第31話 体育祭開幕
こんにちわ!
恐怖の体育祭、スタートです!
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
「おばあちゃん達も、後で行くからね!」
朝、真樹は正一と多恵に手を振りながら家を出た。何せ本日は体育祭本番なのである。予行演習の時点で乗り気ではなく、ここ数日ずっと不機嫌な真樹だったが、今日で面倒事がすべて片付くと思うと少しほっとしていた部分もあった。ただ、真樹にはもう一つ引っかかる要素があった。
「無事で済まないと思うが、立ち向かって見せるさ。」
体育祭の準備機関から漂う違和感に対し、真樹は不敵な笑みを浮かべながらそう呟いて学校へと向かったのだった。
「皆おはよう!今日はいよいよ体育祭本番よ!迷いっぱい楽しく全力で挑んでちょうだい!くれぐれも怪我だけはしないようにね!じゃあ、頑張って!」
教室に集まった真樹達に対し、立石はそう言った。今は朝のホームルームだ。ただ、全員体育着に着替えているので普段とは違った雰囲気である。生徒達はぞろぞろとグラウンドに向かって歩き始め、最初の入場行進に備える。移動中、やけに気合が入っている生徒が2名ほどいた。
「よっしゃー、本番だ!いい所見せて、彼女をゲットだ!」
「まだそんなこと考えてんのか。懲りないな。」
言うまでもなく杜夫である。真樹はそんな不純な理由で体育祭に力を入れようとする杜夫に完全に呆れかえっていた。一方もう1名はというと…。
「この時を待っていた…ああ、速く走りたくてウズウズするよ!僕の足は今、走りたがってるよ!」
「落ち着け、オニィ。競技は逃げたりしないから!」
走る事が大好きな慶は、速く競技に出たいとウキウキな気分だった。体育祭の様なイベントにトラウマがある真樹にとって、慶の様に楽しみにできる部分は正直羨ましくもあった。しかし、今の真樹にとって楽しむ余裕などはない。長年痛めつけられた経験と勘によって、既にこの体育祭に潜む危険を察知していたのだから。
「おはようございます!本日はいよいよ体育祭です。天気も良く、絶好の体育祭日和ですね!今日は一日、思い切り臨んでください!御来校頂いた父兄の皆さまも、是非楽しんでください!以上です!」
入場行進は特にトラブルもなく済み、その後校長先生の挨拶があった。観覧スペースには既に生徒達の父兄が大勢来ており、カメラを回して自分の子たちの勇姿を残そうと気合が入っている人もいた。真樹の祖父母である正一と多恵も既に学校に到着しており、応援席で真樹に手を振っている。
「真樹ー!」
「頑張れー!」
真樹もそれに気付いたのか、応戦席の方を見て軽く手を振る。そして、各クラスの待機場所へ戻ると(他の生徒達とは違う意味で)臨戦態勢に気持ちを切り替えたのだった。
「うぉぉぉ、負けるかぁ!」
グラウンドに杜夫の声が響き渡る。競技は特に滞りなく進み、今は1年男子による100メートル競走だ。大谷津学院の体育祭のルールは、まず各学年のA・C組が赤、B・D組を白に分けた紅白戦がある他、それとは別に各学年の最優秀クラスが選別されるシステムだ。杜夫は足が速い所を見せればモテると思っており、出だしから全力で飛ばした。しかし、元々運動音痴の上、飛ばし過ぎて息が切れてしまい、結局最下位になった上に、ゴールした時点ですでにフラフラだった。
「はぁはぁ…畜生、カッコ悪い。」
「調子に乗り過ぎるからだ。」
溜息交じりに真樹は戻ってきた杜夫にそう声を掛けた。この種目は真樹も出場し、もうすぐ出番である。ちなみに、まだ次の出場競技まで時間がある慶は待機場所で「いいな、いいな。僕も早く走りたいな。」と羨ましそうに呟きながら見ている。そして、真樹が走る番が来たのだが、彼の隣には…。
