第八十三話 突入、地下要塞(3)
「第七階層突破されました!」
「防衛システムの四十パーセントが奪取されました。隔壁作動しません!」
「なにやってんのよ、もうっ!」
輝星たちの快進撃の裏側では、帝国の要塞司令官が額に青筋を浮かべて部下たちを叱責していた。司令官と言っても、まだ十代前半の少女だ。なにはともあれ一騎打ちを求められるヴルド人の将官は、年若い上位貴族が務めることも多い。
「防衛隊はどうなってるの? 向こうも大した数じゃないのよ、防衛有利のはずのこっちが押されてるなんておかしいじゃない!」
「そ、それが……」
金髪ツインテールを振り乱しながら怒りを振りまく司令官に、部下が言いづらそうに答えた。
「敵にあの"凶星"が居るという話が広まっていまして、士気がひどい有様で……平民の部隊など、交戦する前から降伏する者すら出ている模様です」
「やーくーたーたーずー!!」
司令官は地団太を踏んだ。参謀が何とも言えない表情で彼女を見るが、文句は言わなかった。気分としては同感だったからだ。
「だから平民なんか嫌いなのよ!」
彼女はそう言うが、それは仕方のない事だろう。防衛戦争ならまだしも、侵略戦争では平民の兵士がやる気を出す意味はあまりない。組織にも国家にも愛着のない彼女らは給料分しか働かないし、旗色が悪くなればすぐに降伏する。もともと士気も練度も期待できないのが、ヴルド人の平民部隊というものだ。それでも、数を揃えればそれなりに使えなくもないのだが……。
「第一、第二地下港のゲートが爆破されました! 海側から皇国の工作部隊が侵入していた模様!」
「え、な、なんで!? 地下港は新造なのよ!? 皇国がゲートの場所を知ってるはずがないじゃない!」
地下要塞には、海へとつながった大規模な港が整備されていた。地上戦が発生した際に密かに潜水艦や宇宙艦の整備や補給を行い、そして要塞陥落時の脱出経路として利用するためだ。当然その出入り口は最大級の機密であるはずなのだが……。
「おおかた、降伏した部隊が漏らしたのでしょうな……」
古老然とした容姿の参謀がボソリと呟く。
「なんでこう、わたしの部下には無能しかいないのよっ!」
司令官が叫びつつ、頭をガリガリと掻きむしった時だった。突然指令室にアラートが鳴り響く。
「通信がジャックされました!」
オペレーターが緊迫した声で報告する。司令が叱責の声を上げるが、すでに手遅れだ。指令室のメインモニターが明滅し、シュレーアの顔が表示される。
「おほん……帝国の皆様、聞こえていますか?」
「あーあー聞こえなーい!」
「聞こえております」
司令官はそっぽをむいて叫んだが、気まずそうな表情で老参謀がシュレーアに答えた。
「シュレーア・ハインレッタ殿下ですな? 用件は……まあ、降伏勧告でしょうな」
「話が早くて助かります」
シュレーアはそういってにっこりと笑う。
「我々は要塞最深部まで到達しました。あとは陸戦隊を突っ込ませるだけで、そちらの指令室を制圧できます。ですが、お互い余計な血は流したくないでしょう?」
ストライカーならばコックピットを傷つけずに制圧することができるが、生身での戦闘ではそうはいかない。まして戦場が閉所ともなれば、大勢の死者が出てもおかしくない。
「今のうちに降伏するならば、将も兵も粗末には扱いません。捕虜として淑女的に扱いましょう。いかがです?」
「ふん、わたしは次期ミスラ侯爵なのよっ! そう簡単に降伏なんて情けない真似なんかできるわけないじゃない!」
「その通り」
司令官の言葉に、老参謀が頷く。周囲の幕僚の反応はそれぞれだ。これから起こる惨劇を予想し顔を青くするものもいれば、司令官に同調して気炎を揚げるものもいる。シュレーアが口をへの字にして唸った。
「……致し方ありませんね。では」
「待たれよ」
通信を切ろうとしたシュレーアを、老参謀が止める。
「しかし、無駄な人死にを減らすのも将の役目。要するに、名誉が守られれば良いのです。そうでしょう? 司令」
「えっ? そ、そうね?」
何のことやらわからないといった様子で、司令官はまじまじと老参謀を見た。そのしわくちゃの老婆は、悪戯っぽい微笑を浮かべながら司令の視線を正面から受け止める。
「大将どうしの一騎打ちを行いましょう。勝っても負けても我らが司令殿の名誉は守られます」
「ま、待って? わたし少将なんだけど?」
「それは言葉のアヤですぞ、司令」
アホの子を見る表情を一瞬浮かべた後、老参謀はシュレーアの方へ視線を戻した。
「そちらが勝てば、我々は潔く降伏いたしましょう。そしてこちらが勝てば、佐官以上のものの脱出は見逃していただく。如何かな?」
「ふむ。まあ、そう来るとは思っていました」
こんな状況で一騎打ちを仕掛けてこない司令官など、貴族としては失格だ。優勢な側であるシュレーアとしてはあえて受ける必要もないのだが、ここで勝てば味方の士気が上がることは間違いない。
「先に言っておきますが、代理人はナシですぞ。皇族ともあろうものが、傭兵なぞの後ろに隠れるような真似はいたしますまい?」
「無論です」
せっかくなのだからしっかりと一騎打ちに勝利して、輝星に格好いいところを見せたい。シュレーアはニヤリと笑って頷いた。
「か、勝手に話を進めないでよっ!」
「将の義務ですぞ! 逃げることはまかりなりませぬ!」
老参謀の剣幕に、思わず司令官は一歩下がった。
「べ、別にしないとは言ってないでしょ!」
「結構。では、場所は第一地下港で。あそこならば、ストライカーでも十全に飛び回れましょうや」
視線で老参謀が通信オペレーターに指示を出す。シュレーアの方へ要塞のマップデータが送信された。
「ふむ、すぐ近くですね。いいでしょう」
脱出経路としても使われる都合上、第一地下港は指令室から徒歩で向かえる位置に設けられていた。皇国側のマップと送られてきたマップを見比べて罠がないか確かめつつ、シュレーアは頷くのだった。





