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アルタナ(改修版)  作者: 夢見無終
EX. 番外編
37/38

ただ一人の騎士

 カリアとアルタナディアが邂逅する、少し前――――……





 その日………その日も騎士団は喧騒に包まれていた。その中心にいるのは、その日もやはりカリア=ミートだった。

「お前っ……取り消せ!!」

「ハッ、事実を言っただけだろうが! わざわざ怒るところか!?」

「お前……!!」

 カリアが拳を振り上げたのを見て他の騎士団が止めに入る。

 カリアが騎士団に入って四年が経とうとしているが、未だに諍いが絶えない。特例で入団した唯一の女騎士で、田舎の下層貴族出身で、腕っ節もそこそこ強い……若い名家の男たちにとっては気に食わないことばかりだ。挑発し、ちょっかいを出すことは日常茶飯事だった。そしてカリアが怒るポイントもわかっている……。

 騎士団で私闘は禁止されている。もし大怪我を負ってしまったら個人ではなく貴族の家同士の争いになるからだ。加えてカリアは「前科」があるため、特にキツく言い含められていたのだが、それがカリアを疎ましく思う者たちからは格好の狙い目になっている。

「おい、止めろ! またカリアが暴れるぞ!」

「私が悪いんじゃない、先に口出ししてきたのはアイツだ!!」

 エレステルからは有名無実と失笑されるイオンハブス騎士団において、多少威勢のいい若者がいるのは悪いことではなかったが、現状の騎士団は貴族として役目のない次男・三男が放り込まれる場所と化している。彼らのストレスは立場の弱い者へ向けられる。カリアは、都合のいい対象であった。





「なぜ私だけが謹慎処分なんだ…!!」

 日が暮れてもなお怒りの収まらないカリアを、見張りと上官が囲む。宿舎から少し離れた小屋は人が四人入ればいっぱいだが、ここは半生部屋などではない。唯一の女性であるカリアの自室だ。入団当初は宿舎の中に部屋があったが、一人だけ一人部屋であることを他の兵士が不満に感じ、カリアはカリアで覗かれたりすることが日常茶飯事だったが、二年前に事件が起こったことで、解決策として外に粗末な小屋が設置された。口さがないものたちは「犬小屋」と呼ぶ。

 この犬小屋で、カリアは首輪こそ付けられていないが、手錠を掛けられていた。ケンカで反省房に入れられることは少なくないが、ここまでされたのは初めてである。しかしどれだけ怒り心頭でも、無闇に暴れることはしない。貧しい農民と大差ない環境で、貴族らしいことはほとんど教わらなかったが、それでもカリアには誇りである父の娘であるという、貴族の子女であるという自覚があるのだ。ただ、不当であることが許せない―――それがカリアの正義である。

 夕食もお預けのまま必要以上に拘束されている事実に違和感を覚えながらも、ベッドに座ってじっとしていたカリアの前に、騎士団長のカエノフと―――親衛隊長のグラードが現れた。カリアは親衛隊長の顔は知っているが、話したことはない。

「カリア=ミート。今日限りでお前を騎士団から除名する」

「えっ――!?」

 カエノフからの通告に驚いたのはカリアだけではなく、見張りに付いていた兵士もだ。騎士団の全てがカリアの敵というわけではない。騎士として純粋に努力するカリアを認める者もいたし、女性と見て好意を持つ者もいた。彼らはケンカの原因がカリアではないことを理解しているゆえに、今回の件についての処分にしてはあまりにも重すぎると感じた。

「なぜです…!」

「なぜ、と聞くのかね…。いつも争いが起き、その中心にいるのが貴様で、大抵暴力沙汰になる」

「私からけしかけたわけではありません! いつも原因を作るのはあっちで―――」

「ケンカの原因は貴様でなくとも、不協和の原因は貴様だ。貴様が騎士団にいること自体が原因だ」

「そんなっ……納得できません!!」

 立ち上がってカエノフに迫ろうとするカリアを周りが慌てて止める。後ずさりしたカエノフはやれやれと肩を竦め、代わりにグラードが前に出る。

「お前の身柄は親衛隊が預かることとなった。今日、今からからだ」

「は…!?」

 いよいよわけがわからなくなる。親衛隊は貴族の中でも名家やエリート、しかも生粋の実力者が集う。騎士団から移るのならある意味出世と言ってもいい。しかし状況はどう見ても厄介払い……手錠を掛けられたまま親衛隊に入隊する人間などいるのだろうか…。

