第二十七話 不殺主義
「しかし……アレだな」
微妙な空気を振り払うように、サキが言った。付け合わせのグリーンピースをフォークで弄りながら続ける。
「随分とお人よしなんだな、お前は。親の借金なんざ真面目に返してさ……敵を墜とすときも、わざわざエンジンを狙ってる。よくやるよ」
「牧島さんもパイロットは狙ってないじゃないか」
輝星の言葉に、サキは苦笑した。あれほどの激戦の中でも、輝星はサキの方をよく見ていたようだ。
「あたしは行けると思った時だけさ。そりゃ、あえて人を殺めたいとはあたしも思っちゃいねーからさ、さえてコックピットは狙わねえ」
弄っていたグリーンピースを刺して、口に運ぶサキ。
「けど、お前ほど徹底はしてないぞ。命あっての物種だ、あたしだってどうしようもないときは無理にコックピットから狙いをそらさない。お前は違うだろ? 何が何でもパイロットは傷つけないって気概のある動きだったぜ」
「えっ、じゃあなんですか、輝星さん……先ほどの作戦でも、エンジン狙い一本だったわけですか?」
「まあ、それはその通りなんですけど……」
いやそうな顔になって、輝星は顔を反らした。今回のみならず、彼が傭兵になって以降異口同音に様々な人から文句を言われた事だったからだ。
いかにヴルド人が好戦的な種族とはいえ、やはり殺人が禁忌なのは地球人と同様だ。とはいえ、戦場で敵の命まで気にして戦えば味方に迷惑をかけるというのもまた事実。輝星のこのスタンスが気に入らない人間も多かった。
「輝星さん、それは……。いたずらに人の命を奪わないというのはもちろん美徳ですが、それであなた自身に危険が及ぶのはよくないですよ」
案の定、シュレーアが心配そうな表情で輝星を見た。
「こればっかりはどうしようもないんですよ」
言い訳がましい声で返してから、輝星は冷めてきたステーキを食べる。よく火の通った肉片を咀嚼して、飲み込んだ。
「パイロットを狙わないというのは、俺が人の死んでるところに遭遇するのが大っ嫌いだからなんですが……なんでそんなに嫌かというと、これには事情がある」
「事情?」
シュレーアが恐る恐るといった風情で聞く。
「牧島さんには前にも言ったと思うけど……俺はI-conを通じて相手のパイロットの思考を読み取って、それに対応して攻撃や回避を行っているんですよ」
I-conというのはストライカーに標準装備されているブレイン・マシン・インターフェイスの一種だ。パイロットの思考を読み取り、機体の操作にフィードバックする機能を持っている。
「また牧島中尉だけに……」
少し思いつめたようにシュレーアが呟いたが、今サキにかみついても仕方がない。シュレーアは言葉を飲み込んだ。
「確かにそんなこと言ってたな」
そんなシュレーアの様子を気にすることなく、サキが返す。信じがたい話だったが、実戦をともに潜り抜けた今となってはもう否定することはできなくなってしまっていた。
「で、そんな状態でI-conの感知範囲で人が死ぬと……」
「あっ」
輝星の言いたいことを理解して、シュレーアが思わず声を上げた。彼女もまた、輝星の人並外れた技量は知っている。それが人の思考を読んでいるからだというのなら、非常に納得がいく。
「ま、嫌な気分になる程度じゃすまないわけですよ。I-conをうまく使いこなす副作用みたいなもんです。根っから人の死に何とも思わないタイプでないかぎり、タダじゃすまない」
「……嫌なこと聞いちまったな、おい」
すさまじく嫌そうな表情でサキが言い捨てた。彼女は先日の輝星のアドバイスを真面目に受け取り、なんとか戦闘中に敵の気配を察知できないかと気にしながら戦っていた。今のところ成果は出てない。しかしその鍛錬の先にあるのがそのような境地であるなら、そこに踏み込みたいとは思えなくなってしまった。戦場で人の死に異常に敏感になってしまうなど、ほとんどデバフのような効果だ。
「いくら強くても、そんな状態で戦場に出るのは……」
「わたしもどうかと……」
シュレーアとサキが目配せしあう。この時ばかりは、二人とも考えは一致していた。
「そうはいっても、ストライカー乗る以外に適性のある仕事はないし……それに、悪い事ばかりじゃないんすよ」
言い訳がましく輝星は手を振った。変に同情されてストライカーに乗れないようにされてはたまらない。
「I-conを通して見る宇宙は、とても綺麗なんですよ。いろんな人の意志や感情が色とりどりに輝いて……それこそ、星みたいな感じ」
「危ないクスリでもキメたような発言をしないでくれ。ますます心配になるから」
「そんな」
輝星はうめいた。その様子に、シュレーアがため息を吐く。彼女としては、正直こんな話を聞いてしまった以上輝星を戦場から遠ざけたいという気持ちになっていた。だが、今の皇国にそんなぜいたくを言っている余裕はない。輝星にはガンガン戦って貰ってガンガン戦果を挙げてもらわねば滅んでしまうのだ。
「こ、この話はもうやめにしましょう。せっかくの食事がまずくなってしまう」
結局、シュレーアにできるのは話を逸らすことだけだった。





