第六十三話 歩行要塞の脅威
なんの変哲もない無人星系を、皇国の偵察艦隊が進んでいく。中型偵察巡洋艦一隻と、護衛の防空駆逐艦二隻で構成された小規模な部隊だ。
「帝国の勢力圏に入るってんだから戦々恐々としてたけどさ、思ったより平和だなあ」
偵察巡洋艦の艦長席で、若い金髪の貴族が緊張感のない口調で言った。足を組み頬杖をついた姿勢は、とても戦地に居る軍人のモノとは思えない。
「偵察機からの情報はどうなってるの?」
「今のところボウズですね。敵さん、どこにも居ませんよ」
答えるオペレーターの声にも覇気はない。皇都を出て一週間。最初は十分な緊張感をもって任務にあたっていたものの、一切の妨害もないまま帝国の勢力圏奥深くまで侵入することが出来ていた。こうなると逆に、気も緩んでくるものだ。
「参ったねえ。可住惑星も三つだか四つだかほぼ無血で取り戻したんでしょう? このままじゃ惑星軍に手柄取られちゃうよ」
「ははは……帝国の連中、ボロ負けしたんでビビってるんじゃないですか?」
「"凶星"サマサマってやつだなあ。キスの一つくらいしてあげたい気分だよ」
「そりゃ自分がキスしたいだけでしょう、艦長?」
「わかるぅ?」
「そりゃあもう、私もしたいですから」
「ははははは」
のんびりとした会話が続く中、艦隊の近くに浮かぶ小惑星の表面では異変が起こっていた。何も存在していなかったハズの空間が突如揺らぎ、バカでかい大砲から手足が生えたような奇妙な巨大兵器が現れる。
帝国の巨大兵器……歩行要塞・"ヴァライザー"だ。そのコックピットには、二人の人間が居た。戦艦よりもなお大きい兵器だというのに、乗員はわずかこの二名だけだ。
「光学迷彩解除。さて、宣戦布告がてら派手な花火をぶちかましてやれ」
「了解」
砲手は頷くと、皇国偵察艦隊に照準を合わせ無造作にトリガーを引いた。胴体にもなっている巨大砲から、その図体に見合ったすさまじい太さの真紅のビームが照射される。音もなく真空の空間を切り裂いた巨大ビームは、本来の狙いをわずかにそれ偵察巡洋艦のすぐそばを航行していた防空駆逐艦二隻を一瞬で蒸発させた。
「ちっ、試射不足だな。開発部の連中、いい加減な兵器を送りやがって」
「次は当てます。次弾装填」
"ヴァライザー"の股間部から空になった粒子カートリッジか排出され、岩だらけの地表に転がる。
一方、攻撃を受けた皇国偵察巡洋艦の艦橋は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「何が起こった!」
「質量反応感知! 正体不明の大型兵器が小惑星レイスb1地表に居ます!」
艦橋のメインモニターに、こちらに砲口を向けた"ヴァライザー"の姿が大写しになる。それを見た艦長の顔色が蒼白になった。
「歩行要塞! 帝国め、なんてモノを!」
歯噛みしつつも、部下の前で情けない姿は見せられない。素早く指示を下す。
「本隊に打電! 詳細なデータを送って! 反撃も早く始めるんだ! 全砲門開け」
艦長の指示を受け、艦に装備された四基八門の25Mw連装複合砲が"ヴァライザー"に向けられる。
「緒元入力完了、いつでも撃てます」
「全門斉射、撃ち方はじめ!」
一斉に放たれた緑のビームは、寸分のズレもなく"ヴァライザー"に殺到した。しかし、その光線は装甲すら焦がすことなく"ヴァライザー"のやや手前で拡散してしまった。結果、巨大兵器には小傷すら付くことはない。
「斥力偏向シールドです! 主砲の効果は認められず!」
「くっ、まずい! 回避運動を……」
皇国巡洋艦の抵抗はここまでだった。再度発射された超大出力ビームにより、白亜の艦体が一瞬にして引き裂かれ、そのままプラズマ化し消失する。後には残骸すら残されなかった。
「敵部隊の壊滅を確認。本機に損傷はありません。パーフェクトゲームですね、少将」
「所詮は軽武装の偵察部隊だ。このくらい楽々こなせねば話にもならんさ」
操縦桿から手を放し、機長は勝利の高揚など微塵も感じられない声で返した。
「知っているか? このデカブツの建造コストは、戦艦四隻ぶんはあるそうだ」
「つまりは戦艦四隻分の働きをしないと、建造費が回収できないと。責任重大ですね、これは」
砲手が肩をすくめる。機長は薄く笑って肩をすくめ、そういう事だと頷いた。
「さて、戦果報告といこうか。われらが御大将は何とおっしゃるやら」
笑みを消して機長が通信機を操作する。この辺りの通信網は帝国側が掌握しているため、問題なく超光速音声通信が可能だ。
「なんだ? 妾に連絡を寄越したということは、皇国の戦艦の一隻でも沈めたか」
通信の相手は通常のオペレーターではない。ディアローズ本人だった。歩行要塞に分類される兵器はその戦力的価値から、総司令へのホットラインが装備されている。
「いえ、小競り合い程度です。皇国の偵察艦隊を壊滅させました」
「ふん、その程度か」
揶揄するような口調のディアローズだが、半ばポーズのようなものだ。向こうも偵察部隊を飛ばしているのだから、いきなり本隊と遭遇するだなどとは彼女も考えていない。
「だが、敵に見つかった以上向こうも主戦力を回してくるはずだ。増援を向かわせるから、それまで耐えよ」
歩行要塞はその図体から、移動は極めて遅い。だからこそ、敵の本隊が通過するであろう可能性の高い星系に事前に配置していたのだ。
皇国艦隊の動きから、だいたいの作戦目標はすでに割り出し済みだ。偵察をわざわざ出してきたことから考えても、このルートが本命とみて間違いない。ディアローズは他のルートを防衛するために配置していた戦力を集結させ、この星系で第一波の攻撃を仕掛けるつもりだった。
「了解しました」
至極まじめな声で返事をしてから通信を切り、機長はため息を吐いた。
「さて、これから忙しくなるぞ」





