『追放者達』、王国へと帰還する
予定通りに終章開幕
アレス達『追放者達』のメンバーが龍人族の里を出立してから、暫しの時間が経過した。
その頃になれば、流石に冬季も終わりに差し掛かり、雪が溶けるだけでなく、気温も春と呼ぶのに相応しいだけの緩みを見せ始めていた。
故に、と言う訳では無いが、手と足の早い商人であれば、早速、とばかりに動き出す頃合い。
冬の間に費やされた諸々を、各地で売り付けて儲けを出す為に、だ。
そして、普段であれば、そういった商人達の口に登るのは、各地の購買状況。
何処で余っているモノが、其処では需要が高まっている、と言った、海千山千な商人達による、フェイクも交えた情報戦が繰り広げられる事となっていた、そのハズであった。
…………が、今回は異なる。
彼ら彼女らが一様に持ち寄り、口にするのは一つの話題。
『六魔将が斃された』
それにより、各所にて騒ぎが起きる。
具体的な情報が主題以外に無く、それでいて重要に過ぎる程に重要な情報であった為に、やれ〇〇にて斃された、だとか、やれ討伐したのは実は✕✕に所属する者の一人、だとか、自らこそが六魔将を打ち取りし英雄なり!と偽者が名乗りを挙げたり、だとかの混乱が、王国の各所にて確認される事となっていた。
勿論、その混乱は国境線沿いの関所にも伝播している。
その手の商人が、国を跨いだ程度で商機を逃すハズも無く、少々早いながらも人の行き来が爆発的に高まるタイミングであり、当然ながらそれに乗じる形で情報も流れて来るし、自称『討伐者』も自慢して威圧するかの様に意気揚揚と名乗りを挙げて来たりする訳なのだ。
故に、そういった手合いばかりが目立つ事となり、素直に通ろうとする者達に、注目が傾けられる事は無くなる。
それが、普段ならば騒ぎとなり、下手をすれば『噂』としてその関所を通った、との情報が出回る事となる高位の冒険者が通ったとしても、だ。
「…………ふむ、どうなる事やら、と思っていたのであるが、意外とどうにかなるモノであるな」
通り過ぎた関所を視線のみで振り返りながら、ガリアンがそう言葉を零す。
普段であれば尚の事、更に情報が出回った挙げ句での移動を見せれば、勝手な勘繰りから作られた噂が真実へと辿り着き、ソレを元に求めてもいないアレコレを押し付けられたり、要求されたりする事になるのでは無いか?と心配していた彼としては、呆気ない程にアッサリと騒ぎにもならずに通れた事に安心すれば良いのか、呆れれば良いのか分からず、微妙な心持ちになっている、と言う訳なのだろう。
しかし、こうなる事を予想していたヒギンズと、経験則的に似た様な結果になるだろうなぁ、とボンヤリ考えていたアレスは、特に普段と変わり無い様子で佇んでいた。
ソレを、不思議に思ったメンバー達が問い質すと、彼らはなんて事は無い、と言わんばかりの様子にて口を開いて行く。
「まぁ、わざとオジサン達の名前は絶対に出ない様に細工して情報を流したからねぇ。
そうすれば、こうして便乗犯がそこかしこに現れて、混乱が起きるだろう、とは分かってたからさぁ。
そうすれば、隣で騒ぐ馬鹿も増えて、静かに真面目にしているオジサン達も気付かれる事も、特に騒がれる事無く関所を抜けて、こうして戻って来れたでしょう?」
「具体的な名前が出てない、って事はつまり、誰も本物が誰なのか、を知らない状態な訳だろう?
だったら、多少賢しかったり、狡いヤツは自分こそがその当事者である!と名乗り出るモノだと相場は決まってるからな。
後でバレて詰られたり責任を取らされたりするよりも、バレるまでの間にチヤホヤされたり、良い想いをしたり、仕事口を斡旋されて無理矢理にでも定着したりする事の方が重要、って連中はかなり多いし、実際問題そうだっただろう?」
そう言われてしまい、そんなモノだろうか?と首を傾げるガリアン、セレン、ナタリアの三人を尻目に、タチアナがあぁそうか!と頷いて見せていた。
どうやら、育ちの良い悪い、が直接的に出る様な場面であったらしく、それに対して『分からなかった組』がバツの悪そうな表情を浮かべていたが、アレス達『分かっていた組』は特に気にした様子も見せず、軽く手を振るだけで話題を一回終わらせると、無事に戻って来たのだから、と今後に関して口にして行く事となる。
「さて、阿呆共の反応は置いておくとしても、やはりこっちに戻って来るのは必須だった訳なんだから、無事に通れて良かったと思おうか。
何せ、モノがモノだから、下手なヤツに任せて失敗なんてされたくはないからな!」
「そうそう!
やっぱり、個人的にも付き合いがあるんだから、こういう時に最高の職人さんに任せるのが一番良いよねぇ!
だから、ドヴェルグ師が未だに残られてるカンタレラに戻って来る必要があったんだよねぇ〜」
「…………当方とて、作って貰えるのであれば、確かに当代随一の腕前を持つ彼の御人に頼みたい、とは思っているのであるよ?
だが、流石にその言い草であると、まるで彼の御人が居なければ戻って来る事も無かった、と言っている様ではないであるか?」
「そうそう!
確かに?あの里は良い所であったし、一度帰れば里心、ってモノが出てくるのは分かる気もするよ?まぁ、アタシは知らんけど。
でも、だからってまだあそこに引っ込むのは早すぎるんじゃないの?
家だってアルカンターラに在るんだから、あそこ引き払うのは流石に惜しいでしょう?」
「なのです!
皆、例の素材、から新しく装備を作る事にばかり考えが及んでいるみたいなのですが、ボク達には一応帰りを待っている人達も居るのですよ?
ギルドでボク達を担当してくれてたシーラさんだったりだとか、今も家でボク達を待ってくれてるハズのカリンさんだとか、いっぱい居るのですよ?」
「…………そう、ですね。
母の事を忘れた訳では無いですし、装備も勿論魅力的だとは思うのですが、その前に一つ済ませてしまいたい、いえ、個人的にはどちらかと言うとやり残している、と思っている用事が在るのですが、そちらから片付けてしまいませんか?」
「…………やり残した、事……?」
それまで無言を貫いていたセレンの言葉を拾い、アレスが反応を示して行く。
普段であれば、そこまで言葉数は多くは無かったとしても、微笑みながら仲間達の会話を見守っていたハズの彼女が、思い詰めた様な強張った表情を浮かべていた事に気付いてはいたが、切っ掛けが無かった為にアレスも触れてはいなかったのだが、こうして本人が口火を切ったのなら、と己から触れて行く事にしたのだろう。
そんな彼の気遣いに、何処か罪悪感の様なモノを滲ませるセレン。
表情豊かな彼女であるが、その顔よりも更に雄弁に彼女の感情を顕にする長い耳も、これから放とうとしている自身の言葉により、萎れた様に垂れ下がる事となってしまっていた。
それだけの覚悟が、彼女には在るのだろう。
そう感じ取ったアレスは、パーティーのリーダーとして、またセレンのパートナーとしてどの様な言葉が飛び出して来たとしても、全力で受け止めるべく覚悟を決めてから彼女の言葉を促して行くのであった……。
「…………あの、皆さんは既に、他に興味の在る事が出来てしまった、と言うのは十分に理解しております。
……ですが、私としては、このまま、当初の予定の通りに事を進めたい、と思っているのです。
そう、旅の初めに決めた予定、その最後の目的地。
アレス様が育った孤児院、タウロポロス孤児院へと赴きたいのです」




