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09 熊鍋




 スケイルベアを背負い、持ち帰ったカワードとキャサリン。二人は熊肉を捌き、調理し、多くの部分を保存食に加工しつつ、先程の狩りの感想戦を続けた。


「素手での戦闘を行う上で、忘れてはならないのは拳の握り方だ。素人は固く握った拳を作りがちだが、実はその状態の拳は非常に脆いものなんだ」

「そうなの? 強く握った方が、頑丈になりそうなものだけど」

「実際は、そう単純には行かない。強く握った拳というのは、まず力の逃げ場が無い、つまり標的を殴った時の衝撃が、そのまま指に掛かることになる。その為、指の負傷に繋がりやすく、特に素人が全力で殴ったりした場合は骨折もありうる」


 言って、カワードは自分の手をキャサリンの前に差し出し、拳を作ってみせる。


「こうして、握る指と掌の間に、小指が入るか入らないか、といった具合の隙間を作るんだ」

「こんな感じ?」

「そう、それでいい。こうすれば、指に掛かった衝撃を受け止める余裕が出来る。それに、もう一つ重要な点があるんだが、力の向きが真逆なんだ。強く握った拳は、指の力が内側に向かっている為、衝撃を受けた際に潰れやすい。だがこうして、少しの隙間を作るよう意識して拳を力ませた場合、指の力は外向きになる。故に衝撃を押し返す強固な拳になる。つまり拳は固く、潰れにくく、より強い武器となるんだ」


 なるほど、とキャサリンは脳内で納得しつつ、自分でも拳を作ってそれを眺める。確かに理屈としても筋が通っており、また実際に作った拳を自分の空いた掌にぶつけて確かめてみると、握り込んだ拳の方が柔らかいことが感覚的にも理解できた。


「拳に限らず、こうした正しい力み方を覚えることで、結果的に攻撃力だけでなく、防御力も高めることが出来る。基本は、収縮ではなく膨張。外に向かう力こそが、本当に硬く強い力みとなりうる」

「オッケー、分かった、覚えとくね」


 そうして話が終わった段階で、ほぼ全ての熊肉の処理が丁度終わっており、キャサリンが腕まくりをするような仕草を見せ、気合を入れる。


「さて、それじゃあ今日は贅沢に熊肉を使ったお鍋でも作ろっかな!」


 そう言って――キャサリンは捌いて保存食用に加工をしていない熊肉を手に、調理を開始する。

 カワードの拠点には、土を固め、焼いて作った土器製の調理道具が最低限揃っており、それを見たキャサリンは、以来カワードと自分自身の充実した食生活の為、料理番を担っていた。


 そしてキャサリンが作る料理は、前世の料理の記憶があれども、実際に作ったことなど殆ど無いカワードでは到底敵わない出来栄えであり、二人の食欲を満たし、美味いものを食うという幸せを享受するには十分すぎるものであった。


 そして、今日もキャサリンは腕によりをかけ、熊肉の調理を進めていく。肉の臭みはカワードが集めてあった猿酒を調理酒代わりに使い、また岩塩を溶かした塩水でよく揉んで落としていく。鍋の調味には『辺獄』でしか採れない山菜だけではなく、少々離れた場所にある川に生息していた小魚の魔物を加工して作った煮干しも使って出汁を取る。

 そうして完成した熊鍋は、限られた食材から作られたものとは思えない程の出来栄えであった。


 二人は肩を並べ、一つの鍋を突付いていく。これは、もしも何らかの魔物が襲いかかってきた時の為に、とカワードが警戒心から提案したもので、キャサリンも食事中という精神的に緩みの出る場面では、より強く警戒する必要もあるだろう、と了承してこの形になったものであった。


「――美味い、さすがの腕前だな、キャサリン」


 カワードは、褒める言葉を飾らず、馬鹿正直に口にする。これまで幾度となく味わってきたような料理であろうに、それでもキャサリンへの感謝の言葉を忘れることは無かった。


「君が来てくれてから、毎日の食事が楽しくなった」

「そ、そう? まあ、これぐらいはさせてよね、色々教えてもらってるんだし」


 キャサリンは、カワードの態度に対して照れ隠しをするかのようにそう言った。相手がゴブリンだというのは重々に承知してはいるのだが、それでもカワードという存在から、どうにも人間らしい仕草を感じてしまい、一匹の魔物というよりも、一人の男として意識してしまう節が有った。

 相手は魔物、馬鹿なことを考えるもんじゃない、と自分を冷静に律しながらも、キャサリンはカワードと共に、こうして共同生活を送ることに、言い様もない暖かさを覚えていた。

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