第九十四話 攻勢(2)
「よし、予定通りだ」
野戦築城された司令部の中で、ディアローズがニヤリと笑った。彼女の目の前に設置された大型モニターには、地図と敵味方の部隊の位置が表示されている。
「とにかく砲兵火力で相手をくぎ付けにし続けるのだ」
「ですが殿下、戦場は大樹の密集した山岳地帯です。砲撃は効果が薄いのでは?」
幕僚が疑問の声を上げた。砲兵火力の主力となる機動砲は飛行能力を持っているし、多脚自走砲・ロケット砲の類も少々の難地形などものともしない走破性は持っている。とはいえ敵部隊が隠れているのであれば、大砲を動かせたところで効果的な砲撃は難しいだろう。
「そんなことを妾が理解していないとでも思っているのか?」
「……い、いえ、そんなことは決して」
ディアローズに睨みつけられた幕僚が冷や汗を垂らす。彼女は愛用の鞭を撫でながら、わざとらしいため息を吐いた。
「要するに、足止めが出来ればよいのだ。二、三日延々と砲撃を浴びせかけられてみよ、兵の士気はダダ下がりだ。本隊
を突入させるのはそのあとでよい」
「な、なるほど……そういう事でしたか」
納得したような顔を見せる参謀だったが、内心はこの貴族らしくない戦法には反対だった。砲兵など、平民の兵科だ。貴族ならば貴族らしく、正面からの突撃で華々しく勝利したいところだ。ただでさえ、最近のディアローズの戦術は消極策が多い。部下たちの間にも、不満が広がっていた。
「しかし、進撃を止めたのは敵ながら判断が良いな。もうすこし前進しておれば、防衛線で絡め捕れたのだが」
そんな部下の様子を気にすることもなく、ディアローズは地図を見つつ感心した。皇国部隊を表す光点は、山岳地帯に構築された防衛陣地に突入する前に動きを止めて帝国部隊に対処している。
「猪武者ならば、転進による隙を嫌ってそのまま突っ込んでくると思っていたのだが。攻撃を仕掛けるのがやや早かったか……」
塹壕やトーチカで構成された防衛線は幾重にも張られており、おまけに森の中ということで偽装も十分だ。突っ込んでくるのであれば、かなりの効果を発揮したはずなのだが……。
「まあ良い、配置した重砲類は無駄にはならぬ。火力だ、とにかく火力をぶつけ続けるのだ」
「はっ!」
前線に指示を出し始める部下を満足そうに眺めた後、ディアローズは別の部下の方を見た。艦隊担当の幕僚だ。
「ところで、ヤツらの艦隊はどうしている?」
「変わりはありません。揚陸ポイントに停泊し、陸側に小規模な基地を構築しつつあります」
前線と違い平和そうな皇国艦隊だったが、撤退ポイントを死守するという仕事がある。それに、補給線を守るのも艦隊の役割だ。陸揚げした補給物資を、ホバートラック等で次々と前線へと送り出している。艦隊所属のストライカー部隊により補給線は護衛されており、何度かこれまで攻撃を仕掛けたものの撃退されていた。
「よし、少しちょっかいを出そう。監視中の潜水部隊に連絡せよ。補助艦の一隻や二隻でも沈めろとな」
「例の艦隊は使わないのですか? このタイミングであれば、敵艦隊に大きな被害を与えられると思いますが……」
「まだだ。多少被害を与えたところで本命を逃がしてしまえば意味がない。今はまだ、脅威を感じさせさえすればよいのだ」
「了解しました」
不審げな表情をしつつも、幕僚は素直に従った。野戦司令部から発された暗号通信は、大陸沿岸の海中に潜む潜水艦へと瞬時に届いた。
「ふむ……」
暗号文を見た潜水艦の艦長が小さく頷く。
「攻撃命令よ。魚雷発射管、一番から八番まで装填。狙いは……周りの駆逐艦でいいか。諸元を入力しておきなさい」
「やっとですか。ずっと退屈な監視任務をやらされるんじゃないかって、ヒヤヒヤしてましたよ」
副官が肩をすくめた。皇国艦隊が出撃した時点から、ずっと追跡を続けていたのがこの潜水艦だ。
「向こうがこっちに気づけば、ちょっとはエキサイティングだったんだけどね」
「まともな対潜訓練なんかやったことがないんでしょう、田舎国家の艦隊は……」
笑う副長に、艦長も釣られて口元を緩める。
「それに、このブレア号は最新鋭ですから。そりゃあそう簡単に見つけられるわけもない」
核融合炉とウォータージェット推進を組み合わせたこの手の潜水艦は、ただでさえ静粛性が高いのだ。ましてアクティブソナーすら誤魔化す欺瞞装置すら搭載しているのだから、二線級装備しか持たない皇国軍に発見できる道理もなかった。
「魚雷装填完了!」
「諸元入力も終わりました。いつでも撃てます」
「よし、全門発射!」
艦長の命令に従い、流線型をした潜水艦の艦首から八本の魚雷が発射される。停泊した皇国艦隊へとまっすぐ進んでいくその魚雷に皇国兵たちが気づいたのは、かなり接近されてからだった。
「魚雷だ! 緊急浮上!」
「なんで気付かなかったのよ!」
皇国艦は錨を引き上げる暇すら惜しみつつ、あわてて反重力リフターを作動させて空中へ浮上していった。だが、その程度では逃れられない。浮上を探知した魚雷が、ウォータージェットの代わりにロケットモーターを作動させた。トビウオのように海上に飛び出したソレは、猛烈な加速を見せて駆逐艦の腹へと突き刺さる。直後、巨大な火柱がいくつも上がった。
「よし、撤退よ。流石にアタリをつけて索敵されたら居場所もバレそうだし」
「了解。急速回頭!」
その戦果を確認することもなく、潜水艦は音もなく去っていった。





