『追放者達』、唐突な遭遇を果たす
君達に会う事を望まれているお方がいらしている。
そう告げたアルカルダは、他の説明の一切を拒絶するかの様に、足を進めて孤児院の中へと入って行ってしまう。
当然、その程度の説明では欠片も足りてはいなかったアレス達は、その場で硬直する事を強いられる事となる。
…………何せ、魔族にして六魔将であるアルカルダが『とあるお方』だなんて敬称の使い方と、名称のぼかし方をしたのだから、待っている相手なんて一人(?)しか居ないだろう。
一応、可能性としては、アルカルダが実は魔族側を裏切っているスパイである、という目も無くは無い。
だから、アルカルダが直接的に繋がりを持っている、どこぞの国の高官だとかが偶々ここに来ていて、その当人がアレス達に会いたがっている、と希望している、なんて可能性も、一応ゼロでは無いだろう。
まぁ、とは言え、それも『有り得なくは無い』という程度。
道を歩いていて突然ドラゴンに踏み潰されたりだとか、天から星が降ってきて直撃したりだとか、蹴飛ばした石ころが純金の塊だったりだとか、そういった事が起きるのとほぼ確率としては同じだろうが、一応は無くは無いだろう。多分。
故に、答えとしてはほぼ一択。
しかも、直近に行った事が事だけに、親玉が直接乗り込んで来る、という事態にも残念ながら納得が出来てしまう環境に在った(例のクソライオン)為に、最早確定したと言えてしまうだろう。
…………そうなれば、彼らに取れる選択肢は二つに一つ。
即ち、ケツを捲って遮二無二構わず逃げ出すか、もしくは相対するか、の二択だ。
一応、双方共にメリットは有る。
逃げればこの場では確実に命は助かるし、相対すれば『会いたい』と言っていた以上最悪でもそうして求められた理由位は知る事が出来るだろう。
が、デメリットとして前者は相対するその時まで追われ続ける可能性が残る。
後者に関しては、よりシンプルに『知りたい事は知れたからでは死ぬが良い』とされる可能性が特濃である、という点だろう。
まぁ、そうなった場合、前者であっても『何故逃げた?』からの『もう貴様らに興味は無いから死ぬが良い』のコンボに繋がる可能性は高いから、あまり変わりは無いかも知れないが。
故に、結果的には今死ぬかもう少し後で死ぬか、の二択と言い換えられてしまう、という訳でもあるのだ。
なので、という訳では無いが、アレス達はその場で背を向けて逃走する…………訳では無く、敢えてアルカルダの背を追う選択をした。
普段の場所、それこそアルカンターラ等の近くであったのならば、王都に駐在していたであろう戦力や冒険者達を巻き込んで一大決戦、という事も出来なくは無かったのだろうが、流石に現在いる場所ではあまりにも地理的不利な要素が多く、逃げたとしても最悪なタイミングで仕掛けられて敢え無く討ち死に、というオチになりそうであった。
ならば、同じく死ぬしかないのならば、一矢報いてから逝ってやろう。
それに、可能な限り女性陣の命は助かる方向で、投降する事も視野に入れて交渉する決意がアレスにはあったので、最悪野郎共の首でどうにかして貰うしかあるまい、と一人覚悟ガンギマリ状態となっていたのだ。
尤も、それは仲間達も同じ事。
と言うよりも、アレスが何やら覚悟を決めた様子であった為に、皆一様に腹を括った、と言うのが正確な所であるのだろうけど。
未だに喚くグレッグを置いて、孤児院へと入るアレス達。
案内された先が孤児院でなければ、どうせ待ち構えている存在は決まっているし、確実に戦闘に発展するのだから建物ごと吹き飛ばす様な先制攻撃の一つや二つ仕掛けてしまいたかったが、内部には他の職員や子供達も居る為に、その選択が封じられてしまっているのは『流石』の一言に尽きるだろう。
内心で歯軋りしつつ、警戒も最大限行いながら孤児院の扉を潜る。
