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第三十八話 ルボーア会戦(8)

「まず最初に言っておきたいのは、今回のわたしの行動は完全な独断だということだ」


 "カリバーン・リヴァイブ"が戦線に復帰したことを確認してから、ヴァレンティナはそういった。美女の膝の上に座って操縦をしなければならない輝星の心労はすさまじいものがあったが、彼女は気にしていないようだ。


「総司令である姉上も、この周囲に展開している帝国兵もわたしがここに居ることは知らない。知っているのは、信用できるごく一部の直属の部下だけ」


「……あなたの言葉が真実であることを確認する手段は、私たちにはないのですが」


 苦々しい声で答えるシュレーア。しかし、その反応は予想通りだとばかりにヴァレンティナは目を細めた。


「問題はない。わたしは別に、帝国を裏切って君たちに合流する気などさらさらないのだからね? 単純に、必要な警告をしに来ただけだ」


「警告? さっさと降伏しろとでも言う気ですか」


「くくく、きみは随分と単純な頭をしているな? 降伏など要求したところで、きみたちはそう簡単に呑んだりしないだろう。そんなことをこのわたしが理解してないとでも?」


「なるほど、喧嘩を売りに来たわけですか。いいだろう言い値で買ってやる」


「や、やめてくださいよ、二人とも! ヴァレンティナ様、煽るような真似は勘弁してください。話が進まなくなります」


 外見はクールそうに見えるシュレーアだが、実際はかなり短気だ。こんな状況で罵声の飛ばしあいなどされてはたまらない。帝国のパイロットがヴァレンティナがここに居るということを知らないということは事実らしく、敵機は普通にこちらに攻撃を仕掛けてくるのだ。回避しつつ反撃を試みる。


「ああ、すまないね我が愛。ふふ、確かにその通りだ。淑女的に行こうじゃないか」


 そう言いつつ、ヴァレンティナは艶然とした笑みを浮かべた。


「そして、わたしには様付けも敬語も不要だよ。きみとわたしの仲じゃないか」


「どういう仲だよ……」


 半目になる輝星。そこに、サキが口をはさんでくる。


「ま、待てよ! ヴァレンティナっつったか今? そこに居るのって、まさか帝国の……」


「ご明察だな、サムライ」


 刀を携えたサキの機体を見つつ、指を弾くヴァレンティナ。


「げぇっ! なんてモン乗せてんだ!」


「そうですよ! 自分で招き入れたんでしょう? あまりにも危険です!」


「だって害意とか感じなかったから……」


 こちらを害すつもりならば、さすがに無防備にコックピットを開放したりしない。しかし、|双方向ブレイン・マシン・インターフェース《I-con》の探知ではそのような意思はヴァレンティナからは感じ取れなかった。


