暗殺者、予想外の事実を知る
自らへと突き出された拳を軽く手で受け止め、そのまま握り締めてやるアレス。
予想外であった行動と痛みに身を捩るグレッグを足払いによって軽く転倒させると、その頭部目掛けて幼少期から現在に至るまでの恨みを込めた拳を繰り出す!
正直、アレスはグレッグが死んでも構わない、寧ろここで殺してしまおうか、とすら思っていた。
本人的には火力も足らず、耐久力もイマイチだ、と認識しているアレスであったが、その身体能力は既に常人の範疇に収まる域に無く、その気になれば数人掛かりで袋叩きにされようとも無傷で耐えられるし、素手で頭蓋を握り潰す事も難無くやってのけられる程であった。
そんな、彼の殺意すら乗った拳は、その場に居合わせるハズが無かった人物によって、横から止められる事となる。
気配も無く、直前までそこには誰も居なかったハズなのにも関わらず、アレスの腕を握り締め、それでいて拳打を止めながらもアレスの腕にもダメージを与えない絶妙な力加減で攻撃を止めて見せたのは、そこに居るのが有り得ない人物であり、唐突な出現に唖然としていた仲間達だけでなく、咄嗟に視線を向けたアレスからも、驚愕に満ちた言葉を投げ掛けられる事となる。
「…………何故、お前がここに居る?
アルカルダ!!」
一見すると、それら何処にでも居そうな外見をした青年。
しかし、良く見てみれば肌は不健康なまでに青白く、瞳は紅く彩られ、若干ながらも耳は尖り、普段は隠されているものの、犬歯も長らく伸びておりさながら牙と表現するに相応しい見た目となっているが、その程度と言えばその程度でしか無い。
が、アレス達は知っている。
かつて、とある迷宮にて出現し、襲撃を仕掛けて来た『迷宮主』を、アレス達では抵抗するのが精一杯であった慮外の存在を、それが本体では無いが為にある程度は性能が落ちていたとはいえ、一方的に叩き潰して見せるだけの戦闘力と能力を誇る魔人である、と。
同時に、魔王に仕える魔族の一つであり、六魔将の地位を戴く存在である、とも。
故に、こんな所で出会すハズも、出会して良いハズも無い存在であるが故に、アレス達は驚愕し、何故こんな場所に居るのか!?と詰問しているのだ。
そんなアレス達の言葉に答える事も無く、アルカルダは視線をグレッグへと向けて行く。
アレスによって地面へと転がされていた彼は、暫しの間自分に何が起きたのかすらも把握出来ておらず、本来ならばそのまま絶命する定めであったのだが、アルカルダの手によってそれは防がれる事となった。
そして、漸くその一連の流れに理解が追い付いたのか、一瞬だけアレスを射殺さんとするかのような鋭い視線を送ったものの、次の瞬間にはアルカルダに対して全力で訴え掛けていた。
「あ、アルカルダ施設長!
助けて下さい!
この乱暴者に、襲われたんです!
施設長が止めて下されなかったら、どうなっていたか分かりません!
本当にありがとうございます!」
まるで、自身のみが被害者であり、全面的に相手が加害者である、と言わんばかりの言葉の数々に、思わず視線に殺気が乗り始めるアレス達。
しかし、そうしてヒートアップしそうになっていた彼らとは裏腹に、アレスの腕を掴んだままになっていたアルカルダは、呆れた様子を隠そうともせずに地面2転がされたままとなっているグレッグへと口を開いて行く。
「…………グレッグ君。
君には、散々言っていたハズですよ?
嘘を吐くのならば、もっと分かり難いモノにするか、もしくは少しの真実を混ぜて吐くモノだ、と。
少なくとも、この状況を目の当たりにして、君の言葉を全面的に肯定して上げられる程に、僕はお気楽でも脳天気でも無いつもりですよ。
少なくとも、『Sランク冒険者』の肩書を持つ相手に対して、幼少期の頃と同じく自分の言葉を絶対のモノとして強要出来る、だなんて思い込んで行動するだなんて、とてもとても、ね?」
「…………は、はぁっ!?
コイツが、Sランク冒険者!?
それこそ、有り得ないでしょうよ!?
あの二人も居ないのに、コイツが生意気にも反抗してくれてるのも有り得ないですが、そっちの方が余程有り得ないんですが!?
施設長、何か悪いモノでも食べたか、それともコイツから賄賂でも貰いました?
幾ら最近着任したとは言え、そんな地位に居る人がやって良い事じゃないですよ?
