『追放者達』、応戦する
「漸く見付けたぞ」
その言葉がアレス達へと投げ掛けられたのは今回が初めての事…………と言う訳ではあんまり無い。
本拠点としてアルカンターラで活動していた時にも、様々な目的で彼らに接触を図ろうとしてきていた連中が挙って口にしていた単語であった為に、寧ろ聞き慣れている、位の感覚であった。
勿論、その手の輩がまともな用事で彼らを探していた、だなんて事は当然無い。
やれ、自分は裏社会の人間だからお前ら程度〜だとか、やれ、自分は貴族である〇〇家の縁の者であり即ちお前らは従わないと〜だとかのアレコレを垂れ流しにしてくれる連中ばかりであった為に、半ば反射的に殴り飛ばす癖が彼らに生えてしまう程であった。
中には、冒険者ギルドからの緊急依頼で探していた、だとかの事例も混ざってはいたので、全部が全部そう、と言う訳では無いのは理解しているのだが、それもほんの僅かにあったきり。
殆どが例の下らない、自分達の我欲を満たすためだけにアレス達を『使おう』としてくれやがった連中ばかりであったので、ほぼ行動としては正しいモノとなっており、全員に半ば定着する形となっていた。
なので、そんな言葉と共に、壁に開けられた穴から覗いた毛むくじゃらの顔面。
それに対して、部屋の内側から六つの拳がほぼ同時に叩き込まれる事となり、即座に元いた場所へと叩き返される事となっていた。
…………暫しの間、アレス達の間に沈黙が舞い降りる。
それぞれがそれぞれで、拳を振り抜いた体勢で、さっきのは何だったのか?を吟味しており、速攻で鼻面を殴り飛ばしてやったがもしかしたら不味かったかな?だとかを考えていたが、まぁそれも今更か、と言うか普通に話していたけどさっきのってもしかしなくてもフルフェイス型の獣人族だったりするオチか?と思い至り、何だか面倒な事になってきたなぁ、と思いながらも玄関から靴を履いて先程までいた部屋の外まで回り込んで行く。
すると、流石に外の喧騒が、彼らの耳にも届き始めて行く。
それらを統合すると、曰く『毛むくじゃらの化け物が壁を破壊して家の中へと押し入って来たが、こちら(住民)の方を見ては『違う』と呟いて別の壁を壊して出て行った』と言うのが現在里を襲っている怪異?の概要であり、また被害の程も既に数軒の御宅が襲撃に見舞われる結果となっていた事も把握する事が出来ていた。
…………正直、この時点で最早先程殴り飛ばした存在が真っ黒である事は確定であるし、見付け次第トドメを刺して晒し者にしてしまっても、称賛されども批難される事は早々無い様な気もアレス達はしていた。
が、それはそれとして事実確認は必要な事であるし、何より聞こえて来る噂が本当であるのか、本当に犯人なのかを確認せずに刑に処するのは、文明社会を生きる常識人として些かながらに抵抗感があった為に、彼らは一応は、と確認を取る事を目的として足を早める事としたのだ。
そうしてグルリと建物を回り込んで、部屋の外へと到着するアレス達一行。
元より、大きめな建物であった為に、玄関で靴を取ってから中に戻って直接出た方が早い、と言う程度には歩く事となっていたが、それは本筋にはあまり関係が無い事だ、として気にしない事にしたアレスの視界に、里長マレンコ宅の庭へと倒れ伏す一つの人影?が映り込んで来る。
地面へと、直接仰向けで大の字に転がる一つの影。
その大雑把な造形と、衣服を着用している素振りが見られない、と言う点を加味せずにスルーした場合、確かにソレは『人影』と呼べたかも知れない。
が、それはあくまでも『獣人族の様にも見える』と言うだけに過ぎない。
その背丈は、大柄になりやすいフルフェイス型の獣人族としても飛び抜けて高く、それでいて関節の形等は魔物や動物のソレに近いだけでなく、通常であれば二腕二足であるのが人間の形であるハズなのに、ソレは腕が四本も生えている状態となっていたのだ。
形状として最も近いのは、魔物である『人獅子』だろうか?