「そうとも! さすが我が愛と膝を打ったものさ。わたしと我が愛は以心伝心なのだと」


「冗談きついんですが、ヴァレンティナ様」


「おっと、様付けも敬語も不要と言ったはずなのだけどね? お仕置きだ」


「ウワーッ!」


 突如耳を甘噛みされて悲鳴を上げる輝星。思わず機体の挙動が乱れる。


「戦闘中に危ないでしょうが!!」


「大丈夫さ、わたしも乗っているんだ。危険ならば操縦を代わって回避するとも」


「畜生あのセクハラ女私の男に何を!!」


「殿下! どさくさに紛れて私の男発言は聞き捨てならんのですが!? あのクソ女が不愉快なのは事実ですがねえ!!」


 即座にシュレーアとサキが沸騰した。阿鼻叫喚の様相に、ヴァレンティナが愉快そうな笑い声をあげる。


「ふふふ、負け犬の遠吠えは耳に心地いいな」


「いいから本題に入ってくれよもう!」


 これ以上セクハラをされてはたまらない。輝星は言われた通り敬語をやめて言った。


「それもそうだな。すまない、我が愛と話すのが楽しすぎてね」


「あ、そう。それで?」


「ああ、実はだね……とても危険な女がきみを狙っているんだ。今日はそれを伝えに来た」


「ええ……」


 心底嫌そうな顔で輝星はうめいた。これ以上厄介ごとが増えるのは勘弁願いたい。


「それはそうでしょうねえ! 今この場で非常に危険な猛獣に狙われていますからねえ!」


「いやいや、わたしではない。わたしなどより余程危険な手合いだよ、あの女は」


「……誰なんです?」


 聞きたくはないが、効かないわけにもいかない。輝星はため息をついた。


「ディアローズ・ビスタ・アーガレイン。わたしの姉にして、ノレド帝国次期皇位継承者━━」


「うわあ……」


 予想もしない名前が出てうめく輝星。


「ま、待てよ! それって皇国に侵攻してる帝国艦隊の総大将じゃねえか! なんでそんな大物がこいつを狙うんだよ!?」


「練習機でわたしの"オルトクラッツァー"を墜としたのがよくなかった。それで目をつけられてしまったんだ」


「百パーセントお前のせいじゃねーか!!」


 サキのツッコミにヴァレンティナは「悪いとは思っている」と真顔で答えた。


「姉は筋金入りのサディストだ。きみのような強い男性を屈服させたくなったのだろう」


「そういうタイプかぁ……最悪だ」


 輝星の立場は、地球で言えば男ばかりの軍隊で一人異様な戦果を挙げ続ける女騎士のようなものだ。タチの悪い変態からすれば非常にソソるものがあるようだ。


「しかも、姉は知っての通り汚い手をためらわないタイプだ。きみを手に入れようと卑劣な手段に出ることは想像に難くない」


「ぐっ……終末爆撃を仕掛けてくるような手合いですからね。そりゃあ一筋縄ではいかないでしょう」


 ヴァレンティナの言葉に、やや冷静になったらしいシュレーアが苦渋の満ちた声で言う。


「その通り。騎士道の通じる相手ではないんだよ。しかも悪いことに、頭だけはとてつもなく切れる。何人もいる姉を出し抜いて皇位継承権一位になるくらいだ」


「……ええ、聞いたことはありますよ。無敗の姫、なんて呼ばれていることも。まったく……」


 厄介な手合いに目をつけられたものだ。シュレーアはため息を吐いた。


「とにかく、身辺には気を付けてほしい。戦場できみが後れを取るとは思わないが、ストライカーから降りれば一人の可憐な少年にすぎないわけだからね」


「貧弱なのは事実だけどさぁ……」


 言い様という者がある。輝星はぶぜんとした。


「ふふ、すまないね。ところでシュレーア・ハインレッタ。わが愛を守りたいという点では、わたしときみの利害は一致していると思うがどうかな?」


「……業腹ながら、その通りです。護衛をつけましょう」


「そうしてくれたまえ。(いくさ)で手加減するつもりはないが、その部分ではわたしも協力する」


 そう言い切ってふうとヴァレンティナは息を吐いた。


「わたしの話はこれで終わりだ。わが愛、また近くで隠れてわたしをコックピットから出してくれるかな? 近くに部下を待機させてある」


「はいはい。わかったよ」


 さしもの輝星もいつセクハラを喰らうかわからないこんな状況ではまともに戦闘できない。先ほどから防戦一方だ。さっさとお引き取り願おうと、スススと機体を後退させた。


「ちっ、仕方ありません。牧島中尉、援護しましょう」


「はあ……了解。後ろから撃っちゃだめなんすよね?」


「気持ちはわかりますが、騎士道に反します」


「くっそー……」


 ツヴァイハンダーと刀を構えて二機が敵部隊へ突っ込む。敵に意識がそちらへ集中したのを見計らって、手ごろな岩場に入り込んだ。コックピットハッチを解放する。


「ありがとう。会えてうれしかったよ、我が愛」


 そう言って、ヴァレンティナは咥えていた棒付きキャンディーを口から出し、輝星の頬を片手でやさしく包んだ。そのまま彼女は人形のように整った顔が近づけ、彼の額に唇をつける。香水だろうか、柑橘のようなさわやかな香りが輝星の鼻をくすぐった。


「では、また会おう」


 棒付きキャンディーを軽く振りつつ、そのまま彼女はコックピットの外へ出て行った。輝星は死んだ魚のような目で額に手を当てる。その場所へのキスは、ヴルド人が異性に行う最大限の愛情表現だった。

 ちなみに、唇へのキスは普通はしない。ヴルド人女性の唾液には媚薬成分が含まれているため、ベッド以外でそんなことをするのは下品とされているからだ。


「……戦列に戻ろう」


 ごっそりと精神力を削られた輝星は、ため息を吐きつつコックピットハッチを閉鎖した。






 


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