第四十三話 復帰祝い
ルボーア星系での戦いから、一か月が経過した。その間、皇国と帝国双方に大きな動きはない。どちらも大きな被害を受け、動くに動けない状態だったのだ。
輝星はといえば、皇都の病院で長期入院する羽目になっていた。味方に救助された段階で意識不明の重体だったのだから、当然のことだ。自然治癒ならば全治三か月はかかる重傷だったが、最新鋭の再生治療を受けることでなんとか快調。昨日、やっとのことで退院し"レイディアント"に帰ってくることが出来た。
「よーん、ごー」
そんな彼が自室で何をしているかと言えば、腕立て伏せだった。絨毯の上にバイオい草で編まれたゴザを敷き、その上で真っ赤な顔をしながらトレーニングを続けている。
「ろーく……うっ!」
わずか六回目で限界が来た輝星は、そのまま崩れ落ちてしまった。そのまましばらく咳き込み、はあはあと荒い息を吐く。
「くそー、前は十回は行けたのに」
情けない声でそんなことを言う輝星。前からこうして毎日トレーニングは続けていたが、なぜか全く筋肉が増えないのが彼の悩みだった。まったく鍛えていない一般男性ですら、もっと多くの回数をこなせるはずだ。筋金入りの虚弱体質というほかない。
「ああ、もう」
ため息を吐きつつ、彼はタオルで顔をぬぐった。大した運動をしたわけでもないのに汗まみれになってしまっている。どうしたものかと考えつつゴザに寝転んでいると、部屋の出入り口に設置された端末から呼び出しブザーが鳴った。どうやら来客らしい。
「はいはい」
立ち上がり、ドアの前に向かう。ロックを解除しようとしたが、一瞬考えてから端末を操作する。液晶画面に部屋の外の様子が表示された。来客は二人、シュレーアとサキだ。これなら開けても問題あるまい。スイッチを押し、ドアをかけた。
「うわっ!?」
「あわわわ……」
ドアの向こうに居た二人は挨拶をしようと口を開くものの、輝星の姿を見て突然赤面し一歩後ずさった。その妙な反応に、輝星は小首をかしげる。
「な、なんですかいきなり」
「お、おま、お前! そんなスケベな格好で出てくる馬鹿があるか!」
「は?」
サキの言葉に思わず輝星は自分の服装を確認した。半袖のTシャツに、『第二戌亥中学』と刺繍されたジャージのボトムス。学生時代の服をそのまま使い続けているあたり恥ずかしいといえば恥ずかしいが、スケベ呼ばわりされる謂れはない。
「し、しかもそんな顔を赤くして、汗をかいて……い、いけませんよ!」
そんなことを言いつつも、シュレーアは息を荒くして一歩近づいた。思わず輝星は後ずさる。
「なんでそれだけ汗をかいていい匂いさせてるんですか! おかしいでしょう! 普通汗というのは臭いものですよ!」
「待ってください! まって! 待ちやがれ! 気持ちはわかるが止せ! 憲兵沙汰になるぞドスケベ皇女! おい輝星! この馬鹿大人しくさせるからさっさと着替えてシャワー浴びてこい!」
「あっはい」
身の危険を感じた輝星は即座にドアを閉めロックをかけた。そのまま部屋に備え付けのシャワールームに直行する。
「大変申し訳ございませんでした」
それから三十分後。艦内の小さなダイニングルームでシュレーアは深々と頭を下げていた。冷静になってみれば、ひどい醜態だった。彼女はすっかり恥じ入ってしまっていた。もっとも、この手のトラブルは二回目だ。輝星も慣れてしまった。
「いやまあ、いいですよ。こちらも油断したのがよろしくなかった」
「そうだぞ、お前。気をつけろよ? もうちょっとあたしに忍耐力がなけりゃ、二人がかりで襲われてたぞ」
「えっ」
疑問の声を上げたのは輝星ではなくシュレーアだった。
「襲うなんて、そんな……私はちょっとダイレクトに匂いを堪能しようとしただけで……」
「はあっ!?」
サキが顔をゆでダコのようにしながら椅子を蹴とばすようにして立ち上がった。
「おま、お前……おそっ……襲えよそこは女として!」
そこまで言ってサキはハッと輝星の方を見た。何とも言えない彼の表情に、慌てて手をブンブンと振る。
「いやあたしは襲わねーよ!? 言葉のアヤなんだが!?」
「あ、そう……」
何で病み上がりにこんな目に合わなければならないのかという表情で輝星は天を仰いだ。とはいえ、いつまでもふてくされているわけにもいかない。彼は視線をテーブルの上に戻した。
「……そろそろ食べません? 冷めたらもったいないですよ」
そう言って輝星が指さしたのは、湯気を上げるトンカツだった。ただのトンカツではない。高級なオーガニック・ポークをぜいたくに用いた逸品だ。
今日日、こうしたオーガニック食品はそうそう手に入らない。とにかく人口の多いヴルド人の食を支えるためには、味そっちのけで収量を増やしたバイオ食材や合成食品に頼らざるをえないからだ。ではこの豚肉はどこから調達したのかと言えばこの二人が退院祝いに無理して用意してくれたらしい。部屋にやってきたのは、輝星にこれを食べさせるためだったのだ。
「そ、それもそうだよな! ははっ!」
しらじらしい笑い声をあげながらサキが席に戻る。そして白米が山盛りになった茶碗を取りつつ言った。
「それじゃあ、さっさと食おうぜ。いやあ楽しみだなあ」





