つよ。ゲリラ戦は一番得意だ」


「じゃー、先導も任せとく。お前が居るなら、敵に不意打ちされることもねえだろうしな」


「ま、そうはいってもある程度の強行突破は必要だろうけどね。ニンジャじゃあるまいし、発見されずに砲兵陣地まで行くのはムリだ」


「ま、あたしはニンジャじゃなくてサムライだしな。こそこそ隠れるなんて性に合わないマネするくらいなら、無理やり押し通った方がマシだぜ」


「同感だ。……ま、なんにせよ相手の陣地で大立ち回りは避けられないんだ。派手にやろうぜ、牧島さん」


 にやりと笑って輝星が言うが、サキは一瞬むっと口を一文字に結んだ。彼女の脳裏にフラッシュバックしたのは、先日彼がシュレーアを呼び捨てにした出来事だった。


「……あのさあ、あたしらもそれなりの付き合いになってきたんだ。そんな他人行儀な呼び方、やめろよ」


「えっ? なんか最近、そういうのが多いなあ……」


 ヴァレンティナといいシュレーアといい。同じようなことを要求してくるものだ。呼び方などなんでもいいではないかと、輝星は考えているのだが……。


「じゃ、牧島?」


「サキでいい。お前も姉貴がいるんだろ? まぎらわしいから、あたしも北斗はやめて輝星にする」


「姉さんはここに居ないんだから、北斗でも別にいいじゃないか……」


「そのうち会うもしれないだろ!!」


「はいはい……」


 戦闘前に言い合いをしても仕方がない。輝星はため息を吐いて頷いた。


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