05.公爵令嬢、騎士団に行く。
***前回のあらすじ***
クリスティアナは翌朝、男の格好に身を包むと、王の許へ訪れた。驚く国王に対し、王太子の婚約破棄の失態に因る王位継承権剥奪の宥免を願い出る。そうして、クリスティアナは幼い頃からの夢であった王国騎士団への入団を希望した。
近衛の騎士に案内されて、私は騎士の詰所へと向かう。
案内をしてくれた騎士は、困惑気味に私をちらちらと覗き見る。
城内を歩く侍女やどこかのご令嬢が、私を見て足を止めるのが目の端に映る。
見られる事は、以前も良くあった。
笑みも浮かべぬ冷徹姫、可愛げの無い悪魔の様な女だと向けられた冷たい視線も、今は憧れにも似た羨望の眼差しだ。
自然と胸を張る。気分が高揚し、自然と口元に笑みが浮かぶ。
氷の微笑と称された笑みではなく、自然と浮かぶ笑みは解放感があった。
「その……。クリスティアナ様は──」
躊躇いがちに口を開いた騎士に、私は浮かんだままの笑みをそのまま向ける。
「クリスで良い。敬語も不要だ。宜しく頼むよ。貴殿の名を聞いても良いだろうか」
2度3度瞬きをした騎士は、は、と破顔した。
キリリとした顔が途端に幼く見える。彼も緊張していたのかもしれない。
「エメリック=バーナード。しかし、噂とは随分と違うな。もっと冷たい女かと思っていたのに」
「良く言われる。令嬢には令嬢の戦いと言うのがあるんだよ。愛らしく守られているだけでは務まらない。あっという間に潰される魔窟なんだぞ?」
私がそういうと、エメリックはそれは怖い、っと笑った。
***
騎士団の詰所へと案内をされた私は、今日は顔合わせだけで、明日配属先を決める試験を行う事になった。
私の最終的な希望先は王族の護衛を任される近衛隊だが、取りあえずは城の警護を任される王宮騎士団への入隊が希望だ。
配属先が決まれば、国王陛下の御前にて入隊式が行われ、国王陛下より賜るクェレヘクタの刻印が入った騎士の剣と騎士の証となる懐中時計を受け、騎士の誓いを持って正式に騎士として任命される。
私は軽い挨拶を済ませ、エメリックに案内をして貰い、騎士の訓練所へと向かった。
騎士団の訓練所は活気が溢れていた。鋭い怒声が飛び交う。打ちあう騎士たちは真剣そのものだ。思わず肌が粟立つ。
幼い頃から憧れていた光景が目の前に在った。
幾ら国王陛下の許しがあったとしても、使い物にならなければ騎士見習いと言う名目で末端の騎士団へと配属され、雑用係になるだけだ。
それでは意味が無い。全ては明日の試験次第。此処から先は実力だけがものを言う。貴族としての地位も此処では何の意味もなさない。
思わず拳を握りこむ。
鼓動が高鳴った。
騎士団に怒声を浴びせていた男がこちらに視線を向ける。
日に焼けた褐色の肌。引き締まった体つき。艶のある黒髪。切れ長の瞳は深い血色。
思わず息を飲む。
「エメリック。此方は?」
此方へと歩み寄ってきた彼は、私よりも頭1つほど高い。かなり大柄な男だ。
私に向けられる視線は冷たかった。抑揚の無い低い声も、憎まれているのかと思う程、冷たい声。
「クリスと申します」
──声が、震えない様にするのに必死になる。
下げた頭に、冷たい視線が向いて居るのが判る。何もかも、見透かす様な目だった。
あえて私はフルネームを名乗るのを止めた。
女だと見下されるのは御免だ。家名も必要ない。見て欲しいのは、私個人。ただのクリスで良い。
「国王陛下より騎士団への入隊を許された者です。明日任命試験を行う様にとの仰せです。後ほど正式な通達がなされるかと」
「そうか。セドリック=ウィンダリアだ。──見学は構わんが訓練の邪魔をするなよ」
──やっぱり。彼が、セドリック=ウィンダリア。
名前くらいは子供でも知っている、死神と称される男だった。
僅か数名の騎士を引き連れ、辺境の地へと赴いて反乱軍を根絶やしにしたという話は記憶に新しい。
酷くそっけない口調で冷たく私を一瞥すると、セドリックはまた騎士達の中へと戻っていった。
私はそっと、エメリックに気づかれない様に、息を吐きだした。
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