第百話 敵の本陣目指して撤退だ!(2)
鬱蒼とした森の中を、漆塗りを思わせる艶やかな漆黒のストライカーが疾走する。ノレド帝国、近衛隊専用機"レニオン"だ。一機だけではなく、二十機以上はいるようだ。カレンシアに派遣された近衛隊全機が出撃していた。
「こいつら、ルボーアにも出てきた……」
遭遇したそれらの機体を見て、サキがげんなりした声を出す。不意の遭遇戦だというのに、相手の対処は極めて冷静だった。巧みに木々を遮蔽物として使いつつ、正確な攻撃を放ってくる。
「近衛隊か。一番槍に出してくるとは」
「厄介な連中だぜ。性能も腕前も、タダもんじゃねえ」
「槍の穂先は鋭ければ鋭いほど良い。なるほど、向こうも本気ってわけだ」
ニヤリと笑う輝星に向かって、複数の"レニオン"が大量のマイクロミサイルを発射した。背部のコンテナから射出された小魚の群れのようなミサイルはいったん樹上へ昇り、そして"カリバーン・リヴァイブ"に向かって殺到する。
「おっと、こいつは……ヴァレンティナとの一騎打ちで使われたヤツだな? だが、森の中では!」
宇宙でこそ効果を発揮したマイクロミサイルだが、ストライカーよりも巨大な樹木がそこら中に生えた森林では十分な働きが出来ない。多くのミサイルが枝や幹にあたって爆散し、残ったモノも"カリバーン・リヴァイブ"の対ミサイルレーザータレットによって撃ち落とされた。
「く、白兵戦用意!」
「まずはお前だ!」
輝星は叫びつつ、指揮官機らしき"レニオン"へととびかかった。突き出された銃剣を"レニオン"はシールドで受け止めるが、それと同時に発射された"カリバーン・リヴァイブ"の頭部機銃が三眼式メインカメラを破壊する。
「うっ!?」
一瞬の怯みを逃さず、輝星は"レニオン"に足払いをかけた。苔むした地面に転がる漆黒の機体の腹へ、容赦なく銃剣を突き刺す。
「このっ! ……ウワーッ!」
反撃として発射されたブラスターライフルを、輝星は居合めいて抜き放ったフォトンセイバーによってはじき返した。自分の撃ったビームを腹に受けた"レニオン"は、貫通こそされなかったものの衝撃で動きが止まってしまった。無論、その隙を逃す輝星ではない。間髪入れずに放たれたブラスターが、先ほど被弾した個所と全く同じところに命中し、今度こそ"レニオン"は力なく地面に転がった。
「こいつ、やはり只者では……」
「怯むな! 前回の汚名を返上するのだ!」
帝国近衛隊は、輝星にルボーアでライドブースターを奪われそのまま逃げられるという醜態を晒している。その恨みを晴らさんと、近衛隊の士気は高かった。
「ブラスターは相性が悪い、マシンガン持ちを前に出せ!」
「おっと、あたしを忘れちゃあ困るぜ!」
輝星を狙おうとマシンガンを構えた"レニオン"を、紫電を纏った一閃が両断した。輝星が派手に動いているせいで、サキとしては動きやすいことこの上ない。
「くそっ!」
別の"レニオン"が"ダインスレイフ"に向けてショートマシンガンを浴びせかけたが、サキはそれをマント装甲で防ぎつつさっと木の陰に隠れる。舌打ちしつつ射撃を止めた"レニオン"の頭が、輝星のブラスターライフルによって吹き飛ばされる。
「おっと、悪いなっ!」
頭を失って動揺するその"レニオン"を、木の後ろから飛び出してきたサキが切り伏せた。さらにその隣にいた"レニオン"にクナイシューターを向けて発射する。腹にクナイが突き刺さった"レニオン"は、ビクリと大きく動いてから倒れ込んだ。
「どちらも手練れですよ! どうします?」
「サムライの方を抑えてくれ! 本命は白いヤツだ!」
「しかし、森の中では……グワーッ!」
更に一機のレニオンが、輝星のパイルバンカーで沈んだ。両機が反撃とばかりにマシンガンを浴びせかけるが、彼はさっと木の蔭へ隠れてしまう。幹に大量の砲弾を撃ち込まれた大樹が、まるでチェーンソーで切断されたかのように倒れ込む。
巨大な幹が轟音を立てながら地面を転がり、粉塵がもうもうと上がった。煙幕のようなその茶色い煙の中から緑色のビームが飛んでくる。キッチリと二発、腹にビームを撃ち込まれたレニオンが倒れた。
「く、手強い……だが、退くわけには!」
栄えある一番槍に選ばれたのだ。近衛隊に撤退の二文字はなかった。攻勢を仕掛けてまだ大した時間は立っていないのだ。万一最前列の近衛隊がいきなり潰走したりすれば、帝国軍全体の士気はガタガタになる。精鋭の意地にかけて、そんな醜態を晒すわけにはいかなかった。
「流石、近衛は骨がある。戦い甲斐があるじゃないか……」
コックピットでにやにやと笑う輝星に、サキが小さく息を吐いた。彼と違って、優勢には違いないが、サキにとっては近衛隊は十分油断ならぬ相手だ。有利に立ち回れているのは、輝星が敵全体をひっかきまわしているからに過ぎない。
「どうする、こいつら。ちょっと叩いたくらいじゃ退きそうにないぜ?」
「ちょうどいい、壊滅させよう。これだけの連中だ……皇国の"クレイモア"で相手にするのは、ちょっと辛いだろう。ここで全機落とせばだいぶ楽になるはずだ」
「マジか……くそ、仕方ねえ。チャッチャとやるぞ!」
深くため息を吐いてから、サキは自分に気合を入れるべく大声で叫んだ。近衛隊の後ろにも、敵は大量に居るのだ。これから、かなりの修羅場になることは間違いない。





