51.願いの叶う時。
***前回のあらすじ***
ロンバートの告白は、とても悲しいものだった。不貞の子として生まれていたという事実。母である王妃に命を狙われていた事。毒を盛ったのが姉と慕っていた侍女だった事。父王を殺害し、母を罪に陥れ、自分の血を引くロンバートを王位に据えようとした叔父。母を愛したが故の愛憎の果てに起こした罪だった。
王妃は、王弟の言葉にがたがたと震えた。王は頭を抱え項垂れ、王弟ヴァレンティンを連れていく様に命じた。ヴァレンティンの極刑は免れないだろう。王妃と侍女オリヴィエもまた、騎士によって広間から連れ出された。オリヴィエは牢へ、王妃は塔への幽閉となる。
事態がまだ呑み込めないのか、サーフィスも蒼白になって呆然としていた。
しっぽが掴めない筈だ。情報を漏らしていたのは、他でもないロンバートとサーフィス殿下自身だった。よもや自分を愛してくれていると信じて疑わない実の母に命を狙われているなど、どうして気づくことが出来ようか。
毒を盛られ苦しむ自分に涙を浮かべずっと看病をしてくれていたその人が、その毒を盛らせた張本人だとどうして思う事が出来ようか。
姉の様に慕って来た、ずっと一緒に居てくれると思っていた侍女が、自分に毒を盛るなどと、どうして思う事が出来ようか。
「父上。このような形で母上を断罪することになってしまい、本当に申し訳ありません」
ロンバートは深く王へと頭を下げる。
「……いや。良く調べてくれた」
王の声には覇気が無い。当然だ。自分の妻と弟が、我が子の命を、そして自分の命を狙っていたのだと付きつけられたのだから。
「今回の事で私に協力をして下さった皆。心より感謝申し上げる」
ロンバートは、此方に向きなおり、深く頭を下げた。臣下に頭を下げる事などしてはならないものなのだが、誰も何も言わなかった。
この場に残っている者は皆、ロンバートの協力者なのだろう。兄上がこそっと耳打ちをしてくれる。
「お前の為に父上が尚書官や徴税官、文官に出向いて頭を下げたんだ」
私が父上を見やると、父上の優しい瞳が見下ろしていた。母上はそんな父を誇らしげに見つめている。
「父上。こんな結果になって誠に遺憾です。ですが、ここに居られる此度の事に尽力してくれた者が、きっとサーフィスを支えていってくれるでしょう」
王はのろりと顔を上げる。サーフィスは名を呼ばれ、慌てて立ち上がり佇まいを直した。
ロンバートはそんなサーフィスに笑みを浮かべ、私の隣で瞳に涙を浮かべ、口を押えて嗚咽を堪えるシェリナへと向きなおった。
シェリナへと歩み寄ったロンバートは、シェリナへと視線を落とす。
「シェリナ。辛い思いをさせて済まなかった。もしも──。 ……もしも、こんな俺をまだ思ってくれているのなら。もう一度、言わせてくれ」
シェリナの瞳から涙が止めどなく零れ落ちる。ロンバートはシェリナの前に跪いた。
「シェリナ=オッド嬢。貴女を心から愛している。どうかこの私の妻となり、生涯私の傍で共に生きては頂けないだろうか」
ロンバートの手が、恭しくシェリナの手を取る。ロンバートがその指先に唇を落とした。
「は……い!ロンバート殿下。私も殿下を心よりお慕い申し上げております……」
大きな水色の瞳に涙が浮かんでは頬を伝って零れ落ちる。ロンバートは嬉しそうに目を細めた。
「シェリナ。貴女のそのドレス、贈ったのはロンだよ」
王へと向きなおったロンバートをうっとりと見つめるシェリナに、私はそっと耳打ちをする。シェリナは驚いたように目を見開き、そっと自分のドレスに触れる。幸せそうに「嬉しい」と呟いた。
「父上。どうかシェリナ=オッド男爵令嬢との婚約をお許し頂きたい。オッド男爵がお許し下さるならば、入婿を望みます」
「お前には敵わんな……」
国王は憔悴しきった様子だが、小さく苦笑を浮かべ、頷いた。シェリナの頬が薔薇色に染まる。
王が頷くのを見ると、ロンバートも嬉しそうにシェリナと向かい合い、微笑みを交わす。思いもよらない結末となったが、2人にとっては、やっと掴んだ幸せとなった。漸くほっとしたように、周囲から拍手が沸き起こる。
嬉しそうに笑ったシェリナの顔は、今までで一番美しかった。
***
後日、オッド男爵家より、無事婚約の承諾の知らせが届いたと、エメリックが詰所へと報告に来てくれた。
「ロンバート殿下はオッド男爵の領地へ移られるそうだよ。俺はサーフィス殿下の側近に移される事になった。クリスはどうするんだ? ロンバート殿下に仕えるのが夢だったんだろ?」
「ああ、うん。私は、赤の騎士団に残るよ」
私なりに、ロンバートに付いていく事も考えはしたが、私は此処に残る事を決めた。ダグラスの一件から、思って居た事がある。
「離れていても、私なりに力になれる事もあると分かったから。オッド領にも、瘴気が沸く場所があるからね。オッド領では騎士としての私に出来る事は殆ど無さそうだから。私はセドの片腕として、此処から力を尽くそうと思う」
「そっか」
やっと終わったな、と、エメリックが感慨深げに空を仰ぐ。私はエメリックの言葉に頷いた。1つの事が終わり、また次が始まる。
季節は夏から秋へと移り変わっていた。
***
「それじゃ、クリス。世話になったな」
馬車の前でロンバートはシェリナの腰を抱いて片手を差し出した。私はその手をぐっと握る。
「ロンも、元気で。シェリナもね」
「はい、クリス様。色々お世話になりました」
「エメリック。サーフィスの事、宜しく頼むな」
「はい。この身に代えてもお守り致します」
「来年のシーズンには戻って来るよ」
オッド領は此処から馬車で3日は掛かる。来年のシーズンまで、暫しのお別れだ。ロンバートはこれからオッド男爵に付いて、領地の管理を学ぶらしい。オッド領は小さな村があるだけの小さな領地だ。それでも民と身近に接し、起こした行動が即目に見えるのは遣り甲斐があるとロンバートは笑った。
御者にせかされ、ロンバートとシェリナは馬車へと乗り込む。馬車に乗り込む直前、シェリナが私に振り返り、ぎゅっと抱きついて来た。私はシェリナを抱き止めて、その髪に口づけを落とす。
二人を乗せた馬車が走り出し、私はセドリックに寄り添って、見えなくなるまで見送った。
ご閲覧・評価・ブクマ・誤字報告有難うございます!やっとこロンバートとシェリナ、結ばれました。次が最終話になります!更新は明日の朝を予定していますが、深夜になるかもしれません。




