49.夜会。
***前回のあらすじ***
ダグラスは生きていた。記憶を失っていたダグラスは、再開によって記憶を取り戻す。再開を喜ぶクリスティアナ達。ダグラスは、王都には戻らず、この小屋でユスと共に生きる事を決めた。2度目のダグラスとの別れは、お互いの進む道の幸せを祈る、心地の良い別れだった。
──締め切った密室の中。分厚いカーテンが外の光も遮断する。普段は使われていない部屋の一角で、数名の男達が集まっていた。
重厚な作りのテーブルの上には、ばら撒かれた様に散らばる幾つもの書類。ロンバートは苦し気に息を吐きだし、手にしていた書類を握りつぶす。深く吐きだした息に燭台に灯された蝋燭の火が揺らめいた。
「これは、本当に事実なのか?」
「残念ながら」
普段の陽気な彼とは思えないほど、淡々とした表情で無情に告げるのは彼の側近でもあるエメリックだった。
「嘘だろう……。 まさかこんな事だったなんて……」
苦悩の表情で頭を抱えるロンバートに、エメリックは僅かに哀れむ様な目を向けた。
「如何なさいますか? 殿下」
「知ってしまった以上、無かったことには出来まい。何処かで終わらせなくては。終止符を打つのが俺の役目だ。──予定通り、次の夜会で、真実を明るみに出す」
「畏まりました」
エメリックはロンバートの言葉に、深く頭を下げた。
***
「クリス様ああぁぁ……っ」
はわわわわ、っと顔を真っ赤にして震えるシェリナに私はごめんと苦笑する。かくいう私もただいま絶賛締め上げられ中なのだが。
今夜の王家主催の夜会に合わせ、私は朝早くからシェリナを屋敷へと招いていた。現在シェリナは我が家の侍女軍団によって襲撃──もとい、夜会の準備をされている。
シェリナは訪問するなりマリエッタを筆頭に捕獲をされ、全身磨かれ、香油を塗られ、ただいま3人がかりでコルセットを締め上げられている。真っ赤になったシェリナはぷるぷる震えながら侍女達のコルセット締め上げという拷問(?)に耐えていた。
同じく私もシェリナ同様にすっかり荒れた肌を此処数日掛けて磨き上げられ手入れをされて同じくギリギリとコルセットを締め上げられている。
一体どこのどいつがこんなもの発案したのか。訴えてやりたい。別段美しくなりたいと思っていない私にとっては拷問以外のなにものでもないんだが。
ぎゅうぎゅうにコルセットを締め上げられ、シェリナはロンバートから贈られたウエストの細い淡いピンクのドレスに身を包む。たっぷりとレースの施されたピンクのドレスはとても初々しい可愛らしいデザインでありながら、とても上品だ。華奢なシェリナに良く似合う。
「素敵なドレス……。本当に宜しいのでしょうか。」
鏡に映った自分の姿に頬を押さえ、感嘆の息を漏らすシェリナ。
対する私はというと、深みのあるダークレッドから黒のグラデーション。無理やり作った胸と強引に締め上げたコルセットでスタイルを何とか矯正した、体にフィットするエンパイアラインのドレスだ。実はこのドレス、4枚の布が折り重なっているだけで、ぺらっと捲ると太腿が丸見えになってしまう。何故こんな作りかと言うと、何か起こった場合、騎士としての職務を全うする為だ。因みにドレスの下には細身のダガーが仕込んである。……に、してもこれは……。
「うっわぁ、お嬢様似合い過ぎます! 凄い悪そう!」
私を着付け終えたマリエッタが何故かとても嬉しそうに宣う。思わず私は顔を顰めた。うん。私もそう思ったよ。凄い悪そう。しかも我ながら良く似合っていると思う。試しにニヤリと笑ってみせると、マリエッタが「こわいー! 悪の華ですね! 素敵ーー! お嬢様惚れ直してしまいますわー!」と大喜びをしている。良いんだよ。今回の私はいざという時の為のシェリナを守る護衛でもあるんだから。多少威圧感ある方がシェリナにちょっかいを出そうとする連中への牽制になる。
シェリナは髪をハーフアップにし、ロンバートの瞳と同じ鮮やかなエメラルドの宝石の付いたリボンを飾り首にも大ぶりのエメラルドをあしらった首飾りを付ける。私は大ぶりの鮮やかな赤い薔薇の髪飾りに同じく鮮やかな赤い薔薇のチョーカー。悪どさ倍増。セドリックに幻滅されなければいいが。
