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第七十五話 突貫工事

「出来ました! できましたよ! 疲れたぁ」


 機械油と埃で顔を真っ黒にした機付長が、大声で叫んだ。彼女の前には、太いケーブルの生えた巨大なドラム缶としかいいようのない物体が転がっている。


「ブラスターライフル用の大容量マガジン! 発射可能弾数百二十発! わはははははっ!!」


 徹夜作業が堪えているのか、機付長の笑い声には狂気すら感じられる。すぐ横に居る輝星は、冷や汗を浮かべつつも追従して笑う。


「す、すいません、無理言って」


「構いませんよ! 戦艦砲用の粒子カートリッジに、ちょいと改造を施しただけです。大したことじゃない」


 胸を張る機付長だが、その改造作業は時間的余力の少ない実戦下、かつ物資の乏しい敵勢力圏内で行われたものなのだ。かなりの苦労があったであろうことは、機付長の疲れ切った表情を見れば簡単に想像できる。発注元の輝星としては、恐縮するほかない。


「本当、ありがとうございます。これで戦いやすくなる」


 小さく息を吐く輝星。わざわざ無理を言ってブラスターライフルの大容量マガジンなどを作ってもらったのも、前の作戦で交戦した"天轟"……ノラに思った以上に苦戦を強いられたからだ。あれほどの手練れが相手だと、ライフルのマガジン交換すら大きな隙になってしまう。


「でも、あの"天轟"は撃退したって話じゃないですか。それ以上の敵なんか来るんですかね?」


 目の下に隈を作った若い整備員が、目をギラギラさせながら言った。"天轟"といえば、帝国本国から離れた皇国でも名前を聞くような有名なパイロットだ。それを無傷で撃退した輝星に興奮しているのか、若い整備員の距離感は妙に近い。ずいずいと寄ってくる彼女を、近くに座っていたサキが眼光を飛ばして牽制した


「あんなもん前哨戦ですよ。だから一発蹴ったら引っ込んだ。次はそうはいかない」


 にやにやと好戦的な笑みを浮かべて輝星が答えた。あっけらかんとしたその声に、サキはげんなりとした表情になる。


「おいおい、四天がまだ来るってのか? 言っちゃなんだが、皇国戦線なんか帝国にとっちゃ大して重要でもない相手だぞ。 大物中の大物である四天が一人出てきただけでびっくりだってのに……」


「むこうの指揮官はずいぶんと俺を評価してるみたいだからね。そりゃあ使える手は全部打ってくるでしょ」


「言われてみれば、ルボーアじゃひでー目にあったしな……」


 墜としても墜としても墜としても延々と敵の増援が続く地獄のような戦場を思い出して、サキは顔を引きつらせた。


「確かに、お前を意識してああいう戦術をとってきた可能性は十分にあるな。てぇことは、"天轟"のヤツもお前対策で来た訳か」


「強いってのも考え物ですね。おお怖い怖い」


 機付長が肩をすくめた。一兵卒が敵軍の総大将から集中攻撃を浴びるなど、そうそうない事だ。


「いいじゃない、向こうもそれだけ必死って事だよ。お互い張り合うってのは存外楽しいもんだよ」


 楽しそうにケラケラ笑う輝星に、サキが苦虫をかみつぶしたような顔をする。座っていた新品のオイル缶から立ち上がると、深々とため息を吐いた。


「ひでー火遊びだな。そのうち死んじまうぞ」


「死ぬのは殺すのと同じくらいゴメンだねえ」


「だったら少しくらい自重をしろ自重を」


 もう一度ため息を吐いたサキは、輝星に歩み寄ってその頭をぐりぐりと撫でた。大型犬相手にやるような、やや乱暴な手つきだ。輝星が目を白黒させる。


「家庭にでも入れば、少しはおとなしくなるのかね」


 ふいにサキがそういうと、ぐいと輝星に顔を近づけた。じっとこちらを見つめるその顔は、まさに凛々しい和風美人そのもの。普段こんなことをしないサキが相手だけに、さしもの輝星もドキリと心臓を跳ねさせた。


「……」


 が、向こうもそれは同じだったらしく、あっという間にサキは顔を真っ赤にして体を放した。緊張したのか顔じゅう汗びっしょりだ。


「な、なんてなっ! 冗談冗談! ははははっ! 忘れろ!」


 ヤケクソ気味に笑うサキの方に、ポンと手が置かれた。振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべたシュレーアが居た。


「人が見ていない間に何をしてるんですかねぇ?」


「あんたにゃ関係ない事っすよ」


 一瞬前の様子からは考えられないほど冷たい声でサキが答える。その顔色はすでに元に戻っていた。血圧の乱高下で調子が悪くなりはしないかと、輝星の脳内に的外れな心配が浮かぶ。


「敵同士じゃないんだから、ぽんぽん喧嘩しないでよ……」


「いやあありゃ完全に敵同士だと思いますがねえ……」


 とりなす輝星に、ぼそりと機付長が呟く。同じ組織の上司と部下であろうが、平気で同じ男をめぐって殺し合いを始めるのがヴルド人という種族だ。血の気の多さで言えば、地球人(テラン)よりも上と言われている。実力行使に出ないだけ、シュレーアとサキはむしろ紳士的……いや、淑女的ですらある。

 とはいえ、ギスギスされ続けられても輝星としては困る。出来るだけ自然な笑みを浮かべながら、彼は二人の間に入った。


「ところで、どうしたの? 殿下。何か用?」


「あっ、いや、大したことではないんですが」


 輝星の顔を見たシュレーアの表情がにへらと緩んだ。それを見たサキが白けたように肩をすくめ、機付長が首を左右に振る。


「ご存じの通り、次の戦場は可住惑星です。ストライカー隊の陸戦装備への換装はどうなっているかなと」


 ストライカーは陸・空・宇宙と場所を選ばず戦える兵器だが、戦場の環境に応じてオプションを装着することでさらにその戦闘力を高めることが出来る。シュレーアは護衛隊を残し、ほかのすべてのストライカーに陸戦オプションを装備するよう命令を出していた。


「あっ!?」


 そしてその命令を思い出した機付長が、凍り付いたような声音で叫んだ。整備ハンガーに固定された"カリヴァーン・リヴァイブ"は、いつもと何も変わった様子がない。陸戦オプションの装備などまったくの手つかずだ。


「い、今からやります!」


「えっ、上陸開始まであと四十八時間ですよ!?」


「間に合わせます!」


 絶望的な表情で叫ぶ機付長に、輝星は慌てた。彼女らに無理をさせたのは輝星自身だ。これ以上余計な苦労を駆けてはいけない。


「いや、俺の機体はそのままでも……」


 そんな三人を見て何かを察したのか、シュレーアは困ったような表情で持っていたタブレット端末をいじる。そして何事かを確認してから、仕方なさそうに言った。


「……装着作業は手の空いている人員に任せます。あなたたちは休んでいなさい」



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