黙っておいて上げますから、ね?」
アルカルダから投げ掛けられた言葉に、信じられない、とでも言いたげな反応を返すグレッグ。
それどころか、まるで新任のアルカルダが騙されており、その上で賄賂を受け取っている事を黙っていてやるから自分の言う事を聞け、とでも言っているかの様なセリフまで吐いており、確実に彼の素性に気付いてはいないのだろう、と察する事が出来たが、この場に於いては誰もグレッグの事を心配はしておらず、なんならドサクサに紛れて殺っても構わないか?と考えているのが一人や二人では済んでいなかったりもする。
そうして一人だけ自身が上の立場に立てている、と勘違いして騒ぐ阿呆以外が、言葉を発する事無く沈黙して行く。
アレス達は、最悪半ば人質と化しているアレス本人が脱するまで動く事が出来ないし、なんなら本人としては上手く腕の一つでも斬り落として脱出出来ないか?と考えている程であったが、アルカルダがソレを許す気配を発してはおらず、下手に動けば誰かしらが命を落とす事になるのは、彼の実力を知るアレス達からすれば必然と呼べる事象であった。
故に、多少の負担になりこそすれど、セレンの手によって幾らでも回復が可能である腕程度であれば、この場で一本二本程度ならば捨てても良い、と勘案していたアレスの腕が唐突に離され、思わずバランスを崩し掛ける事となる。
突然過ぎる事態に、すわこれから戦闘か!?と手を掛ける程度に抑えていた得物を抜き放ち、その切っ先をアルカルダへと向けて構えて行く。
以前見た戦い方と特性から『吸血鬼』から進化した魔族だろう、とは推測出来ており、時刻はまだまだ日が高い頃合いだ。
流石に、全身をスッポリと覆って陽光を浴びない様にしている、と言う訳でも無く、陽の下に平然と立っていられるその姿を見れば、全く同じ弱点がある、とはアレス達も思ってはいないが、さりとて完全に克服出来ている訳でも無いだろう、と当たりを付けて幾つか策も用意はしていたし、何より特攻となるであろうセレンの神聖魔法も彼らにはあった。
が、その予想を裏切る様に、アルカルダは拳を構えるでも無くその場で踵を返し、孤児院の方へと歩み出す。
しかも、それだけでなく、未だに地面に転がされたグレッグの事を気に掛けるよりも先に、アレス達に向かって言葉を発して来たのだ。
「どうされたんですか?
この集落に戻って来た、と言う事は、ここに用事があったのでしょう?
入らないのですか?」
「………………いや、確かにココが目当てで遥々来たのは間違い無いんだが、敵である魔族のお前さんと一緒に、だなんて抵抗があって当然だろうがよ。
と言うより、まだお前さんに対する質問に答えて貰って無いぞ?
なんで、お前さんみたいなのが、こんな場所に居るんだ?」
「おや?さっきの彼とのやり取りで、ほぼ答えていたと思ったのですが?
まぁ、良いでしょう。
と言っても、そこまで難しい事ではありません。
ここの最大の出資者として、またしても施設長として就任した、と言うだけの話ですよ。
何度目になるのかは、流石に数えていないので分かりませんけど、ね」
「…………は?
何度目になるかも分からない程に、ここの施設長に就いていて、しかも最大のパトロン?
何で?なんの為に??こんな所で???」
「何で、と来ましたか。
もしかして、知りませんでしたか?
この集落が出来た起源、そして原因はかつて『勇者』が我らが陛下と相争っていた時代にまで遡ります。
で、まぁ、細かい話しは割愛しますが、要するにここに逃げ延びて来た人々は、僕達とかなり深い関わりがあったんですよ。
具体的に言えば、魔王派であった人々、と言うヤツですね」
「……………………Leary?」
「マジもマジ、大マジ、ってヤツですよ。
ですので、忙しい仕事の合間を縫って資金を届けたり、手が空いた期間は施設長として就任したり、と言った形で僕はこの集落に関わり続けていましてね?
まぁ、アレス君やら例の幼馴染さん達やらが居たタイミングでは『計画』が忙しかったのであまり関わらなかったから、面識は欠片も無い訳なんですが」
そう言って、実に人間臭く肩を竦めて見せるアルカルダ。
唐突に叩き付けられた事実、と思わしき情報に、欠片も呑み込む事も処理する事も出来ずに呆然としていると、アルカルダが完全に背を向けながら言葉を続けて行くのであった……。
「さて、移動する傾向から『もしかしたら』と思ってはいたけど、此処までドンピシャなタイミングでかち合えるとは思って無かったよ。
是が非でも、君に会いたい、と希望されている方が丁度ここにいらしている。
君達には、そのお方に会って貰うから、このまま着いてきて貰うよ」
ここまで書けば予想外なハズも無く、凡そ想像の通りのキャラが次回登場します




