『追放者達』、巨神と激突する・2
燃えて行く。
見上げてもなお見切れる程であった巨体が、その内から燃え盛る焔によって燃えて行く。
されど、生きている。
皮も肉も燃え、焼けて無くなって行くのが見えていたが、しかしその巨体は崩れさる事は無く膝を突いた状態を維持し続け、周囲へと灰の類いを撒く事も無いままに、巨大な骨を周囲へと晒す形になって行く。
そして、そのまま動き出す。
身体を覆う皮膚も、巨体を形作る肉も全て焼け落ちているにも関わらず、それらの代わりに焔を全身へと纏い、黒赤に染まった骨の隙間からさらなる焔を吹き出させつつ、スルトがその身を起こし、立ち上がり、周囲を見回して行く。
当然の様に、その眼窩に眼球は収まってはいない。
伽藍堂になっているハズのソレは、しかして相対するモノには確かに視線が向けられている、と感じさせる状態となっており、実際に溢れる焔で蓋をされて中を覗き込む事は出来ない状態となっていた。
そんなスルトが、調子を確かめる様にして身体を動かして行く。
肩を回し、手足を曲げ伸ばし、腰を捻ってから首を巡らせ、最後には人が身体の筋を伸ばす時にする様に、両腕を組んで全身を捻って見せていた。
「…………うぅむ!
我が事ながら、久方振りの『転身』故に、開放感が凄まじいな!!
身体の調子も悪くは無い!
これで、思う存分、思い残す事無く死合いを愉しみ尽くす事が出来る、と言うものよ!
ガッハッハッハッハッ!!!」
仁王立ちとなり、腕を組んでそう呵々大笑として見せるスルト。
内臓の類いも漏れ無く焼けており、胸腔の内側には巨大な魔石と思わしきモノが浮かんでいるだけの姿で、どうやって笑っているのかは甚だ理解が及ばない状態となっているが、どうやらアレス達にとっては不幸な事に、ここまで極端なダイエットを成し遂げたとしても身体に不調は現れてはいない様子であった。
そんな、劇的過ぎるビフォーアフターを遂げたスルトを、半ば呆気に取られながらアレス達は見上げて行く。
瞬時に放った魔法が通じていなかった様子を確認するや否や、後退してスルトから距離を取っていたのだが、それでいてなお目は乾き、肌が炙られる感覚を覚える程の熱量を感じて、顔を顰めながら焼けそうになる肺を気にしつつ声を挙げる。
「…………おいおい、何だよソレは。
随分と、派手に見た目変わったみたいだが、奥の手、ってヤツがそれか?
ただ単に、自分から燃えてるスケルトンにしか見えないんだが?
一発芸か何かか??」
「………ハッ!
我のこの姿を目の当たりにして、まだ斯様な軽口を叩ける胆力は褒めてやろう!
が、良いのか?
