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第九十三話 攻勢(1)

 皇国の作戦は予定通り決行された。内陸部にある地下要塞を目指し、艦隊は地上部隊とストライカーを上陸させる。揚陸作戦は二度目であり、もう手慣れたものだ。


「敵の抵抗が妙に弱いですね……」


 進撃を続ける"ミストルティン"のコックピットで、シュレーアが呟いた。前線部隊から送られてくるデータが表示されたサブモニターを確認するが、今のところ容易に撃退できるような敵しか現れていない。前回の作戦の方が、まだ抵抗が激しかったくらいだ。


「罠くさいですね」


「いったん戻る? 相手が引き込んで叩くつもりなら、艦隊と主力部隊が離れるのは不味いんじゃないかな」


「それは、その通りなのですが……」


 シュレーアは悩ましい表情で唸る。周辺の地形図を確認して、小さくため息を吐いた。部隊を分けることが望ましくないことなど、作戦の立案段階からわかっていたのだ。しかしそれでもリスクを承知で行動しているのは、それなりの理由がある。


「艦隊まで戻ったところで、どうしようもありません。艦隊が安全に地下要塞までたどり着けるルートはないのですから、結局攻撃は我々だけで行うしかないのです」


 この辺りの地形は起伏が激しく、小回りの利かない大型艦で低空飛行しようものなら艦首や船腹を岩にぶつけまくることになる。それを避けて高度を取れば、今度は集中攻撃を浴びるのだ。


「我々のできることはただ一つ。可能な限り早期に要塞を落とし、奪取した防衛設備を利用して周囲の敵と戦う。いろいろ検討しましたが、これが最も勝率の高い作戦……だそうです」


 この手の話はシュレーアも参謀長からの受け売りだ。なんとも博打じみた作戦だが、彼女自身が考えてもこれ以上の案は思いつかなかった。


「結局、向こうもそれがわかってるからこんな露骨な温存策とってるんじゃねえっすかね? 普通、誘い込むつもりならもうちょっと苦戦しているフリくらいしますって」


「でしょうね。ナメられているとしか言いようがない……非常に腹立たしいことです」


 サキの言葉にシュレーアが怒気のこもった口調で返した。とはいえ、罠があるとわかっているのならば対処のしようもある。輝星たち三人が最前線に出ていないのは、奇襲に備えてのことだ。


「ま、罠なんて食い破りゃあいいんすよ、なあ北斗」


「その通り」


 力強いサキの言葉に、輝星は嬉しそうに笑った。こういった状況で弱気にならないのが、彼女のいい所だ。


「向こうがやりたいのは、とにかく戦力を分断させて各個撃破すること。逆に言えば、私たちと正面から戦いたくないということですよ。何かあれば、即座に戦力を合流させられる態勢にしておかなくては……」


 シュレーアはもう一度地図を確認した。今のところ、功を焦って突出しているような部隊はない。整然とした行軍だ。


「今は、相手の出方を見ましょう。きっとすぐに仕掛けてくるはずです」


 そう言うシュレーアの予想は、一時間後に的中することになった。


「敵襲! 南東百二十キロに熱源多数! ストライカーです!」


 焦った声音の報告に、シュレーアは目を細めた。周囲の地形は、樹高二十メートルを超える大樹が茂った山岳地帯だ。伏兵を配置するにはもってこいの場所と言える。データリンクにより戦術マップに表示された敵戦力は今確認されているだけで数百機。おそらく、まだ確認されていないだけで他にも居るだろう。


「案の定、後方をふさいできましたか」


 敵の位置は、こちらの部隊を後ろから追いかけてくるような形だ。ストライカーはともかく多脚戦車は山岳地帯の通行ということでスピードが出せない。じきに追いつかれてしまうだろう。


「セオリー通りなら、前方にも敵が潜んでるんじゃないかな」


「間違いないでしょう、挟み撃ちは絶対に狙ってくるはず……」


「前衛部隊が敵に接触しました! 多脚戦車を中心とした部隊が進行方向に潜んで居たようです!」


「ほらきた」


 シュレーアはげんなりとした表情を浮かべた。先行していた部隊が戦車に襲われたのだ。これで、皇国の主力は前後を敵に挟まれたことになる。


「転進して隙を見せるのは不味いですが……退路と補給線を絶たれるのはもっとよろしくない。第四、第七旅団が後方の敵部隊……呼称・A集団に対応しなさい。砲兵部隊も展開させるのです。とにかく、戦車などの硬い部隊が出てくる前に火力で押しつぶしましょう」


「了解!」


「残る部隊は転進の用意を。前方の敵、B集団の攻撃を防ぎつつ、A集団へ支援攻撃をかけられるよう移動してください」


 即座に判断して、シュレーアは命令を出した。まだ敵の全体的な布陣が判明していない以上、大きく動くわけにはいかない。まずは小手調べだ。


「俺はどうする?」


「まだ動かないでください。近衛なり四天なり、警戒すべき敵は多いですから。切り札はまだ温存せねばなりません」


 おそらく、帝国にとっても輝星は一番警戒している相手なのだ。可能な限り消耗を避け、敵の本命に備える必要がある。


「……弾薬類は相手の機体から奪えばなんとかなるけど?」


 帝国と皇国の使用している粒子マガジンは別規格だが、変換アダプターを使えば流用可能だ。ライフルごと奪い取るという手もある。


「弾薬がなんとかなっても、体力も推進剤も有限ですよ。大丈夫、あなたが出なくともわが軍は戦えます。気持ちは分かりますが……どうか、今は抑えてください」


「……そうだな、わかった。シュレーアの言うとおりにする」


 少し考えて、輝星は頷いた。指揮官が待機すべしと判断したのなら、それを振り切って戦うわけにもいかない。


「ありがとうございます」


 頷くシュレーアをしり目に"ダインスレイフ"のコックピットでは、名前を呼び捨てにしたことに耳ざとく気付いたサキが若干ムッとした顔をしていた。



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