「ふん、お前と一緒に走るとはな。」
「…。」
裕也もいた。この競技はクラス対抗なのでA~D組の生徒が一人ずつ、つまり4人で競争する。真樹は軽蔑の視線を送った裕也を無視してスタートラインに立った。
「キャー、大和田君よ!」
「頑張って!」
「湯川なんかやっつけちゃえ!」
「Boooo!くたばれ湯川!」
生徒達の応援席からは(主に1年生の)女子生徒からの裕也への黄色い歓声と、真樹へのブーイングが聞こえてくる。当然ながら学校に来た父兄たちは、何が起こったのかさっぱり理解できず、戸惑っている。裕也は女子生徒達に笑顔で手を振ると、再び真樹の方を見て言い放つ。
「お前、ずいぶん嫌われてるな。体育祭でブーイング浴びせられる奴なんて初めて見た。」
「いつもの事だろ。」
「フン。そのなめきった態度が嫌われてるって気付けないとは、可哀想な奴だ。」
「…。」
真樹は裕也を完全に相手にしていなかった。そして競技が始まる。真樹達4人はスタートの準備を整え、いつでも走れる状態にした。
「よーい、スタート!」
合図の係の先生がパァンとピストルの音を響かせると同時に、全員が一斉にスタート。サッカーをやっている裕也は足に自信があり、トップに躍り出ようとする。しかし、真樹も野球で鍛えたスタミナがあるのでペースを落とさずに裕也と並んだ。更にC,D組の男子生徒達も裕也と真樹のすぐ後ろを走っており、全員の走力はほぼ拮抗している。誰が1着か最後まで読めないまま、団子状態のまま4人はゴールした。一応、その場にいた先生と係の体育祭実行委員が確認した結果では、わずかに裕也のつま先が先にゴールしていたので裕也1位、真樹2位となった。
「はぁはぁ、やるな。足だけはそこそこ早いんだな。」
「野球部なめるな。」
真樹はそれだけ裕也に言い放つと、さっさと走り終わった生徒の待機場所へ向かった。その後、全員が走り終え、退場する事になったのだが、その間も…。
「大和田くーん、おめでとー!」
「流石1位、カッコいいー!」
「走ってる姿に惚れ惚れしちゃった!」
といった裕也への歓声に加え…。
「何でビリじゃないんだよ!」
「空気読めよ!」
「消えろよ、湯川!」
女子生徒からの真樹に対する罵声も飛んできた。真樹はやれやれと思いながら1年A組の待機スペースに戻ってきた。
「杜夫に真樹、お疲れ様!」
「ああ。でも最下位だー!彼女出来ねぇ!」
「あはは…。」
嘆く杜夫に流石の慶も苦笑いだった。そして、真樹の肩に手をポンと置きながら、優しい笑顔で労った。
「真樹凄かったね。ナイスランだよ!ああ、僕の番まだかなぁ!」
「ありがとう!まぁ、もうすぐオニィの見せ場も来るから大丈夫だろ。」
「でも、酷いブーイング。ごめんね、僕も立石先生も止めたんだけどみんな聞かなくって。」
「気にすんな。まぁ、これで済んでむしろラッキーだ。問題はこの後だな…。」
困り顔の慶に真樹はそう冷静に答えた。そして、この真樹の嫌な予感が的中するとは、誰が予想できたであろうか…?
一方その頃、1年体育祭実行委員の女子生徒達は後に予定されている競技の準備をしていたのだが…。
「いよいよね。」
「湯川を公開処刑、楽しみ!」
「用意は大丈夫?」
「大丈夫よ。これさえあれば楽勝!」
真樹の予想通り、裏ではとんでもない作戦が決行されようとしていたのだった。
こんにちわ。
異様な雰囲気の体育祭でしたね。
そして次回、真樹に体育祭実行委員の牙が向きます。
お楽しみに!




