06 武器を持つということ
カワードは攻めて来ない男達を見て、呆れたように息を吐き――割れたワインボトルをその場に投げ捨てた。
「どうだ、これなら怖くないだろう?」
カワードの煽りに反応したのは――男達の内三名であった。同時に躍り出て、ナイフを構え、カワードへと襲い掛かる。
これにカワードは対応する為――買った代物を入れてある、左腕に抱えたままの買い物袋の中から、ロープを引っ張り出す。
三名の内一人が、カワードに向かってナイフを突き刺そうと、構えたまま突進して来るが、これをカワードは回避しつつ、取り出したロープを男の腕に掛け、強く引っ張る。
釣り上げられるような格好になり、その男の背中をカワードの足が抑え込みつつ引っ張ったため、男の腕が悲鳴を上げ、あっさりとナイフを取り落とす。
そうしてカワードが一人目に対処しているところへ、残り二名が襲いかかり、左右からナイフを振りかぶる。これをカワードは、ロープを引く力を緩めぬまま、深く伏せることによって回避する。
そして、カワードが無理矢理に体勢を変えたため、ロープに絡め取られた腕は限界を超え、関節が本来曲がってはならない方向へと折れる。ばぎり、と鈍い音を立て、直後に男の悲鳴が上がる。
「ギャアぁあっ!!」
だが――味方の悲鳴になど構う事無く、他二名は続けてカワードを狙う。伏せたカワードに向かって、ナイフを刺そうと突きを繰り出す。
これをカワードは、片方には買い物袋を盾に、もう片方はロープに絡めたままの、関節が折れてしまった男の腕を盾にして対処する。
「ヒッ――」
仲間の腕を刺してしまい、また、躊躇なく敵の腕を折り、しまいには盾にまで使うカワードの残虐性を目の当たりにして、男が小さく悲鳴を漏らし、怯みを見せる。
この隙を逃さず、カワードはロープを男の腕に掛ける。これを引っ張りながら、男の肘を強く蹴り上げ、関節を破壊する。
「グアァァアッ!!」
これで二人が無力化され、残る男は焦り、慌てて買い物袋に突き刺さったナイフを引き抜き、カワードへと追撃を試みる。
だが、既にカワードもまた、残る男への攻撃を開始していた。瓶入りのポーションが幾つも入ったままの買い物袋を、男の顔の方へと放り投げ――空中に浮いたままの買い物袋ごと、男の顔へ目掛けて拳を振り抜く。
ポーションの瓶が砕け、中の液体を撒き散らせながら、カワードの拳と共に男の顔面へと直撃する。
割れた瓶の破片が刺さり、ポーションが目に入り、それらの痛みによって反射的に、男は目を瞑り、蹲ってしまう。
そこへ、カワードが悠々と追撃を加える。既に破けて、中身が散らばってしまった買い物袋だが、その残骸の中からメモ用の紙束を拾い上げる。
これを束ね、丸めて強度を高めた後――男の眼球へと目掛け、勢い良く突き立てた。
「ゴァッ」
短い悲鳴を上げた後、男の身体はびくりと一度だけ跳ね、そして力尽きたように動かなくなった。
そうして――三人の男が無力化され、内一人が恐らくは殺害されたのを見て、残る他の男達は、一人残らず恐怖に震え上がる。
カワードは、そんな男達に構わず、キャサリンの方へと僅かに視線を向け、語りだす。
「――武器を持つ、ということは、戦いを優位に進めるだけでなく、精神的にも余裕を生む。つまり、武器を手にすることが出来れば、窮地に陥っても精神的余裕を取り戻すチャンスが得られる」
カワードの言葉に、何かに気づいたように、キャサリンが目を丸くして反応する。
「だからこそこうやって、日用品も含め、武器として使える、というのは深い意味がある。単純に武器として、武装として使うという利益だけでなく、常に環境が、その場にある万物が己の武器、味方として働くのだという意識が、精神的余裕を生む。攻撃できる、という気持ちが生まれれば、逆に逃げる為の余裕も生まれる」
この言葉を聞いて、キャサリンは自分が緊張していたことを自覚し、そして身体の強張りを解そうと、深く息を吸い、そして吐く。己の手に握る棍が、暴漢を撃退するに足る十分な武器であることを意識し、心を落ち着かせる。
「そして人間の肉体は精神に、脳に支配されているからこそ、精神状態次第で身体の動きも変わる。相手を破壊し尽くそうと放つ打撃は強く、嫌々打つ打撃は弱くなる。同じ動きをしているつもりでも、全く違ったものに変わってしまうんだ」
確かに、とキャサリンは思う。先程までの自分の精神状態を思い返し、あの状態で棍を振るったとしても決して普段どおりの威力を出すことは出来なかっただろう、と考える。
「その場にあるものを利用して攻撃する技。日頃から鍛錬し、武術を修めるということ。身体を鍛え、丈夫に、強く作り上げること。そうした全てが、いざという時の心の余裕を生む。君にとっての『武器』になるんだよ、キャサリン」
そこまで言われて、キャサリンは覚悟が決まった。ようやく緊張が解れ、闘う意思が湧き上がり――何よりも、自分の『武器』に対する信頼を取り戻すことが出来た。
「そしてもう一つ、君は幸運でもある」
カワードが、そう告げた瞬間――その場から姿を消した。
そう認識してしまうほどの、唐突で、かつ素早い動きで、カワードは怯える男達の方へと、急激に距離を詰めたのだ。
「――シッ!!」
鋭く息を吐きつつ、カワードは掌底を突き出す。
掌には――いつの間にやら、割れたポーション瓶の破片を拾って握っていた為、掌底を叩き込んだ相手の顔面へと突き刺さる。
一方で、カワードの皮膚は鍛錬により異常なほど頑丈に出来ている為、ガラスの破片程度では突き破ることが出来ない。
敵対者である男の顔面にのみ、鋭いガラス片が無数に突き刺さる。
そして――掌底の威力により、男は顔面から吹き飛ばされ、脳へと強い衝撃を受け、一瞬にして意識を失った。
何が起こったのか、認識するような間も無く、男達は、眼前にカワードの接近を許し、味方を一人やられたのであった。
「――俺という武器が、味方がいる。心配は不要だ」
カワードの言葉に――キャサリンは心が沸き立つような思いを感じ、そして一方、男達は、己の命の危うさを察知し、寒気が走る。
「――逃げろォッ!!」
誰が言ったのか――男達の中の誰かが上げた声と同時に、全員がカワードに背を向け、敗走を開始する。
だが、それすらカワードは許さない。
直後にカワードは飛び上がり、圧倒的な跳躍力で男達の集団を超え、後方で控えていた四人すら超え、彼らの逃走経路を塞ぐ位置へと着地する。
「君たちが選んだ宴会場だろう、逃げることは許さない」
カワードが宣言し――男達の顔には、絶望の色が浮かび上がった。