 グラードがずいとカリアの前に立つ。騎士としての実力よりも貴族としての権威で団長を務めるカエノフとは迫力が違う……カリアは目の前の男に、折れない鋼のイメージを見た。

「騎士にこだわるというのであれば、一度だけチャンスをやっても良いとの仰せだ。しかし、今のままでは状況が変わる可能性は低い。そしてこの次に同じ愚行を繰り返したとき、お前は二度と騎士と名乗ることはできないだろう」

「……それでも、私は―――」

「――しかし。親衛隊にはお前にしかできない任務がある。他の誰でもない、お前だけだ。お前という剣士が望まれている」

「!!? それは、どういう…」

「選べ。騎士団か、親衛隊か。言っておくが、この選択ができるのは今だけだ。この後お前に親衛隊の席が用意されることはないだろう。ただし、親衛隊に入るのであれば、どのような理不尽が起ころうとも拳を握ってはならん。王族に侍る親衛隊の不祥事は、王族の恥となるからだ。お前が親衛隊を望み、今のことを誓うのなら、その手錠を外す。覚悟がないのならばこれまでだ」

「…………」

 即答できなかった。幼少のころ、何となく剣術が得意で、漠然と剣士になりたくて、父が亡くなって無謀にも騎士団の門を叩き、がむしゃらにやって今ここにいる。その先のことなんか考えたこともなかった。親衛隊に入る? 自分が?

「……行ったらどうだ?」

 声をかけてくれたのは、今自分の肩を掴んでいる同僚だ。

「このままあんな奴らにいびられ続けても面白くないだろう。親衛隊に入って、見返してやれよ」

「そうだな。お前は女だけど剣は強い……こんなところで埋もれさせるのは勿体無い」

 右と左の肩を掴んでいる二人共がそう言ってくれる。

「……貴様はこの騎士団には異物だ。反発が起きるのも止むを得まい。親衛隊が必要としているのであれば、そっちに行くのがよかろう」

 カエノフは背中を押してくれているのか厄介払いしたいのか微妙だが、ここは前向きに受け止めることにする。

「わかりました……そのお話、お受けします」

「……先程も言ったが、理不尽にも耐える覚悟はあるか? 己を殺すことを誓えるか?」

「………誓います」

 

 その日、カリアは、十代の半分近くを過ごした騎士団を去った。






 馬車に乗せられて騎士団の基地を抜け、街の明かりを抜け……カーテンが閉められていてわからないが、おそらく城の近くに向かっているのだろう。カリアはフィノマニア城には一度しか入ったことがなく、それも門に入ってすぐの所までだ。名ばかり貴族……そう言われても仕方ないほど、カリアはこの国の中央から程遠い人間だった。

 到着し、カリアの身柄は親衛隊長から城の侍従へ引き継がれる。ここが城のどの辺りかわからないまま連れられて進んでいくと、一人のメイドが立っていた。

 若い……大人びて見えるが、自分と同じくらいの歳だろうか? 暗い廊下で外からの星明かりを背に受けて、微笑みながらまっすぐ立っているのが印象的だった。

「カリア=ミート様ですね。お召換えをしていただきます。どうぞこちらへ」

 侍従からメイドにまた引き継がれ、着いた先は風呂場だった。

「訓練での汚れをここで落としていただきます。申し訳ありませんが、十五分でお済ませください」

「はぁ…」

 素早く済ませるのはいつものこと、別に問題ないのだが…。

「…騎士の訓練は、聞いていたよりも過酷なのですね」

「え?」

 メイドを振り返ると、シャツを脱いでむき出しになった背中を見ていたことに気付く。

「痣がこんなに…」

「あ、まあ……あはは」

 半分はケンカでできたものだとは言えない……。

「…やっぱり、十分でお願いいたします」

「ええ!?」

「お急ぎください」

 追い立てられるようにして風呂場に飛び込む。風呂場は嘘じゃないかと思うほど綺麗だった。騎士団宿舎では一番最初か、一番最後―――共用風呂で男の先か後か、日によって変わった。後の時は悲惨である……なんせ、百人以上が入った後である。湯船に浸かるのは憚られたが………これが王族のお風呂……ということはない、おそらくは使用人の風呂場だろうが……それでもこれが本来の貴族クラスの風呂か……!

