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第四十二話 ディアローズ、生まれて初めての敗走

「ええい、勝っても再起不能なほどやられてしまえば意味がないのだ! なぜそれがわからん!」


 無線の先に向かってディアローズは罵声を飛ばす。惑星ルボーアaの低軌道上、彼女は愛機である"ゼンティス"を駆り追撃に現れる皇国軍を迎撃していた。


「一度負けたからなんだというのだ! 次に勝てばよい! わかったらさっさと退かぬか、馬鹿者!」


 大きなため息を吐きつつ無線を切る。先ほどからずっとこのありさまだ。危険の状態だったのは皇帝直轄の部隊のみ。囮として運用していた諸侯軍はいまだに優勢な状態だった。そんな状況で撤退を指示したものだから、抗議の連絡がひっきりなしにディアローズの元へ飛んできていたのだ。


「く……まったく、どいつもこいつも!」


 愚痴をこぼしつつ、ディアローズはこちらに向けて発砲してきた"クレイモア"の攻撃をひらりと避け、すさまじい加速で肉薄した。


「憂さ晴らしと行こうか!」


そして右手に構えたショットガンを至近距離から撃つ。散弾がすさまじい勢いで連射される。赤いショットシェルがベルトリンク給弾で砲の機関部へと吸い込まれていった。散弾の嵐に晒された"クレイモア"は、装甲こそ貫かれなかったもののセンサーやスラスター類は軒並み吹き飛ばされ、満身創痍の状態だ。


「さて、トドメといこう」


 そう言ってディアローズが操縦桿のボタンを押すと、機体の右腕から触手めいた鞭が出てくる。すでに戦闘力など残っていない敵機に容赦なくディアローズは鞭を打ち付けた。ソレが装甲に接触すると同時に高圧電流が放たれ、バチバチと激しいスパークが上がった。


「ぐあああああっ!」


 接触回線で聞こえてくる相手パイロットの悲鳴に、ディアローズはくぐもった笑い声を漏らした。コックピットにはパイロット保護機能があるため死にはしていないだろうが、しばらく意識が戻らない程度のダメージは与えただろう。


「ふん、他愛もない。だが、獲物はまだまだいるようだな? 楽しませてもらおう」


 そう言ってディアローズは残る皇国機に襲い掛かった。


「まあ、この程度か」


 結局、皇国部隊の殲滅には三分もかからなかった。周囲には護衛の近衛機が居るが、大した相手ではなかったためすべてディアローズが手を下した。組織的な追撃を出す余裕など今の皇国にはない。こうして断続的に表れる部隊を彼女自ら倒すことで、敗北で失った部下たちの尊敬を少しでも取り戻す必要があるのだ。


 「ふーっ……」


 大きく息を吐くディアローズ。敵の悲鳴を聞いて少しは気分も晴れたが、撤退を続ける自軍の艦艇を見ていると再び胸に重いものがたまってくる。周囲に聞かれないようマイクのスイッチを切り、彼女は呟いた。


「なんというありさまか。これでは母上に失望されてしまう……!」


 自分で言っておいて、余計のその現実を認識してしまい苦い表情になるディアローズ。もう一度ため息を吐いてから考えを巡らせた。


「お前などいらぬとは絶対に言われたくない」


 そう言って彼女はぶるりと体を震わせた。彼女の母親、つまりノレド帝国の皇帝は非情で冷徹な人間だ。期待に沿えない者は、血のつながった相手であろうと容赦なく殺す。そうでなくとも、ディアローズは母に冷たい声で叱責されるのが何よりも嫌いだった。


「とにかく、次で勝つしかない。戦艦は多少失ったが、補助艦艇はほとんど無事だ……もう一度まともにぶつかり合ったところで、イレギュラーがなければ勝てる」


 そこまで言って彼女は天を仰いだ。真っ暗な空の真ん中で、禍々しい真紅の恒星が鈍い輝きを放っている。


「イレギュラーがなければ……く、北斗輝星!」


 忌々しげな表情で吐き捨てるディアローズ。


「あの男がいなければ! あの男がいなければ勝っていたのだぞ!」


 ギリリと歯を鳴らすと、ディアローズは目をつぶって顔を両手で覆った。


「勝って、勝っていたのに……ああ、(わらわ)は負けたのか……。これが敗北か」


 生まれて初めて敗北した。その事実を認識して、ディアローズはゆっくりと顔を上げる。その顔はなぜか紅潮していた。不可思議な感覚が脳髄を灼き、彼女は熱い息を吐く。


「なんだ? なんなのだ、この感覚は」


 理解のできない自分の体の反応に、奇妙な笑みを浮かべつつディアローズはゾクゾクとした奇妙な快感が走る自分の体を抱いた。


「すでに勝った時のことを考えて、昂っているのか? こうも苦労させられたあの男を組み伏せ、好きなように嬲る……」


 甘美な想像だったが、不思議とあまりしっくりこなかった。だが、彼女は首を振ってその感覚をかき消す。


「きっとそうだ。次の勝利を期待しているのだ、(わらわ)は。くくく、まっておれよ、北斗輝星。貴様を捕らえ、屈服させてやるのが楽しみだ! ははははっ!」


 寒々しい哄笑を上げるディアローズ。しかしすぐに笑みは消え、ポツリと呟いた。


「本当にそうなのか……?」


 彼女の問いに答えてくれる者は、誰一人いなかった。

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