アレスにとってはかつて見慣れた、他のメンバーは初めて目にする古びた石造りの建物は、既に春先と呼ぶに相応しい気温に至っている外界とは異なり、未だにひんやりとした気温と、何処かジメッとした空気が漂っているが、決して気の所為では無く、まだ暫くは暖炉に頑張って貰わねば快適には過ごせないだろう、との予感を抱かせた。
窓も少ない為に、日中であるにも関わらず、何処か薄暗い。
幾らスポンサーが付いているとは言え、真っ昼間から蝋燭やランタンを灯したり、魔道具に分類される証明を点けたりする程に潤沢な資金が無制限に在るハズも無く、薄暗く陰気で寒いこの時期は中で籠もっているよりは、と強制的に外に蹴り出されて働かされたり夜に使う薪を拾いに行かされたな、と思い出したくも無かった忌々しい思い出が、アレスの脳裏に勝手に過って行く事となる。
本人的にも消えてくれていた方が余程良かった記憶に苛まれながら、アルカルダに続いて奥へと進んで行くアレス達。
時折、扉の影や廊下の奥から子供が覗き、視線を送って来るが、そこに含まれているのは見知らぬ存在に対する『警戒』『怯え』が殆どであり、その母性から子供好きであるセレンが微笑みながら手を振って漸く微かに笑みを見せる、と言った程度には遠巻きにされている様子から、やはり自分が居た時の世代はもう残っては居ないのだろう、と変な所で時の流れを実感する事となっていた。
そうこうしている内に、アルカルダは更に奥へ。
当たり前と言えば当たり前であったが、孤児であった時代に、当時の施設長からしつこい程に『ここは重要なお客様がいらっしゃる事もある場所だから決して近付いてはならない』と言い含められ、実際に近付いた阿呆共は普段よりもかなりキツい折檻を受ける羽目になっていた場所へと到達し、今更ながらにアレスの背中に緊張が躙り寄って来る。
が、そんなアレスの心境なんて知った事では無い、と言わんばかりに、アルカルダは突き当りの扉を開き、中へと入ると彼らを中へと手招きする。
いざ、何が飛び出る事になるか!?といつでも得物に手を伸ばせる様に身構えながら部屋へと踏み入ったアレス達の視界の中へと、ある意味では予想の通りの、それでいてある意味では全く以て予想外の存在が、部屋の真ん中に据えられたソファーに腰掛け、優雅にお茶を楽しんでいた。
────そこに在ったのは、正しく『魔を統べる王』であった。
ソレを納得するだけの、せざるを得ないだけの圧倒的な魔力と圧力を、そこに在るだけで、特に意思を以て放っている素振りすらも無く周囲へと振り撒いて見せるその様は、予想の通りであったとは言え、嗚呼これこそが『魔王』であったか、と強制的に納得させられるに相応しいモノとなっていた。
────そこに居たのは、一人の『美しく花開いた女性』であった。
頭部からは捻れた角が、背には翼が、腰からは鱗に覆われた尻尾が生えており、人類諸族のどれにも該当しない特徴を持ち合わせていながらも、纏った上質な衣服から覗く手足はスラリと長くて美しく、かと言って痩せぎすな訳では無く、胸元と腰回りは放たれる圧力を前にしても雄に生唾を呑み込ませるには十分過ぎる程の色香を放っていた。
…………正直、魔王と言えど、魔族である以上ある程度は人に近しい姿をしているのだろう、とはアレスも想像はしていた。
だが、それはそれとして、どうせ身の丈三メルト近くあって、筋骨隆々なんて言葉が生易しく思える位のゴリゴリな大男であり、何でも魔力と筋力とでゴリ押して来る様な輩なのだろう、と予想していたが為に、見た目だけはここまで可憐で妖艶さすらも漂わせている美女である、だなんて欠片も予想だにしていなかったのだ。
故に、彼らは虚を突かれた、と言える状態となっていた。
ハッキリ言ってしまえば、油断していた、とも言えてしまっただろう。
だからこそ、アレスが現実を正しく認識するまでに飛びかけていた意識が回復した時には既に、彼の右腕は未だに名も知らない『魔王』の手の中に存在する事となってしまっていたのであった……。




