第四十一話 ルボーア会戦(11)
十数隻の巨大な戦艦の周りを無数の補助艦艇が囲む輪形陣。隠密性を捨てて空高く舞うその姿は、まさに王者というにふさわしい威容だ。
そんな大軍に、純白のストライカーが流星のような速度で独り突っ込んでいく。猛烈な対空砲火が出迎えたが、"カリバーン・リヴァイブ"はそれを鋭角な機動で回避していく。
「やっべ……う、ごほっ」
コックピットの輝星は、全身を蝕む凶悪なまでのGにせき込む。少なくない量の血が、咳に混じって吐き出された。両手を操縦桿から離すわけにはいけないため、それをぬぐうことすらままならない。
「ぐ……でもな、俺がやんなきゃだれがやるんだよ!!」
明らかに無茶な攻撃だ。しかし、やめるわけにはいかない。狙いは敵戦艦群、対空砲を発射する中・小型巡洋艦や防空駆逐艦は無視し、艦隊中心部をめがけて飛び続けた。
「なぜあの男を自由にさせた! 絶対に拘束させておかねばならぬというのに!」
総旗艦"オーデルバンセン"の艦橋でディアローズが叫んだ。
「殿下、いったい何の問題が? たった一機のストライカーで何が出来るというのです」
参謀が冷静にそう言った。たしかに、ストライカーに搭載できる火力は限定的だ。どれだけ頑張っても撃沈できる戦艦は一隻のみ。大損害には違いないが、それだけでは勝敗は覆らない。
「あれほどの兵が無為無策で突っ込んでくるわけなかろうが! 何か策があるはずだ!」
ディアローズの本能が警鐘を鳴らしていた。アレの接近を許してはいけない。
「直掩を剥がしたのが裏目に出たか、二線級部隊では足止めすらままならぬとは……!」
そう、足止め部隊として直掩機を派遣してしまったため、帝国艦隊の護衛機は最低限しかいなかった。結果"カリバーン・リヴァイブ"は対空砲火の嵐を抜け、艦隊中心部への突入に成功する。
「間に合った……!」
それとほぼ同時に、皇国と帝国の戦端が開かれた。両艦隊の戦艦の主砲が吠える。猛烈な威力のビームや徹甲弾が飛び交う
「装甲が薄そうなのは……あれか」
旧式と思われるタイプの戦艦を指定して味方艦隊に送信しつつ、輝星は対艦ガンランチャーの砲口を手近な戦艦へと向けた。狙うは射撃レーダー、戦艦だけあって大型のものを装備している。こんな大きなマトを外すはずもない。
「まずは……一つ」
レーダー・アレイが吹き飛んだ。ついでにブラスターライフルも発砲し、航法レーダーやタキオン探信儀等ももぎ取っていく。
「うっ……」
味方の戦艦が一隻、集中砲火を浴びて撃沈された。輝星の顔色が真っ青になる。
「早く、しないと」
その間にも、敵戦艦の甲板に並んだ機関砲や高角ブラスター砲が輝星を撃ち落とさんと盛んに射撃を続けている。回避のため、無茶な機動を続けざるを得ない。そのたびに輝星は血を吐いた。
「またやられました! 戦艦"グリゴー"、射撃レーダーを破壊され統制射撃不能! 砲塔のセンサーのみで射撃を続行するとのことです!」
「くっ……艦隊前進! 被害を受けた艦が先頭だ!」
メインのレーダーを破壊されてしまえば、長距離射撃はままならなくなる。それを補うためにディアローズは交戦距離を詰めようとしたが、輝星の助言により帝国艦隊が前進しただけ皇国艦隊は後退し、遠距離戦に徹する。そうしている間に輝星がさらに射撃レーダーの破壊を続けていく。
「戦艦"エレンゲン"が爆発しました! 通信途絶!」
艦隊の左翼で火柱が上がった。真紅の戦艦が爆炎とともに重力に惹かれ高度をおとしていく。しかし、着底する前に再び大きな爆発が起こり、艦体が真っ二つに裂けた。
「二百三十七人……」
輝星が血なまぐさい息を吐きつつ呟く。墜とされたのは、輝星が先ほど攻撃指示を出した戦艦だ。
