08.セドリックの誤算。
***前回のあらすじ***
任命試験が始まった。相手はあの死神と称される赤の騎士団団長のセドリック。認めさせたいと剣を振るうクリスティアナだったが、セドリックの前では赤子も同然に全て防がれてしまう。狙った1手さえも繰り出す前に一撃をくらい、クリスティアナは意識を手放した。
白い──。
白い、天井。銀糸の模様は、蔓草だろうか。 見覚えの無い風景に、ズキズキと痛む頭を押さえ、ゆっくりと体を起こす。横を向くと、エメリックの琥珀色の眼が、悪戯っぽい色を浮かべ此方を見ていた。
「起きた?頭大丈夫?」
「……めちゃくちゃ痛い」
少しずつ、意識がはっきりとして来る。手も足も、出なかった。まるで大人と子供だった。
文字通り、けちょんけちょんだ。女だと、侮っているだろうセドリックを見返してやろうだなんて、どこまで己惚れていたのか。
情けなくて悔しくて恥ずかしい。泣きそうだ。
思わず顔を覆った私に、エメリックは可笑しそうに笑う。
「そう悲観する事ないって。俺は凄いと思ったよ?」
「どこがだよ」
「そもそも相手は団長だよ?勝てると思ってたなら己惚れんなってはっ倒してるとこ」
そりゃそうだ。
流石に勝てるなんて思って……思って、無かったか? 本当に?
・・・・・・。
うわぁ、最悪だ。どんだけ恥ずかしいんだ、私は。
何処かに穴は無いか。寧ろ掘って埋まるべきだろうか。
「取りあえず、さ。おめでとう!」
「……は?」
「セドリック団長がね。直々に育てたいってさ。まぁ、当面は見習い扱いだろうけど、団長はクリスに何か見出したみたいだよ?」
ちょっと羨ましい、そう言ってエメリックは子供の様な笑みを浮かべた。
***
クリスティアナが運び出された後、セドリックは執務室へと戻ってきていた。書類にサインをし、くるりと巻いて印璽で封をすると、大きく息を吐きだし、目を閉じた。
先ほどの手合わせを思い返す。
最初に、クリスと名乗った彼女を見た時は、やけに白い肌の、なまっちょろい自信ばかり過剰になっている貴族のボンボンと言った印象だった。
よもや女だったとは。
後から王太子が婚約破棄騒ぎを起こした元婚約者の公爵令嬢だと、陛下から届いた書面で知った。
つまり。
貴族のご令嬢の駄々かと思った。
王妃になる筈が捨てられて自暴自棄になったにしては、随分と晴れ晴れとした顔をしていた。大方、騎士としての名目で王太子の傍で後釜なり狙うつもりなのだろう。若しくは新しい婚約者殿に危害を加えて引きずり下ろす算段なのか。
そうまでして自分を振った男に媚びる浅ましさに吐き気がしそうだ。兎角貴族と言うヤツは、権力さえあれば何でも望みが叶うと思っている傾向が強い。欲しいと駄々を捏ねれば、周りがそれを叶えてくれる。それを貴族の当然の権利だと憚りもしない。呆れてものも言えない。まるで子供のごっこ遊びだ。
騎士は常に命を落とす危険と隣り合わせ。
国を、王家を護る為にはその命を投げ出す覚悟も無しに務まるほど甘くはない。国王の勅命とあらば、異論は認められない。甘くはないと早々に判らせて大人しくして貰う他無さそうだ、そう思っていた。
──が。
何だ、あれは。
貴族のご令嬢の戯れとは思えなかった。
少なくとも、婚約破棄で自暴自棄になっているとも、よからぬ算段を図る浅ましい女にも見えなかった。
真っすぐな、強い意志を覗かせる瞳。冷たい氷の様なアイスブルーの瞳は、寧ろ炎の様な熱を持っていた。
剣を弾けば、普通のご令嬢であったなら容易く倒れ伏しただろう。が、あの女は自分の剣に逆らわず、剣が当たった刹那、弾く側を読み剣をその軌道に乗せて次の攻撃へと移してくる。優に1時間近く右から、左から、攻撃を仕掛けて来た。
死神と称される自分に怯えるでもなく真正面から挑んでくるその姿勢に、迷いは全く感じられなかった。弾き飛ばしても飛ばしても、諦めの色を浮かべずに、ずっと何かを狙っている、そんな目だった。まるで計算高い野生の獣だ。
今はまだ拙いが、戦い方を覚えたら、いつか自分の背を預けられる騎士へと変貌するかもしれない。
それに──。
美しいと、思った。
長い髪が尾の様に踊るのも、零れ落ちる汗の雫も、動く度にきゅっと引き締まる筋肉の躍動も、あの真っすぐな眼差しも、険しく寄せた眉も、荒く息を吐き出す歪んだ口元さえ。
息を飲む程に美しかった。
妙に脳裏にこびりついてくる。
まるで金剛石の原石の様な女だ。
磨けば一体どんな輝きを見せるのか。
「実に面白い」
ク、と喉を鳴らすと、セドリックは執務室を後にした。
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