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06.兄の困惑。

***前回のあらすじ***

クリスティアナは夢であった騎士としての任命試験を受けられることになった。

案内をしてくれた騎士エメリックに連れられて、初めて王宮の騎士団の訓練所へと向かったクリスティアナは、そこで「死神」と恐れられるセドリック=ウィンダリアと初めて対面し──

「─クリス」


 名前を呼ばれ、剣を振っていた私は手を止めた。


 城から戻った私は、そのまま屋敷の中庭で、明日の任命試験に向け、剣を振るっていた。

 まだ明るい時間に、剣の稽古をするのは10年ぶりか。

 いつもは夜遅くに、グレンに付き合って貰い、誰にも気づかれぬ様にと屋敷の外の森でこっそりと稽古をしていたが、私は早く体を動かしておきたかった。


 声の主は、6つ年上の兄、ヒースクリフだった。

 隣国のリンドブルム王国へ留学中の兄は、久しぶりに帰省してきている。


「クリス。お前は何を考えている?」


兄の声は、私を責めるような声音では無かった。純粋に、分からない、と言った困惑の声。


「男の様な成りをして、こうして剣を振り……。お前を捨てた男の騎士になるなどと。お前はまだ16だぞ? 婚約を破棄されたからと言っても、公爵令嬢の地位は揺らがない。お前を望んでくれる者も直ぐに現れるだろう。なのに何故」


 それを、捨てようとするのか、と。兄の口調からは、まるで私が捨てられて自暴自棄になっていると思っている様だった。


「令嬢は令嬢らしく、ですか? 兄上。私は誰とも結婚はしない。兄上が。父上が。母上が。私が私らしく生きることを許しては下さらなかったのでしょう? 女らしくあれ、令嬢らしくあれ、剣を持つな、馬に乗るな、男の仕事に口を出すな、ドレスや刺繍に興味を持てと。ロンだけが、ロンバート殿下だけが、私を認めて下さった。男勝りの私で良いと。私に相棒になれとそう言って下さった。幼い頃より私が望むのは1つだけ。ロンバート殿下をお守りする事だけです」


***


 ああ、そうだった、と、口の端を上げて笑う妹に、今更ながら、気づかされる。

 そうだ。元々妹は、クリスティアナは、こういう子だったのだ、と。


 あの日──

 クリスティアナとロンバート殿下の婚約が決まった翌日から、クリスティアナの次期王妃としての教育が始まった。


 慣れないドレスに身を包み、可愛らしく結い上げた髪にリボンを付けた妹は、少々気の強そうな所さえ、愛らしかった。

 クリスティアナのお転婆に手を焼いていた父と母は、大層喜んでいたのを覚えて居る。


 けれど、あの日から、クリスティアナの顔から少しずつ笑みが消えた。

 陽だまりの様に笑う笑みは、静かな、感情の伴わない微笑に。

 元気よく駆けまわっていた足は、走ることをしなくなった。

 気が強く物怖じをしなかった子が、口答えを一切しなくなり、常に一歩下がる様に。

 眩い程に輝いていた妹は、確かに幼いながらにもどこに出しても恥ずかしくない淑女になったが、その変わり様はまるで別人になったかのようだった。

 最初の内は余りの変わり様に、家族も屋敷に仕える者も、心配をしたが、やがてそれも日が経つにつれ、日常に淘汰されて行った。


 16になったクリスは、非の打ち所の無い令嬢となっていた。

 見た目は女らしさに欠けるものの、公爵家令嬢に相応しい、凛とした佇まいに細部にまで行き届いた優雅な仕草、高価な宝石を纏っても遜色がない冴え冴えとした美貌に、お茶会の席で見せる豊富な知識と教養は、既に王妃としての威厳さえ伺えた。


 だから、気づかなかったのだ。

 あの優雅な姿は、令嬢としての仮面だったのだ、と。

 10年もの間、一切自分というものを出さず、与えられた未来の王妃としての立場を、演じていただけなのだ、と。


ブクマ、評価、有難うございます!!次は夜に更新します。

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