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第四十九話 追跡者と情報部

「なんだか思った以上にシリアスな話になってきたぞ……」


 耳に着けた小型スピーカーに指をあてながら、サキがぼそりと呟く。彼女は今、人気のない裏路地に居た。黒スーツに黒のソフト帽、おまけに夜だというのにサングラスをつけている。さらに腰には日本刀まで佩いているのだから、もう言い逃れできないほどに不審者だった。


「聞くべきか、聞かざるべきか。いや、万一ということもある……」


 ぶつぶつと呟くサキ。だが、そうして迷っているうちに、いつの間にかスーツ姿の女の集団が足音も気配もなく忍び寄ってきた。彼女が気づいたのは本格的に囲まれてからだ。


「うわっ!? なんだお前ら!?」


 サキも素人ではない。それがこうも易々と囲まれるなど、尋常な相手ではないだろう。刀の柄に手を当てつつ吠えるサキ。


「皇国情報部のモノだ。牧島サキ中尉だな? なぜこんなところに居る」


 中年の、しかし外見に不相応な油断ならぬ表情をした女が答えた。片手で身分証を開いてサキに見せる。どうやら本物のようだ。


「なんだ、味方か」


 ほっと息を吐き、サキは刀の柄から手を離した。現地警察か、あるいはマフィアの類かと思っていたのだ。しかし相手が皇国の軍人ならば争うつもりはない。


「どうかな。貴様は確か、"レイディアント"で待機命令が出ていたはずだ。それがなぜか国外に居るなど……スパイと疑われても仕方ないのでは」


「まさか。天地神明に誓ってやましいことはしてませんよ」


 肩をすくめて見せるサキ。本気でやましいことはないと思っているため、疑いをかけられていても態度は堂々としたままだ。


「要するに、アンタ方は殿下と輝星の護衛だろう?」


「……そうだ」


 誤魔化しても仕方がないと、中年女は頷いて見せる。


「あたしも似たようなモンさ。ほら聞いてみな」


 そう言ってサキは耳に着けていた小型スピーカーを投げてよこした。疑いの表情でそれを耳に当てると、そこから聞こえてきたのは聞き覚えのある声。輝星とシュレーアだ。


「これは……」


「輝星のヤツにこっそり盗聴器を持たせておいたんだ。まずい状況になったらすぐに押し入れるようにな」


 先ほど輝星に渡したペンの、もう一つの隠された機能がこれだった。通報機能などオマケ、本命はこちらである。もしシュレーアが輝星を襲った場合、ボタンを押す暇などない可能性が高いからだ。


「あたしもアンタらと目的は同じってこった。もっとも、警戒してる対象は殿下だが」


「いや、しかし、それは……」


 何とも言えない表情で、中年女は仲間たちと顔を見合わせる。サキの言わんとすることは、理解できなくもない。しかし主家の人間に対してあまりにも失礼ではないか。


「殿下がそんな真似するはずがないだろう」


「でもよ、あの人輝星の部屋に無理やり入ろうとしたことあるぜ。なんとかあたしが止めたが」


「なっ!」


 声を上げたのは別の若い情報部員だ。獣じみた耳をピンとたて、興奮した様子で続ける。


「うらやま……じゃない、なんて破廉恥な真似を!」


「そういえば、いやらしい目を件の傭兵に向けていたのを見たことがありますよ」


「正直あんな可愛いコと二人っきりで個室とか私も我慢できる自信ないんですけど?」


 口々にそんなことを言い始める情報部員たち。中年女はごほんと咳払いした。


「やめないか。殿下に対してあまりにも不敬だぞ」


 そうは言いつつも、彼女自身その顔には疑念の表情が浮かんでいた。シュレーアに暴走癖があるのは事実だからだ。


「殿下はヘタ……じゃない、思慮深い方だ。男の色香に狂って暴走するはずがない」


「しかし、課長!」


 すっかりサキに乗せられてしまったらしい若い情報部員が抗弁するも、課長と呼ばれた中年女は手でそれを制止した。


「だが、男女のことだ。万一ということもある。そして、そんなときに被害者になるのは男の方だ……」


 遠い目をしながら、課長はビルの合間から覗く夜空を見上げた。ヴルド人の男と女では、身体スペックにあまりにも差がありすぎる。本気で女に抑え込まれれば、抵抗できる男などいないのだ。


「私にもあの傭兵くらいの年の息子が居る。彼の悲しむ顔は見たくない。もしもの時は、我々も協力しよう」


 そう言って課長は小型スピーカーをサキに返した。受けとって耳に装着してから、サキはニヤリと破顔する。


「そう言ってくれると思ったぜ」


「しかしだ。命令違反はいけない。この件は上に報告しておくからな」


 一転、冷たい声で言う課長。サキは氷水をぶっかけられたような顔になった。


「そ、そりゃないぜ。カンベンしてくれよ」


「ま、訓戒と反省文程度で済むようとりなしてやる。安心しろ」


「安心できねえよ! あたしは文章書くのは大のニガテなんだ!」


「見ればわかる」


 にべもない課長の言い草に、周囲の情報部員たちは大笑いした。

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