薄く化粧を施されたシェリナは妖精の様に愛らしく、私は化粧は薄目だが赤い紅を引いた薄い唇と氷の様に冷たい切れ長のアイスブルーの瞳のお陰で、絵にかいたような悪役令嬢に見えた。
「準備は出来たかい?」
父と兄が迎えに来る。母も様子を見に付いて来た。母も準備が終わった様だ。
「まぁ、シェリナ様本当に愛らしいわ! ほら、クリスってこういう子でしょう? 私は可愛いドレスを着せたいのに、この子全く似合わないのだもの。 いっそクリスとトレードしてしまいたいほどよ!」
悪かったな男顔で。こんな風に生んだのは母上、貴女でしょうに。
兄は私を見て苦笑する。父は何とも複雑そうな顔だ。
「我が妹ながら性格悪そうだな。もうちょっと何とかならなかったのか」
「セドの髪は黒で瞳は赤なんです。彼の色を取り入れたいと思ったらこうなってしまうでしょう」
つん、と澄ましてそっぽを向くと、兄も父も可笑しそうに笑った。兄は緊張した面持ちのシェリナへと向きなおる。
「シェリナ嬢、良くお似合いだ。妹に頼まれてね。こんな可愛らしいお嬢さんをエスコート出来るとは光栄だ」
「ご迷惑をお掛けいたします、ヒースクリフ様。どうぞよろしくお願いします」
兄が片手を背へ回し、シェリナの手を取るとその指先に口づける。シェリナは兄の手を取ったまま見事なカーテシーをしてみせた。
***
会場入りをすると、周囲がざわめいた。私の手を取るのはセドリック。滅多に夜会に出て来ない死神と恐れられるセドリックと、久しぶりの夜会出席の氷の令嬢の私。しかもセドリックの装いは私に合わせ黒のタキシードだ。私とセドリックが並ぶと、まるで悪の帝王とその妃にでも見えそう。私は久しぶりに公爵令嬢の氷の仮面を被り、口元に薄い笑みを浮かべ堂々と進む。
私の兄を伴って現れたシェリナにも、視線が集中した。
玉座には国王陛下と王妃殿下、ロンバート、第二王子のサーフィス殿下が着席をし、挨拶を受けている。やがて国王陛下の夜会開催の挨拶で、美しい音楽が流れ出す。ロンバートに動きは無い。何事もなく夜会はスタートした。
私はセドリックと、シェリナは兄とファーストダンスを踊る。
「まるで大輪の薔薇の様だな。クリス。俺の婚約者は美しい」
くすくすと笑うセドリックに私は頬を赤らめる。
「100年の恋は冷めた?」
「まさか。惚れ直した」
口づけしそうな程に顔を寄せ、囁く様に言葉を交わす。周囲の目を忘れてしまいそう。ロンバートが何をするつもりにしても、今はダンスを楽しむことにした。シェリナも兄上と会話が弾んでいる様だ。柔らかくしなやかに踊るシェリナは、普段のドジっぷりが嘘の様に優雅で洗練されている。文句なしの腕前になっていた。
ダンスを終えると、兄上は久しぶりにお会いした友人に挨拶しにシェリナから離れて行った。私とセドリックも、声を掛けられる。あえてシェリナからは余り離れない様にした。案の定、ひそひそと扇子で顔を隠す様にして話していたご令嬢数名が、シェリナの方へと近づいてくる。彼女達はよほど暇なのだろう。
「まぁ。下賤の小娘が随分と頑張ったのね。安物のドレスにしては良く出来ているのではなくて?」
「貧乏人は大変ですわね。今宵はアデルバイド家のご子息とご同伴だなんて、随分と浅ましい事ですこと。殿下だけではなくヒースクリフ様も毒牙に掛けられたのかしら?クリスティアナ様にまで馴れ馴れしくなさって、ヒースクリフ様に取り入ったの? まるで娼婦ね。目障りだわ」
始まったな。私は会話を交わしていた子爵にカーテシーをし、そっと静かにシェリナを囲むご令嬢の後ろから近づく。じっと詰め寄ってきたご令嬢達を見つめていたシェリナが、静かに口を開いた。
「恐れながら、ドレスはクリスティアナ様からのプレゼントですの。わたくしはとても気に入っているのですが、その様に言われるととても悲しいですわ。皆様方はクリスティアナ様が私に安物を与えたと仰りたいのでしょうか」
うっとドレスを皮肉っていた令嬢が言葉に詰まる。公爵令嬢からの贈り物を安物だと馬鹿にしたのだ。十二分に不敬になる。
