『魔王は勇者に任せて魔物討伐に専念します』
「……………………で、ソレを私に伝えてどうするおつもりですか?」
若干ながら、声色と表情に疑念の色を乗せてシーラが言葉を口にする。
そこには、私なんかにそんな宣言をされてもどうしろと?といった困惑が強く滲んでいる様にも見て取れるが、その裏側に潜んだ本音にアレスが気付かないハズが無く、苦笑いを浮かべながら再度口を開いて行く。
「いや、何。
別段、俺達としても、魔族側に付きました、なんて報告をしに来た理由じゃないんですよ。
ただ単に、対魔族に関する依頼や出撃要請に関しては全面的に拒否する。
が、事防衛に関して、このカンタレラ王国、ひいてはアルカンターラに対して魔族の攻撃が為された場合、その限りでは無い、って事を予め宣言しておいた方が良いだろう、と思いましてね」
「……………………ギルドや国からの要請も、須らくお断りになられる、と?」
「まぁ、身も蓋も無い言い方をすれば、そうなりますね。
尤も、以前と変わらずに魔物討伐だとかは依頼として受けるので、その先に魔族が居て騙し討ち的に戦闘を、とか言うふざけた真似を狙ってくれなければ、特に問題は無いと思いますよ」
「………………………それに対して、ギルドが『否』を提示した場合、どうなされるおつもりですか?
まさか、反旗を翻される予定だ、と?」
「さぁ、どうでしょうね?
ですが、こちらとしては先方からの誘いを断ってまでこちらに残っているのですから、その当たりはちゃんと汲んで頂ければ。
そうでなければ、その時こそ人と国とを想ってくれていた戦力が本当に敵方へと流出、と言う結果になりかねないのだ、と正しく認識して欲しいだけです。
簡単でしょう?」
「…………………………ですが、ソレを私に言われても、どうしろ、と?
私は、あくまでも一介の受付嬢に過ぎないのですから、言われた事を上に伝える事は出来ても、そこまでに過ぎません。
ソレ以上をなす事も、そうする為の伝手も持たない私に言われた所で、あまり意味は無いかと思いますが……」
「そうですか?
ですが、少なくともギルドに関してはある程度はシーラさんの裁量でどうにか出来ますよね?
ギルドの暗部を、一部とは言え担っている貴女であれば、ね?」
「………………っ!?」
「あぁ、何故?だとか、どうして!?だとかは面倒なので端折りましょう。
俺達とて、暇で暇で仕方ない、と言う訳では無いのですから。
なので、改めて俺達からの要求は三つ。
一つ、対魔族に関して、こちらから攻め入る類の依頼は決して受けない。
二つ、対魔族に関して、向こうから攻め入られた、と言う場合にのみ要請を受け付ける。
三つ、これらが受け入れられず強制的に魔族との戦闘を強要された場合、俺達は魔族側に付く。
この三つ、確りと伝えた上で判断をする様に、と伝えて下さいね?
でないと、次に会うのが魔族と人間との戦場にて、と言う事になりかねませんので」
そう言うだけ言って、アレスはシーラに背を向ける。
一見無防備に見えるその背中に、半ば激情に駆られる形にて、思わず潜めている短剣を突き立てる事を想像したシーラであったが、如何なる手管を用いたとしても、軽くあしらわれるか、もしくは反撃によって手も足も出ずに叩き伏せられるか、の未来しか見えなかった為に、妄想のみに留めて歯を食い縛ると、自らの持てる手段の全てを動員し、彼が放った条件を全て上に飲ませるべく動き始めるのであった……。
******
個室から退室し、ギルドのロビーへと戻ったアレス。
視線を併設されている酒場の方へと移して行けば、そこには当然の様にテーブルを一つ確保している仲間達の姿が存在していた。
流石に、従魔達まではギルドの中、特に酒場へと連れて入る事は出来ていない。
が、そうした事情で同行出来ていない面子を除けば、あの日、あの時【魔王】たるルチフェロと相対したメンバー達が、誰一人として欠ける事無く揃っていた。
「あら!お帰りなさい、アレス様。
それで、どうなりましたか?」
「一応、俺達からの要請は全部伝えたよ。
後は、こちらからの言葉をどれだけ向こうが重く見るか、って感じかな?」
「うむ、それはそうであろうな。
何せ、当方等は確かに貴重な『Sランク冒険者』であり、対魔族の戦闘に関しても最先端である自負も持ち合わせているのである。
が、言ってしまえば、その程度。
ギルドにしても『貴重』ではあるが他に替えが無い訳ではない位には数が居る地位に過ぎないのであるし、国としても下手をすればただの平民に過ぎない当方らの言葉なんぞ聞き入れるだけの価値を見出さない可能性の方が高いまであるのであるな」
「まぁ、そうよねぇ。
何せ、向こうは『勇者』サマがいらっしゃる訳なんだから。
アタシ達みたいに言う事聞くつもりはありません、って宣言して来やがった下賤な連中を気に掛けてやるよりも、自分達の言う事なら何でも聞いてアッチにコッチに駆け回ってくれる駒があれば、それで十二分、とか考えてくれちゃうんじゃないの?」
「その程度、で済んでくれるのなら、割と上等じゃないのです?
