09.変化。
***前回のあらすじ***
騎士団任命試験に挑んだクリスティアナは、医務室にて目を覚ました。一方、死神と名高い赤の騎士団団長セドリックは、クリスティアナが未だ王太子との仲を取り戻そうと模索していると思い込んでいたが、手合わせをしてみて、そうではない事に気が付いた。セドリックは、ひたむきなクリスティアナに興味を示した様だった。
漸く痛みも引いて来た私は、エメリックに付き添われ、団長の執務室へと案内された。
時折すれ違う侍女や客人らしいご婦人が足を止めてぽわんっとした熱っぽい視線を向けて来る。ちらり、と隣を歩くエメリックを覗き見る。
うん。確かにイケメンだ。
柔らかな栗毛に琥珀色の瞳。ちょっとたれ目なのが、男っぽさの中にどこか可愛らしさを与えている。がっちりとした体格は鍛え抜かれてなお、しなやかな印象を与える。身長は私の視線が顎のあたりに来るくらい。180㎝は超えてそう。聞いたところによると、侯爵家の三男で独身。歳も23歳と若い。しかも、王宮騎士、白の騎士団に席を置いている、となれば、それはモテるだろう。
「エメリックはモテるんだな。さっきから女性の視線が熱いぞ」
ニヤニヤしてそういうと、エメリックは、はぁ?っと間の抜けた声を上げた。
「いや、あれはお前にだろ?クリス」
ほっほう。まぁ、ちらっとそうかなと思わなくもない。私はどうやら女にはモテるらしい。男には全くモテ無いのに。
まぁ、別にモテたくもないけど。良いんだけど別に。
ただなぁ。今まで散々男女だの、氷で出来ているだの、貧相だのと散々嘲られたというのに、服装を変えただけでこの掌の返しよう。
試しに視線を向けて、にっこりと微笑んで見せたら、きゃぁ、と黄色い声が上がった。
チョロい。
彼女達はまだ、私が噂の公爵令嬢だとは知らないのだろう。何人か見知った顔もあったが、私がそれと気づいた様子は無い。きゃぁきゃぁと小さく黄色い声を上げている。いつもは淡々と職務をこなしているように見えた侍女達も、男の前だとこうなるのか。いや、私は一応女だけど。胸が無かろうが尻が薄かろうが女だけど。私も別人だろうが、私から見る彼女たちもまた、別人の様だった。
***
次の仕事があるからと言うエメリックと執務室の前で別れ、私はセドリックと向かい合っていた。
「それでは、クリスティアナ=アデルバイド。貴殿には我がクェレヘクタ王国赤の騎士団への入団を命じる。主な職務は魔物の討伐になる。入団式は一週間後。入団後は直ぐに職務に付いて貰う。それまでに準備を整える様に」
「畏まりました」
私は騎士の礼を取る。
団長直々に育てる、とエメリックから聞いて知ってはいるが、正直卒倒しそうだった。セドリック=ウィンダリア率いる赤の騎士団と言えば、最も過酷な騎士団としても有名だ。
街の外に広がる森での討伐がメインとなり、出撃の頻度も高く死者が出ることも少なくない。内心マジかーと思うが、贅沢は言えない。簡単な道のりで無い事は判っている。
深く下げた頭を上げると、意外な事に昨日のあの視線が嘘の様な、柔らかな視線と目があった。残酷な血の色に見えた瞳も、今は冷たさを感じない。
「お前は私にクリス、と名乗ったな。私もクリスと呼ばせて貰おう。此処では女も男も貴族も平民も無い。一騎士として扱うからそのつもりで。当面は私の下に付き、騎士見習いとしてやってもらう事になる。頑張れよ。今日はもう帰って良い。明日正式に団員達に紹介をしてやろう」
……労われた。あの、死神団長に。
抑揚の無い低い声は変わらないのに、言葉にも、どこか優しさが含まれている気がした。
一体何の心境の変化だろうか、と私は心の中で首を捻った。
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