「それに、今宵の夜会の出席はクリスティアナ様に是非ご一緒致しましょうとお誘い頂きましたの。 エスコートもクリスティアナ様がヒースクリフ様にお声掛けして下さいましたわ。 なのに、クリスティアナ様とヒースクリフ様のご厚意をその様に仰られてはお二人が悲しまれます」
──お見事。シェリナの切り返しに私は舌を巻く。グレンはこういう事まで教育してたのか。お見事だけど一体何を教えているんだ。
「そ……そんな事信じられませんわ! 貴女の様な末端貴族の娘に何故公爵家のご令嬢がそこまでなさると言うの? ありえないわ! 嘘をおっしゃい!」
「あら。嘘などではありませんわ? わたくし、シェリナ様とはとても親しくさせて頂いておりますのよ?お友達への贈り物などそう珍しい事ではないのではなくて?」
声を荒げた令嬢に、私は後ろから声を掛ける。
ご令嬢達はひっと小さく息を飲み、振り返った。私はご令嬢達の間を堂々と突っ切り、シェリナの傍らに立つとご令嬢達に向きなおった。
「クリス様」
ぱ、っと花が開く様に微笑むシェリナに、私もにっこりと笑い返した。それからゆっくりとご令嬢へと向きなおる。令嬢達は皆顔を蒼白にしていた。私の口元には、氷の微笑が浮かんでいる。
「お話の途中でしたわね。わたくしの事はお気になさらず。どうぞお続けになって? わたくしの大事なお友達に随分と面白い事を仰って居られたみたいですもの。是非わたくしもお聞きしたいわ」
「い……いえ、私達は何も……。し……失礼致しますわ!」
令嬢達がそそくさと離れていくと、シェリナが頬を染めて私を見上げた。
「ありがとうございます、クリス様」
「シェリナの勝ちだよ。強くなったね」
私はシェリナに微笑むと、彼女の手を取り、その指先に口づけを落とした。
***
夜会は滞りなく進み、陛下の閉会の宣言で幕を閉じる筈だった。
が、ここでついにずっと黙していたロンバートが動いた。
「恐れながら国王陛下。少々宜しいでしょうか。申し上げたき儀が御座います」
ロンバートの凛とした良く通る声が響く。またかという様に国王陛下が眉を寄せた。ロンバートが視線を巡らせると、控えていた騎士数名が、参列の貴族の数名に声を掛けて回る。会場が何事かとざわついた。私とセドリック、シェリナの傍にもエメリックが声を掛けに来る。小さく頷いて見せるエメリックに、私も頷き返した。
「参列の皆には申し訳ない。この機を逃がせばお会いする機会を得るのが難しい者も居る為、このような場で発言する無礼を詫びる。父上。母上。サーフィス。どうかそのままご着席を。今近衛兵がお声かけをした者はこの場に残って頂く。他の者は、お引き留めし申し訳なかった。どうぞご退場を」
困惑する参列客は騎士に促され、広間を出ていく。重く扉が閉ざされた。残された者は数名だ。国王陛下は額に手を当てため息をつき、王妃殿下は蒼白になってサーフィス殿下に背をさすられている。ロンバートは玉座のある壇を降りて王へと向きなおる。
「いきなり始めなかっただけよしとするが、今度はなんだ。ロンバート」
「父上にお伝えしたき事が数点。 まずは、私、ロンバート=クェレヘクタは謹んで王位継承権の辞退を申し入れます」
「ほう」
「それに伴い、サーフィスが王位第一継承者となる訳ですが……。父上も覚えておいでかと思います。私が何度か毒を盛られ生死の境をさまよった事。事故に見せかけ何度か命を狙われた事。父上ご自身も毒を盛られた事が御座いましたね」
「無論覚えているが……」
「漸く、誰が何のために起こした事なのか突き止めることができました」
国王がはっと息を飲み、僅かに身を乗り出した。
「それは、誠か?」
「はい」
ロンバートはゆっくり頷いた。顔を上げたロンバートの目は、真っすぐに王妃へと向けられていた。王が、その視線に気づき、隣に座る王妃へと視線を移す。母の背をさすっていたサーフィスも、息を飲んだ。王妃の顔はこわばり、紙の様に白くなっていた。
「──私に毒を盛ったのは── ……貴女だったのですね。母上」
シン、と静まり返った広間に、悲痛なロンバートの声が、響いた。
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