「…って眺めてる時間ない…!」

 風呂に入って着替えろということは、おそらく偉い人に会わされるんだろう。もしかすると大臣とか……いや、もう夜遅いし、それはないか。そういえばお腹空いた……。

 風呂から上がるとさっきのメイドが待っていた。用意された服は親衛隊の正式洋装だろうか。パリっとしているが、サイズは少し大きい。

「後日詰め直しますので…」

 そう言ったメイドは拭いたばかりの私の前髪をさっとまとめてクリップで留めると、パフで私の顔にファンデーションを塗り始めた。慣れないのでくすぐったい。さらに口紅も取り出す。

「え、それも?」

「この色はお気に召しませんか?」

「いやっ……化粧、まともにしたことないから…」

「ご安心ください。きっとお綺麗になりますよ。少しだけ口を開いてください。こんなふうに」

 メイドが私の顎を掴んで引き寄せ、私はその唇が薄く開くのを真似する。筆で塗られる紅の感触に肩が震える。間近で見るメイドは化粧しているのかいないのかわからないけど綺麗で………なんだかこの状況、妙な気分になる…。

 視線を逸らすと、メイドが鼻で笑ったような気がした。

「はい、できました。あとは唇を軽く擦り合わせて馴染ませて……お立ちください」

 肩に付いたホコリでも払うようにぱっぱと整えると、姿見に映った私は別人のようだった。

「ではこちらへ…。お召になっていた服と剣はお預かりします」

「………」

 風呂場を出て、城の中を進む……。もっと華やかなイメージがあったが、夜の城は所々に灯りが点いているくらいで暗い。ランプを持つメイドの先導がなければ迷ってしまうところだ。

 階段を上り、渡り廊下を過ぎて……ん? もしかして城の中心から離れている…?

「私はここまでです。あとはお一人でお進みください」

「え? でも…」

「道なりにまっすぐお進みください」

 廊下は大きな窓がはめてあり、淡く青白い光で……ちょっと薄気味悪い…。

「…ランプ、お使いになりますか?」

「い、いや! まっすぐ行きます、まっすぐ…!」

 これから城勤めになろうかというのに、こんなことで怖がっていてどうする…! 

 一つ目の角を曲がり………まっすぐと長い廊下を抜け、突き当たりを道なりに左に曲がり……その先に、人影が見えた。

 白い……。細く、白い……一輪の花のような……。

 廊下の真ん中で椅子に座っている姿は、よくできた人形……あるいは至高の芸術品のようだった。それこそ周りの景色が幻想的過ぎて、絵画を見ているような気分だった。白い服を身に纏う、少女の絵を……。

 その少女の輪郭がはっきり見える距離になったとき―――目線を伏せていた少女の瞳が、私を捉える。その瞬間………私ははっきりと悟った。

 ―――姫だ。この少女は王族……ただ一人の姫君だ。一度も見たことがないがなぜかそう言い切れる。威圧的でも穏やかでもない純粋な視線に、胸を射抜かれたような衝撃を受ける。今までに感じたことのないものだ。この方の……このお方の名前は、なんだっただろう……確か、確か――――

「初めまして、カリア=ミート。私はこの国の王女・アルタナディア=イオンハブスです」

 姫様が―――アルタナディア様が立ち上がり、名乗りを上げる。脊髄反射で跪いていたことに自分で気付かないまま、頭を上げられない……!

「は、は、始めまし……お初にお目にかかります、ご拝謁、賜りまし…賜わ? えと……ご、ご機嫌麗しゅう……」

 なんて言うんだっけ!? なんて言うんだけ!? こういうときになんて挨拶するんだっけ!!? 一度父様に習ったはず……思い出せ、思い出せ私……!!