ボクとしては、寧ろそんな事を言い出す下賤な連中を野放しにしていては、勝てる戦にも勝てなくなるから、と刺客の類いを放ってくると思うのです。
まぁ、そうなればボク達は事前の約束の通りに、向こう側に付いて、この街に対する不可侵条約も破棄されるだけの話になるのですけどね?」
「その辺に関しては、一応でも話を上げておいた方が良かったんじゃないかなぁ、とはオジサン思うけどねぇ。
知っていてその手の約定を踏み倒された時と、知らずに踏み躙られた時とでは、結構被害やアクションも異なる事になるんだから、万全を期すつもりなら向こう側に『そんな話しは聞いていない!』『知っていればそんな事はしなかった!』だなんて言い訳をさせて上げる余地を残すのは、流石にオジサンとしても甘いと言わざるを得ないかなぁ~」
「まぁ、その辺に関しては、俺としても思う所が無かった訳でもなくってな?
一応は、人に対して期待、ってモノを持ち続けていたかったって事さ。
下らん感傷と言えばその通りになるが、それでもこっちは変わらずに魔物討伐には勤しんでやるんだから、その程度の無茶振り、叶えてくれても良いだろう?」
そう言って、苦笑いしながら肩を竦めて見せるアレス。
心情的にも、契約的にも、既に人類の側に完全に味方をする事は出来なくなってしまっている彼であったが、それでもソレに近い立場では居させ続けてくれるだろう、と期待しているのだ、と告げる彼の言葉に、仲間達も揃って『仕方ないなぁ』と言わんばかりの表情を浮かべて行く。
そんな彼らの下に、ジョッキが配膳されて行く。
アレスが戻るよりも先に注文されたソレは、そこまで上等なモノ、と言う訳では無く、かつて低位を彷徨っていた時分であればまだしも、現在であれば水の代わりに呑んだとしても、全く以て財布にダメージが入る事は無い様な、そんな安酒であった。
が、彼らにとっては、ただの安酒、と言う訳では無い。
ソレは、かつて彼らが出会い、そしてパーティーを結成する切っ掛けとなった酒場にて提供されていたモノと同じ銘柄のモノであったのだ。
未だに、年が一周りする程の時間が経った訳では無い。
が、そうであったとしても、『最初の四人』にしても『加わった二人』にしても、それまで過ごして来た濃密過ぎる程に濃密な時間を前にすると、あたかも何十年も共に過ごして来たかの様な感覚すらも、彼らは共有する形で抱いていた。
そんなジョッキを、アレスが掲げる。
釣られて、と言うにはタイミングが良すぎる形で同じ掲げられた五つのジョッキに対して、アレスは叩き付ける様な勢いにてぶつけ合わせ、中身を飲み干す前に宣言する。
「さぁ、これで全ての札は出揃い、俺達の役割も終わりを遂げた。
なら、後は『勇者』に【魔王】は任せて、俺達は俺達の仕事に、魔物討伐に専念しよう!
英雄志願のバカタレが勝つか、かつての恨みを引きずるアホタレが勝つかは知らんが、そこら辺は勝手にやって俺達には関わらないで欲しいからな!
どっちが勝とうと、俺達のやる事は、変わりないのだから!!」
ある種の誓いに近しい宣言と共に、ジョッキの中身を呑み下す。
同時に、仲間達も彼の宣言に賛同するかの様な形にて、同じくジョッキの中身を飲み干して行く。
その姿はまるで、かつて名も無きパーティーを結成するかどうか、世界の運命に対して彼らがどう関わって行くのかを、まだ誰も知らずにいた時の分岐点のソレと、酷似したモノとなっていたのであった。
******
後の歴史書はこう語る。
かつて、人類の守護者、とも、人類の裏切り者、とも謳われた冒険者達が居た。
時に人々を魔族の手から救い、時に魔族へと攻め入る事を拒否して責め立てられる、そんな冒険者達が。
しかして、二度目の人魔大戦が集結を迎え、互いに邪魔な存在となる魔物に対して攻勢を強めるに至った頃合いを堺に、それらの記述は途絶えて行く事となる。
彼らが最期を記す書は、遺されてはいない。
が、彼らに救われた者達は挙って彼らを『英雄では無く、英雄になろうともせず、それでいて成した事は英雄のソレであった』と称えたのであった……。
はい、と言う訳でこれにて当物語はおしまいとなります
〆方には賛否両論(寧ろ否多め?)かとは思いますが、割と最初から想定していた終わり方になっているので申し訳無いですが『こういうモノ』として受け入れて頂ければ幸いです
また、最後までお付き合い頂けた方の中で、まだポイント等を入れていない方々は『取り敢えずエタらずに終わらせたのだから』とか『まぁまぁ読めなくは無かったぞ』だとか思って頂けたのでしたら最後に星を投げてくれると作者が喜んで次回作の原動力になる、かも?
また希望が出れば後日談が少しつくキャラ紹介、的なモノも書く、かも?なので感想等頂ければ幸いですm(_ _)m
では、最後になりましたが長らくお付き合い頂きましたありがとうございましたm(_ _)m
出来れば次回作等にてまたお会い出来る事を祈っております
『久遠』