ストライカーに搭載された指向受信装置、|双方向ブレイン・マシン・インターフェース《i-con》はパイロット以外の人間の意志もいやおうなしに拾ってしまう。数百人の命が一瞬にして弾け飛んだ様が、輝星にははっきりと知覚できた。
「……くそっ!」
だが、感傷に浸る暇などあるはずもない。血を失いすぎたのか、目もかすんできた。まともに前が見えない。いっそ、見えない方がましだ。輝星は目を閉じた。視覚がなくともストライカーは操縦できる。カメラやセンサーから得られる情報は|双方向ブレイン・マシン・インターフェース《i-con》を通して直接脳に流し込めばいいのだ。負担は極めて大きいが、それでもやるしかない。
十分も経過すると、撃沈された帝国戦艦は四隻に増えていた。半面。皇国側は被害こそ受けているものの撃沈された戦艦は最初の一隻のみ。
「敵の旗艦の特定はまだできんのか!」
内心の焦りを抑えつつ、ディアローズが聞く。
「駄目です、皇国は特別艦を用いていません。標準型の戦艦ばかりで……」
「く……貧乏国家が! 新しそうな艦から狙うのだ! 撃沈できずとも、艦橋に有効打を与えればいい!」
総大将が皇王アリーシャであることはディアローズも知っていた。これを仕留めれば敵の指揮が乱れ、突破口が見えるはずだ。
そんな彼女の願いが天に通じたか、"オーデルバンセン"の放った徹甲弾が皇国旗艦"グロリアス"の艦橋をえぐった。貫通こそしなかったものの、指揮室の被害は甚大だった。
「く……外れか!」
だが、皇国艦隊の統制は乱れなかった。弱った艦への的確な集中攻撃を続けている。指揮官を仕留めたとは思えず、ディアローズは歯噛みする。
「殿下、このままでは……ご出撃を! あの傭兵を仕留めれば、まだ目はあります!」
皇国艦隊の正確な射撃は、"カリバーン・リヴァイブ"の観測合ってのことだということは明らかだ。しかしこれを撃墜するのは至難の業。帝国トップクラスのストライカーを保有するディアローズが自らこれを撃退すれば、士気もあがることであるし一石二鳥だと参謀が主張した。
「愚か者が! それが向こうの狙いであると何故気づかん! むざむざ妾が出ていけば、カモがネギと土鍋を背負ってやってきたようなものだぞ!」
正直な話、ディアローズは輝星と一対一で戦って勝つ自信はなかった。そしてその一騎打ちで敗北すれば、帝国の士気は回復不能なレベルまで低下するだろう。
「殿下! 敵の増援です! ミサイル艇、および駆逐艦が合計五十。ストライカーも多数同伴しています! 八時の方角より急速接近中」
「ああああああああああ!!」
とうとう悲鳴を上げるディアローズ。帝国の別動隊によって誘引していた皇国の部隊が引き返してきたのだ。普段なら何の問題もない程度の敵だが、混乱したこの状況では護衛艦隊を突破されかねない。
「……全艦撤退! 被害を受けた艦を先頭に全速力で本星系より脱出せよ! 殿は"オーデルバンセン"だ!」
こうなってはもうどうしようもない。勢いに乗っているのは皇国側だ。これ以上傷を広げるわけにもいかず、やむなくディアローズは撤退を指示した。
大損害は被ったとはいえ、帝国艦隊まだ潰走するほどひどい状態ではない。反撃をしつつも、的確な動きで引いていく。皇国主力艦隊もまた追撃に出るほどの余力はなかった。両者の距離は急速に離れていく。
「……やっと終わった」
血の匂いが漂うコックピットで、輝星が呟く。皇国艦隊の方へ向かおうとスラスターを吹かしたが、突然ぷすんと沈黙してしまった。推進剤切れだ。そのまま地面に墜落し、土煙を上げながら転がっていく。
「うっ」
ガタンと機体に衝撃が走り、動きが止まる。見れば撃沈された帝国戦艦にぶつかったようだった。輝星は朦朧とした様子で、メインモニターに大写しになった真紅の装甲板に手を伸ばす。
「もっと……もっと俺が強くならないと……こんなこと、二度とは……」
そこまで言って、彼の意識は完全に途切れた。