「……ごきげんようカリア。突然こんな夜遅くに召還され、戸惑っていることだと思います。お詫びします」

「お詫び!? い、いえ、姫様にお詫びだなんて、そんなっ……………? 私は、親衛隊になるべくここに連れられたのでは…?」

「その通りです」

 どういうこと…? 恐る恐る顔を上げると、姫様は窓から外の景色に目を移していた。

「……昼間、あなたを見ました。大立ち回りを演じていましたね」

「え……は!? 昼間って、あの、騎士団の、あの場に……」

「いました。少し離れていましたが」

 ケンカしていたところを見られていた……!

「騎士団に唯一の女騎士がいると聞いて見に行ったのですが、威勢のいいことですね。まさか真っ向から殴り合いを挑むとは」

「あれは、決してそういうのでは…!」

「……原因は何ですか?」

「え…」

「あなたが殴りかかるに値する原因は何かと聞いているのです」

 何だ、これ……私は今から処断されるのか!? 一体何のためにここへ連れてこられた!? 何が始まっている!?

 一度静かに息を吐き……改めて顔を上げた。少し威圧的に見えた姫様の瞳は澄んでいて、単なる叱責ではなく、もっと別のものを―――私を、見ている。

「……家族を、父を侮辱されたからです。私の家はいわゆる下層貴族ですが、何一つとして恥じ入る行いをしていません。父母は尊敬に値し、弟妹も道を外れてはおりません。私個人のことならばともかく、家のことを悪く言われるのは何度繰り返されても聞き流せるものではありません。彼らはそれをわかってやっているから、我慢ならなかったのです」

「……そうですか。それで解決しましたか? 相手は二度と悪口を言わなくなりますか?」

「………いえ…」

「そうでしょうね。何度も繰り返しているのでしょうから」

 返す言葉もない……。

「あなたのやったことを王に置き換えてみましょう。王を悪く言う人間がいます。ひどい罵詈雑言は王妃、王子や王女にまで及びました。王は怒り、その人間を処刑しました………正しいことですか?」

「………恐ろしいことです…」

「そうです。確かに感情的には自然な振る舞いなのかもしれません。しかしこれでは恐怖政治です。どのようにしても権力者に対する不満が消えることはありません。それが私の父であっても、あなたの父であってもです。貴族は人の上に立つ血筋……権威は覚悟と義務を併せて初めて持つことが許されます。力を振るうには、正当な意味がなければならないのです。そこにあってあなたの振り上げたその拳の、なんと軽いこと」

「………」

 反論どころか………私のプライドは、粉々に打ち砕かれた。家の悪口はもちろん許せることではない。しかし、それに対して力を振るってしまった私もまた、くだらんヤツだったのだ。私は家族と家名の誇りのために拳を握ったつもりでいたが、その実、自らを貶めていただけだったのだ…!

「カリア=ミート。あなたには私専属の近衛兵になってもらうつもりです」

「は………こ、近衛兵…?」

「やれますか?」

 つ、つまり、姫様の側近……!?

「やれますか…?」

 出世を望んだことはなかった。でもここが、自分が望まれている場所だというのなら……!

「……は!! 謹んで、拝命致します!!」

「……お願いします」

 差し出された手を取り、甲にキスをする。私の唇は、アルタナディア様に捧げられた――――。





 翌朝―――

「おはようございます、姫様!!」

 姫様の寝室前で待機していたカリアは、現れたアルタナディアに溌剌と挨拶する。しかし周囲はきょとんと目を丸くしていた。アルタナディアはカリアに見向きもしない…。

 やや割腹のある中年のメイド―――侍従長のマデティーノは眉根を寄せてカリアに迫る。

「姫様ではなく、アルタナディア様です」

「え? はい…? わかってますけど…」

 首を傾げていると、メイドの一人が小声で教えてくれる。昨夜のメイドだ。

「もし姉妹がいらっしゃったら、どちらかわからないでしょう?」

 …本当はそういうことではないと後で知るのだが、この時の私はそれで納得した。しかし、

「許可します」

 アルタナディア姫の一言に侍従たちはざわつく。マデティーノはさっきよりも目を大きく見開いている。

「カリア、私の呼称はそれで構いません。ただし、公的な場では正しく呼ぶように」

「は、姫様!」






 こうして、カリアの新しい日々が始まったのだが――――朝食時、早速マナーがなっていないと注意され、騎士団とは違う試練が畳み掛けてくるのだった。




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