獣人族の中の獅子族(ちなみにガリアンは狼族)でフルフェイス型が産まれれば近い見た目と外見をする事となるのだが、後者は骨格等はちゃんと人型をしている為に直立二足歩行が可能となっているのだが、前者に関しては獣の骨格を無理矢理人型に変えました、と言う様な爪先立ち前傾姿勢に近い体勢が基本となるので、やはり衣服の有無以外でも一目で判断が付く事となるだろう。
尤も、似ている、形状が近い、と言ってもそこまでの話。
通常その辺で発生する『人獅子』は背丈の方は兎も角として、腕が二対も付いている、とはアレス達も聞いた事は無かったし、そもそも本当に『魔物』であれば話すハズも無い為に、結論としてはやはりアレだろう、となってしまう。
…………ならば、こうして倒れている今の内に、サクッとトドメを刺してしまおうか?
『漸く見付けた』と言っていた以上、アレス達の事を探していたのだろうが、何故彼らを探していたのかは知らないし、そもそもこの辺りに居る、と何故知っていたのかも定かでは無い故に問い質したい気持ちも無くは無かったが、それでもやはり自分達の当面の身の安全、と比べればその辺の好奇心は取るに足るモノでは無かった為に、各自が無言で得物を構えて行く。
そして、庭に倒れ伏す巨体へと向けて切っ先を突き出そうとした正に同じタイミングにて、それまでピクリとも動いておらず、気絶していたモノと思われる巨体が俊敏に立ち上がり、アレス達の方へと睨み付ける様な視線を送って来る。
…………が、その鼻面は見事なまでに叩き潰される形となっており、全員分の拳を受けた事も相まってかその二つの鼻孔からは止めどなく流血が続けられてしまっており、何処からどう見ても『滝の様に鼻血を吹く全裸の変質者』の図と化していた。
その姿を写し取り、側に『不審者』と書いたならば、まず間違いなく教科書に載るか、もしくは辞書に採用されるであろう光景を前にして、早くも推定魔族からの攻撃を受け、腹筋に確実にダメージを受ける事となった一同。
流石に、敵意を剥き出しにして鋭い視線を送ってくる相手を前に、その場でして笑い転げる事が出来る程に警戒心を失っている訳では無いのでどうにか表面上は堪える事に成功していたが、それでも内心では指差しながら爆笑してやりたい気持ちで一杯になっていた。
そんな彼らの内心など知る由もない推定魔族は、目線を鋭くさせながら四本ある腕の内の一本にてアレス達を指し示し、口を開いて言葉を放つ。
「漸く見付けたぞ、特異点!
俺は陛下に仕える六魔将の一人、レオルクスってモンだ!
お前らをブチ殺し、その首を手柄として持ち帰るのが、俺様の役目って訳だ!
そうすりゃ、魔王陛下からの俺様の覚えも目出度くなるし、何より負け犬共に吠え面かかせてやれるってのが、一番俺様的には堪んねぇのよ!
だから、さっさと死んでくれや!!」
チンピラ感丸だしのセリフと共に、凄まじいまでの速度でその場から飛び出して来るレオルクス。
言動とは裏腹なまでの技術に裏打ちされた急加速により、姿勢を崩す事も無いままにガリアンを上回るだけの巨体がアレス達の目の前へと瞬転し、その四本の腕を振り上げて来る。
防御なんて知った事では無い。
ソレを考える位ならば、一瞬でも早くに敵を打ち倒してしまえばその方が合理が勝る。
そんな考えの元に振るわれた四本の腕と、そこから生えている並の短剣よりも鋭く長い二十に届く無数の爪。
高速で振るわれたそれら本体と、並びにそこから発生した真空波によって標的たるアレスをズタズタに引き裂く!……のを予想していたであろう、レオルクスを名乗った魔族は、その光景を幻視しながら、本日二度目となる鼻面への拳撃を叩き込まれるのであった……。




