第十九話 毒花
「これはこれは。撃墜されたと聞いていたが……無事なようで何よりだ」
帝国カレンシア派遣艦隊、総旗艦"オーデルバンセン"。その艦橋に設えられた、玉座を思わせる豪奢な司令席に座った女が嘲りの色を隠しもしない声音でそう言った。
「……ご心労をおかけし申し訳ありません、姉上。"オルトクラッツァー"の修理も完了しました。いつでも戦線復帰が可能です」
跪いてそう答えたのは、ヴァレンティナだった。うつむいた顔には薄い笑みを浮かべている。
「それはよかった。貴殿の失敗のせいで、作戦の開始が遅れていたのだ。ようやく皇国の弱卒どもにトドメを刺すことが出来る」
そう言ってくつくつと笑う女にヴァレンティナは目を細め、頭を上げた。指揮官席に収まったその美しい女は、ゴージャスな巻き毛のロングヘアで、紫色の瞳をしている。身長こそ低いものの、ヴァレンティナによく似た容姿をしていた。
「このディアローズ・ビスタ・アーガレインの指揮する軍に敗北の二文字はあってはならぬ。貴様のような皇位継承者の末席に座っているような輩とは背負っている責任が違うのだ。わかるな?」
「無論です、姉上」
顔色も変えずにそう言うヴァレンティナに、ディアローズはふんと不満そうに息を吐いた。片手に持った乗馬鞭をパチンと叩く。
「標準時の明日〇四〇〇に皇都攻略作戦を実施する。敵方の戦力は少ない、防衛で精いっぱいだろう。後方の防備は最低限にして、総攻撃をかける」
「では、姉上もご出陣なさるので?」
「当然であろう?」
邪悪な笑みとともに、ディアローズは頷いた。
「この作戦が終われば、皇国領がすべて手に入る。まっさらな可住惑星が十四だ。適当な貴族と余った平民どもにくれてやれば、我が国の人口増加問題も一息つける」
ヴルド人は極めて繁殖力が強く、人口増加率は地球人の比ではない。リソースは有限なのだから、住居や職にあぶれた人民がどんどん増えていくことになる。
「しかし、だからといって終末爆撃とは……無駄に人民を殺せば、反感が高まります。抵抗も激しくなるのでは」
通常、こういった植民目的の戦争ならばその可住惑星に住んでいる他国民は鹵獲した輸送船などにねじ込んで強制退去させるのが普通だ。しかしディアローズはそれをせず、戦艦の砲撃で民間人を吹き飛ばすという非人道的な作戦をとっている。
「何度も言うがな、妹よ。保護する義務もない他国の民などに気を使って制圧に時間をかければ、それだけ長く我が民も苦しむことになる。それでは本末転倒であろう?」
ニヤニヤと笑いつつ応えるディアローズ。しかし、そんなものは建前だ。強制退去にかかる時間とコストを嫌い、安直に強硬手段に出ているのは明白だった。
「愛する国民のためにも、出来るだけ早く制圧せねばな?」
不承不承頷くヴァレンティナ。同じ帝姫とはいえ、次期皇帝に一番近いとされているのがこのディアローズだ。皇位継承権の低いヴァレンティナは、部下のようにふるまうしかなかった。
「よろしい。作戦概要と命令書はそちらの参謀に送ってある。妾の期待を裏切るでないぞ?」
「はっ」
「うむ、以上だ。下がってよい」
頷いて立ち上がろうとするヴァレンティナに、ディアローズはニヤリと底意地の悪い笑みを向けた。
「ああ、そういえば……面白い話を聞いたな」
「……どのような話でしょう?」
「なんでも、男の分際でストライカーに乗って戦場に出る愚か者がいるそうだな?」
そこで初めて、ヴァレンティナの表情が一瞬ゆがんだ。即座に取り繕い、口を開く。
「姉上、それは……」
「くく。安心せよ、我が愛しの妹よ妾は何も、貴様を男に負けた軟弱者などとあげつらうつもりはない」
司令席から立ち上がると、ディアローズはカツカツと足音を鳴らしてヴァレンティナに歩み寄った。そしてその肩に手を置き、笑いかける。
「男だてらにストライカーを操り、ガラクタのような機体でゼニスまで撃墜してしまう。まったく、とんだじゃじゃ馬であるな?」
「……は」
「それを……それをだ。この手で身の程をわからせ、男としての本分を思い出させてやるというのは……次代の皇帝たる妾の責務だとは思わぬか?」
肩から手を放し、乗馬鞭をピシリと鳴らしながらそんなことをのたまうディアローズに、ヴァレンティナは奥歯を噛み締めた。
「暴れ馬ほど乗りこなした時の快感は大きいもの。そうであろう? そうであろうな? くくく……」
ピシリピシリと鞭を鳴らすディアローズの表情は、好色そのもの。彼女が筋金入りのサディストであることを知っているヴァレンティナは深呼吸とともに思考を巡らした。万一この女の手に輝星が落ちれば、最悪命はないだろう。そうでなくても、人間として再起不能にされる可能性は高い。
が、だからと言って馬鹿正直に思いとどまるよう進言したところで何の意味もない事は明白だ。このサディストは、男女問わずだれかを屈服させることが大好きなのだ。そしてその対象は妹であるヴァレンティナも例外ではない。余計なことを言って相手に隙を見せるべきではない。
「それはそれは。確かに、あの男は姉上への献上品にはぴったりでしょう。このヴァレンティナ、微力ながらお手伝いさせていただきます」
「くくく、言いおる。特別に、件の男を喰らう時は特等席で見せてやろう。妾は妹思いであるからなあ?」
そういって哄笑するディアローズに、ヴァレンティナはどうやってこの姉を出し抜き輝星を自分のモノにしようかと思考を巡らせ始めた。