気圧されているのか、それとも恐怖で竦んでいるのか、手や足が震えている様にも見えるぞ?」
大音響かつ、銅鑼を鳴らした様な声が降り注ぐ中、アレスは意図して強く拳を握り締める。
ナタリアの従魔が拾って来てくれた防具を付け直した、セレンによって再生された左腕はその手の平に手汗をビッシリと掻いており、辛うじて震えを表に出さずに済んでいる状態となっていた。
チラリ、と密かに視線を送ってみれば、他のメンバー達も大なり小なりアレスと同じ様な状況となっているらしく、顔を強張らせながらもスルトから視線を外すまいとしている。
…………流石に、従魔達にはプレッシャーが大き過ぎたらしく、本性を現した巨体であるにも関わらず、基本的に全ての個体が尻尾を巻いて股の下に巻き込んでしまっている状態で鼻をキュンキュン鳴らしているし、中には耐えきれなかったのか派手に地面の色を変えてしまっているモノも居た程であった。
しかし、逃げ出すモノは、誰一人として居らず。
震える足に喝を入れ、引けそうになっている腰を無理矢理真っ直ぐにして踏ん張り、逃げ出せ!と叫ぶ生存本能を封殺して、その場に残り燃え盛るスルトを睨み付け続けて行く。
そんな彼らの視線と、スルトの視線が自然と交わる。
誰一人として生を諦めず、さりとて死の覚悟はキチンと持ち合わせているそれらの視線を受けたスルトは、内心で歓喜していた。
かつての大戦の時も、今の姿を切り札としていたスルトは、幾度もこの姿へと変化した。
そして、その度に相対していた者達は、本能的に勝てない、戦えない、と悟ってしまい、何もしないままに心が折られる事になってしまっていた。
それが、どれだけ名を馳せた戦士であれ、英雄であれ。
中には、当時の『人類の希望』とまで呼ばれていた者もおり、単独で通常の状態のスルトを追い詰めるまでの活躍を見せる事となったものの、姿を変えて見せればその場で糞尿を撒き散らし、みっともなく泣き喚きながら踵を返して逃げ出す結末が待っていた。
…………故に、スルトは学習していた。
己の真の姿を見せた場合、人間程度では抵抗する事も出来なくなるだろう、と。
そして、同時にこう願ってもいた。
己の真の姿を目の当たりにしても心折れず、死合いを続け、その結末まで辿り着く事が出来る人間が現れた時、どれほど心躍る死闘が我を待ち受けているのだろうか、と。
それが、現実のモノとなろうとしている。
己の目の前で、真の姿を目の当たりにしていながらも、それでも心折れず、膝を屈せず、闘志を萎えさせずに保ち続けている者達が居るのだ。
なれば、己が願いが叶うかもしれない。
そんな歓喜がスルトの胸の内から沸き起こり、それと同時に呵々大笑しながらも特に前置きや前触れをする事も無く、燃え盛る足にて低空回し蹴り(当社比)を繰り出して行く。
一度は確実に見ている動作であった為に、慌てる事も無く飛び退いて回避するアレス達。
身体が燃え落ち、肉が無くなった分軽くなったからか、先に見た時よりも速度は上がっている様子であったが、その分直撃範囲、と言う意味合いに於いては寧ろ狭まっていた為に、そこまで苦心する事無くアレス達は回避に成功する。
…………が、前回と同じであったのは、そこまで。
今回は前回とは異なり、スルトが放った蹴りの軌道に合わせて、彼の身体を構築している焔が振り払われる様にして放たれ、周囲を焼き払い始めていたのだ。
それには、流石のアレス達も驚愕の表情を浮かべつつ、顔を強張らせる事となってしまう。
一応、念の為に、と距離に余裕を持って回避していた為に巻き込まれる事は無かったが、それでも下手をしなくとも巻き込まれかねない程の範囲が、今の一撃で焼き払われる事となってしまっていた。
そうして離れているにも関わらず、アレスの腕には火膨れが発生していた。
直撃した訳でも、また近くで熱に当てられる様な事をした訳でも無いにも関わらず、そこに在る焔によって放たれた熱のみで火傷すら生じさせる程であるとするのならば、その発生源であるスルトの本体は、どれだけの温度の焔で形作られているのだろうか?と逆に背筋は凍える様な予想を立てさせられる事となってしまう。
先の氷の魔法では、通じている様子は見えなかった。
急遽練り上げた術式であった為に、構成やらはイマイチな出来であったがそれでも魔奥級のソレであり、威力としては申し分ないモノであったハズなのだ。
それでも通じていなかった、となると、取る手立ては大きく二つ。
一つは、他に通じる攻撃の見当を付けてソレを試す事。
そして、もう一つ。
何かしらの方法にて無効化されていた、と仮定して、ソレを突破する方法を探る。
属性の相性的に考えれば、間違い無く効きはするハズなのだ。
それが無効化されたのだから、その方法を探ってやれば良い。
そう結論付けたアレスは、並行して他にも有効打となりうる手段を探すべく、仲間達に合図しながら自らもスルトへと目掛けて突っ込んで行くのであった……。




