第五十四話 攻撃か防御か
「グロリアスも最低限の修理が終わり、戦線復帰が可能です。攻勢に出られるだけの準備は整いました」
大型液晶パネルの前で軍服姿の老女が熱弁を振るう。レイト・カデンツァ軍務公。カレンシア皇国軍の参謀長だ。
「我々皇国軍はいままで、無様な敗走を重ね続けてきました。しかし、それもここまで。捲土重来の時が来たのです!」
いささか熱の入りすぎた様子でそう言い切る参謀長を、輝星は何とも言えない表情で眺める。皇国軍の総旗艦となった"レイディアント"の作戦会議室には、煮詰まった雰囲気が漂っていた。
「しかし、帝国との戦力差はいまだに大きい。攻勢に出たところで勝機はありましょうか、参謀長殿」
疑問の声を上げるのは、シュレーア直属の部下であり、第三艦隊の参謀でもあるソラナだ。彼女は参謀長の提示する攻撃案が不服なようで、不満もあらわに立ち上がって言葉を続ける。
「先の会戦で勝利できたのは、地の利と北斗氏の獅子奮迅の活躍あってのことであります。あのような奇跡を期待して打って出るのは、いささか確実性に欠けるのでは」
「だからといって、いつまでも自陣に引きこもっていては勝てる戦も勝てはしません。ソラナ軍務候、そういった考え方は敗北主義というのです」
年齢に見合わない覇気のこもった目つきでソラナを睨みつけながら、参謀長は真正面から言い放つ。
「怯懦の徒に指揮官は務まりません。仮にも貴族を名乗るならば、そのような雄々しい思考はさっさと放棄しなさい」
「なっ……!」
ソラナの顔が真っ赤に染まった。攻撃一辺倒のこの参謀長は、慎重策を好むソラナとは犬猿の仲だ。つかみ合いの喧嘩に発展しかけたことも一度や二度ではない。
「味方同士で罵り合っても、何の建設性もありませんよ。やめてください」
うんざりした表情で二人を止めるのはシュレーアだ。会議のたびにこんなやり取りがあるのだ。彼女もいい加減嫌になってきていた。
「それに、この場には男性もいるのです。雄々しいなどという言葉は控えていただきたい」
「ふん。作戦会議の男が参加するなど、私は最初から反対しているのですがね」
シュレーアの言葉に、参謀長は輝星を睨みつけた。そうは言われても、別に彼も好きでこの場に居るわけではない。会議が煮詰まって前に進まないから、何か意見があれば出してくれとシュレーアに半ば無理やり連れてこられただけなのだ。
「ははは……すいませんね」
輝星としては、曖昧に笑ってやり過ごすしかない。しかしその笑顔を正面から受けた参謀長は思わず頬を赤く染め、目をそらした。
「ま、まあ、カレが前回の作戦で重要な役割を果たしたのは、私も認めていますが……」
「その通りです」
同意するシュレーアの声と目つきは完全に冷めていた。なに年甲斐もなくときめいているんだと言わんばかりの表情だ。
「ふ、ふん。まあいいでしょう。傭兵、あなたは次に皇国がとるべき作戦について、どう考えているのです? ま、参考までに聞きますが」
「どうと言われましてもねえ」
輝星はあくまで現場側の人間だ。作戦について意見を求められても答えることはできない。士官学校を出ているわけではないので、戦略や戦術についての勉強などしていないのだ。
「ええと、ちょっとお聞きしたいんですけど……弾薬や推進剤の備蓄とか、どうなってるんです?」
「あるよ」
答えたのは参謀長ではなく、シュレーアとよく似た容姿の白髪ショートカットの少女だ。周囲に居る軍人たちとはデザインの異なる、やや地味な軍服を着用している。これは、兵站部門の将兵に支給される軍服だ。
「もともとはあんまりなかったけどね、この間のシュレーアちゃんが物資の買い付けにいってくれたじゃない? それがもうすぐ到着するはずだから」
「あまり多くは調達できませんでしたが……なんとかなりそうですか、姉上」
「攻勢一回分ならなんとかなるよ。そのあとはちょっと厳しいけど……」
少女は難しい表情で手元の端末で情報を確認しつつ、慎重な口調で続ける。
「けど、外征じゃないんだから補給路を叩かれる可能性は少ない。何とかなるはず」
「なるほど、ありがとうございます」
頷いてから、輝星は視線を参謀長へ戻した。
「物資が届きさえするのであれば、自分は戦えますよ。相手が何であれ暴れて御覧にいれます」
結局、細かい戦術の話に口を出すことはしなかった。こんなものに素人が口をはさんでもいいことはないと輝星は考えていたからだ。
「今回みたいな大立ち回りは何度もできませんけどね、エース部隊やゼニス・タイプの相手なら任せてもらって大丈夫です」
「ふむ、確かにあれほどの戦闘力を対艦戦に突っ込ませるのはよろしくない」
彼の発言がお気に召したのか、参謀長は満足げにちらりとソラナの方を見た。嫌そうな表情をするソラナだったが、不承不承といった態度で頷いた。
「……対艦部隊は前回の作戦ではずいぶんと温存できたでありますから……北斗氏には対ストライカー戦闘を担当してもらうというのは小生も賛成であります」
「帝国の近衛隊やゼニスは極めて強力です。これを少ない被害で排除できるのなばら、随分と戦いやすくなるのでは?」
「く、確かにそれはその通りでありますが……」
旗色が悪くなってきたとみて、ソラナが恨みがましい視線を輝星に向けた。彼が両手を合わせて頭を下げると、小さくため息を吐く。
「しかたありませんな。では、少しでも被害が少なくなるように攻勢案を詰めていくことにするでありますよ」
「それで良いのです、それで」
参謀長は満面の笑みで頷いた。





