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07 鱗熊




 カワードが先を歩き、その後ろをキャサリンが付いていく。森の中を歩きながら、二人は会話を続ける。


「――ねえカワード。貴方って、普段からこうやって狩りをしているの?」


 その問いに、カワードはまず頷いてから言葉を発する。


「――ああ、無論だ。生きるために必要最低限の食料……というわけでもなく、単に俺自身の力試し、技を磨くという目的もあって、頻繁に狩りをしている。一部は干し肉にして保存食にはしてあるが、まあ無駄な殺生をしているという自覚はあるよ」


 驚くべきことに、カワードは極めて流暢に言葉を話していた。


 どうやらカワードが片言でしか話すことが出来なかったのは、単にゴブリンという種の喉の構造に問題が有ったらしく、故に十分な知識、言葉に対する理解はあったものの、それを発話する能力が足りていなかっただけに過ぎなかった。

 そのため、キャサリンと連日のように多くの話をすることによって、喉もまた鍛えられ、複雑な発音が可能となり、流暢に言葉を発することが可能となった。


「今更そんなこと、アタシは気にしないよ。そもそも、魔物が魔物と戦うなんて日常茶飯事だし、生存競争の為に、食べる必要が無くても殺し合うことだって珍しくない」

「そうか、キャサリンにそう言って貰えると嬉しいな」


 こうして照れるような様子も無く、素直に率直な感想を述べるカワードに、キャサリンは時折調子を崩される。逆に、褒めたり慰めたりした自分の方が恥ずかしくなる、という妙な体験をする。

 まるで人間の友人を相手にしているような感覚に陥り、それ故に、カワードが人間社会に溶け込む、紛れ込むのはそう難しくはないことだろうな、と予想も出来た。


 そうして、何気ない会話をしながら探索を続けるうちに、カワードが標的となる生物の気配を感じ取る。

 真っ直ぐ、狙いすましたように進んでいくカワードに、キャサリンは必死に付いていく。カワードも進行速度は可能な限り落としてはいるのだが、それでもキャサリンとの身体能力の差は埋め難く、どうしてもキャサリンが苦労する形となってしまう。


「すまないな、キャサリン。君に苦労ばかりかけている」

「い、いいから、そんなのはっ! 私よりも、今は狩りの標的でしょ?」


 また、カワードの実直な言葉に照れてしまいながらも、キャサリンは言葉を返す。


「そうだな――そして、いよいよお出ましのようだぞ」


 言って、カワードが前方を軽く顎で示す。

 キャサリンは実際に前方に目を凝らして――絶句する。


 前方からのそり、のそりと歩み寄ってくる魔物の姿は――全身に鱗状の堅い鎧を纏った熊の魔物、スケイルベアと呼ばれる怪物であった。

 冒険者ギルドではA級と呼ばれる非常に危険度の高い魔物として分類されており、遭遇すれば命は無いものと思え、とまで言われるような、正真正銘の化け物である。


 そんなスケイルベアが――前方から、明らかにカワードを警戒するような様子でゆっくりと歩み寄ってくる。

 次第に距離が詰まり、その巨体もはっきりと確認できるほどになって、いよいよカワードが口を開く。


「キャサリン、よく見ていてくれ」


 その言葉を残して――カワードとスケイルベアが激突する。

 初撃は、スケイルベアの側からであった。その巨体に似合わぬ速度で前足を振り上げ、圧倒的な膂力から叩きつけるようにして振り下ろす。単純な攻撃ながら、スケイルベアの並外れた筋力、そして巨体からくる重量に加え、鋭い爪もあり、並みの人間ならば、ましてやゴブリンであれば即死は間違い無い一撃。


 これを――カワードは容易く受け止める。

 さほど力を入れた様子も無く、スケイルベアの一撃に向けて、手の甲の側の前膊部分をしなるような動きで衝突させる。

 そして衝突の瞬間――カワードの全身が、強く力んだことを、キャサリンははっきりと目で見て理解した。

 衝突の瞬間だけに力むことにより、身体は無駄な力を使わず、最速で動き、そして鋼のように堅固となる。


 そうした術理を、優れた技術を目の当たりにして――キャサリンが感じたのは、感動と、そして憧れであった。

 それがまるで――魔術ではなく、不思議な理解不能な力をいう意味で、魔法のようにキャサリンには思えた。

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