04 実力
「ちょっと待ってください、ギルドマスター!」
ようやくカワードの冒険者登録が進もうか、という段階になって、再びレミリアが口を挟む。
「その男の実力は、Dランクにギリギリ届く程度です! それに無駄に付けすぎた筋肉は、冒険者の活動に向いてない! どう考えても、登録は取りやめるべきです!」
「そんな権限、ギルド側にはねぇよ。希望があって、最低限仕事が出来そうなら、登録はして問題無い」
「それで死んだら、どうするんですか!」
やはり、優しさゆえの厳しさであったのか、とカワードはレミリアの行動の理由を察して、つい笑みを浮かべた。
一方で、レミリアの優しさ、あるいは甘さとも取れる発言を受けて、ギルドマスターは睨むような視線を向け、強い口調で否定する。
「そりゃあ本人の自己責任だろうがよ。雑魚だけ庇うってのは筋違いだ。死ぬ程度の奴は勝手に死にゃあいい。強かろうが弱かろうが、エゼルヘイムじゃあそれがすべてだ」
「っ、ですが!」
「そもそもだ、レミリア、お前の見立てが間違ってんだよ」
さらに反論を重ねようとしたレミリアに対して、ギルドマスターは言葉を遮り、話を続ける。
「筋肥大してる奴は、確かに冒険者には向いてねぇよ。だが――そりゃあ筋肥大を、パワーアップを目的に鍛えた筋肉の場合だ。そういう鍛え方をした時と、必要最低限の筋肉を維持した時、筋肉の付き方にゃあ違いが出てくる。こいつ、カワードの場合はそっちだ。必要最低限の筋肉を、質を高め尽くした結果のあのサイズだ。要するに、質のわりには痩せすぎだ、冒険者をするなら、決して悪くない鍛え方だよ」
ほう、とカワードは声を漏らし、ギルドマスターに感心する。筋肉の付き方を見ただけで、その鍛え方、質まで見抜けるとは、即ちそれだけ人体を理解していることにも繋がり――戦うならば、間違いなく強者となる。
まさか、カワードに手合わせの標的として睨まれているとも思わぬまま、ギルドマスターの説明は続く。
「他にも、肩の筋肉が上手く脱力しているから撫で肩になっていること、身体の使い方、単なる歩き方、足さばき一つ取っても、動作の『起こり』が常時読みづらいこと、そういった点を鑑みりゃあ、間違いなく手練れだ。かなりヤるぜ、この男はよぉ」
ニヤリ、と笑みを浮かべ、ギルドマスターはカワードへと視線を向け、これにカワードも似たような笑みを浮かべて返す。
が――ギルドマスターの説明に納得が行かないのか、レミリアはさらに反論を続ける。
「ですが、こいつのステータスはDランク程度しかありません! それも規定ギリギリ、辛うじて達成している程度なんですよ!? とても辺獄の魔物相手に戦えるとは思えませんッ!」
「はぁ……ステータス測定が規則化されてから、これで二十何年だったか。今じゃあ当たり前になっちまったからこそ、お前みたいな勘違いを起こす奴が出てくる。ステータス測定ってのは完璧じゃねぇんだよ。あくまで、現状の技術で測定可能なものを測定してるだけだ」
言って、ギルドマスターは周囲の野次馬にも視線を向け、話を続ける。
「いい機会だ、てめぇらもよく覚えとけ。ヌール帝国が誇る『帝国五剣人』が一人、剣帝様の話だ」
剣帝、そして帝国五剣人、この言葉については、カワードはキャサリンから学んだ一般常識の中にもあり、知識として知っていた。
ヌール帝国において、剣士とは特別な存在であり、突出した実力を持つ剣士は帝国五剣人と呼ばれる役職に付き、国に仕えている。
元は辺獄、そしてヌール帝国の存在するランスオルム大陸をかつて支配していた巨大な帝国の武将に五人の剣術家がおり、彼らが五剣人と呼ばれ尊敬されていたことに由来する。
その当時の文化を引き継ぎ、制度として残されたのが、ヌール帝国における帝国五剣人である。
五つの称号、『剣聖』『剣鬼』『剣王』『剣帝』『剣神』のそれぞれに相応しい剣士が選ばれ、欠員が出たならば、新しく帝国国内の剣士から選出され、任命される。基本的には剣聖が最も弱く、剣神が最も強いとされているが、最弱の剣聖以上は欠員が出る度、そして任命期間によって出世する形になっており、欠員時に剣聖が新たに補充される為、結果新人故に最も弱いという点だけは正しく、それ以外の五剣人の実力差についてははっきりしない。
その中でも剣帝――肩書としては剣神の次に強いとされる人物について、ギルドマスターは語り始めたのだ。誰もが興味を持ち、その言葉に耳を傾ける。
「俺はかつて、帝都で働いてたこともあってよぉ、剣帝様とも会ったことがある。ステータス測定器が開発されてすぐの頃に、当然帝国五剣人ともありゃあ測定されるわけだが……他の四人が冒険者で言えばSランク、あるいは特Sランクに匹敵するステータスの持ち主だった中で、剣帝様だけはAランク冒険者と同等のステータスしか無かったんだ」
思わぬ秘密とも言うべき情報に、周囲に集まった冒険者達はざわめくが、これを手で制するような仕草をギルドマスターが見せ、再び全員が黙り込む。
「もちろん、剣帝様が他の五剣人の方々と比べて弱いとか、そんなことはねぇ。むしろ、俺は実際に見たことがあるから断言できるが、剣帝様の実力は間違いなく特Sランクの冒険者相当だ。――まあ要するに、何が言いたいかって言うとだな、ステータス測定器で測定できるもんなんぞ、本人の実力のほんの一部に過ぎねぇってことだ。ステータスが低いからと侮るのも、高いからと自惚れるのも愚かなことだ。冒険者に大事なのは、常に実力のみ。強いか弱いか、生きるか死ぬか、それだけだ。肝に命じておけよ、お前ら!」
ギルドマスターの言葉を受け、場に集った冒険者は納得したような表情を浮かべ、解散していく。彼らは騒ぎに乗じて、レミリアの思惑に乗り、カワードという弱者の冒険者登録を妨げようとしていたのだが、それが恥ずべき行いであると気づいたのであった。
そうして騒ぎが収まったところで、再びカワードへとギルドマスターが向き直り、口を開く。
「――とまあ、迷惑をかけたな、カワード。冒険者登録は、後はこのレミリアがやってくれるだろうよ。気を悪くしないでくれや」
「ああ、無論だ。彼女も悪意があってやったわけではないと、こちらも理解している」
「そりゃあ助かる。――おいレミリア、今度はもう、無駄口叩いてねぇでしっかり登録してやれよ」
「……分かりました、ギルドマスター」
こうして、カワードの冒険者としての登録手続きは、一悶着あったものの、無事終わるのであった。




