48.それぞれの道。
***前回のあらすじ***
一晩中馬を走らせて、クリスティアナ達はコンフォートの砦へとたどり着いた。駐在の騎士の案内でクリスティアナ達は詳しい話を聞く為、東の森の外れにある小さな村を訪れる。そこで出会ったアルビノの少女、ユスに連れられ、クリスティアナ達は、ダグラスが居るという小屋へと向かった。
「お帰り、ユス。遅かったね」
──息を、飲んだ。
小さな小屋の中で、テーブルを拭いていた青年が視線を此方へと向ける。
その声。その鳶色の髪と、瞳。平民の服に身を包んではいるが、こちらを見て、きょとんとした顔をしているその顔は間違いなく──。
「──ダグ!!」
思わず見入ってしまった私の横をエルヴィエが駆け抜け、そのままダグラスへと勢いよく抱きついた。咄嗟にエルヴィエを支え、驚いたように目を白黒させているダグラス。ダグラスは、びっくりした顔のまま、エルヴィエを見て、私を、チェスターを、セドリックを見た。それからもう一度首にしがみつき、ダグラスの名を呼びながら泣きべそをかいているエルヴィエを見る。じわり、とその顔が嬉しそうに綻んでいく。
「……ヴィー?」
エルヴィエが、はっと涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。
「チェスター、団長……。──クリス!」
あは、っと子供っぽい顔で、ダグラスがエルヴィエをぎゅっと抱き返し、私達へ満面の笑みを送ってくる。その顔を見たとたん、私の涙腺も崩壊。チェスターも目に涙が浮かぶ。私とチェスターもダグラスへ駆け寄ると、そのまま一緒にダグラスへと抱き着いた。笑い声を上げ、私達を抱きしめ返すダグラスを、セドリックとユスが少し下がってみていた。
***
「なんだよっ! 覚えてたんじゃないかぁっ。 ほんっと、どれだけ心配したと思ってんだよぉ! すっげぇ探し回ったんだからな!」
「違うって、ほんと思い出したの今の今だよ、ヴィーが俺に抱きついてぴーぴー泣くから。悪かったって、怒んなよ」
「ぴーぴー言ってないし怒ってもないっ」
泣きべそ顔のまま唇を尖らせるエルヴィエに、ダグラスがユスの淹れてくれたお茶を飲みながら可笑しそうに笑った。
「本当に無事で良かった、ダグラス。心配したぞ。もう駄目かと思った」
「団長、ご迷惑とご心配お掛けしてすみません」
ダグラスは、テーブルに両手を付いてぺこっと頭を下げる。
***
ダグラスの話は、おおよそセインが推測した通りだった。崖から落ちたダグラスは、森に落ちる直前に必死に風の魔法を使い、落下の勢いを殺したのだという。その後森へと落ち、視界が一面木々に覆われ、その後記憶は途絶えたのだという。気づいた時は、この小屋に居たそうだ。ユスの話では、立ち上がらせ、支えながら歩いたら、朦朧としながらも自分の足で歩いたらしい。
ダグラスは、何も覚えて居なかった。自分がどこの誰なのかも。何故そんな場所に居たのかも。そんなダグラスを献身的に世話をしたのはユスだった。
「ダグラス。お前これからどうしたい?」
セドリックの問いに、ユスがびくりと肩を震わせた。
「団長、俺、王都には戻りません。此処に残ります」
私達は、なんとなくダグラスがそう言いだすだろうと思っていた。反対をするつもりは無かった。生きていてくれて、元気で居てくれた。それだけでもう十分だった。
「コンフォートの砦へ配属願いを出すか? お前が望むなら騎士を続けられる様にも出来るぞ」
「団長。俺、肩をやっちゃったんです。だから騎士はもう続けられません。それに案外自給自足の生活って俺に向いてるっぽいんですよね」
へへっと屈託なく笑って、ダグラスが力こぶを作って見せる。ね、という様にダグラスがユスを見た。ユスはほっとしている様だった。ほわりと微笑み返すダグラスとユスの間には、穏やかで深い絆が伺える。ダグラスの口調は、騎士を辞めることについて、憂う様子は無かった。
「ダグは、護るべき者を見つけたんでしょう? 騎士としては最高の誉れじゃないか。良かったね」
私がそういうと、ダグラスとユスは顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。
***
少しだけ、時間を貰い、私はダグと二人で話をした。セドリックが少し複雑そうな笑みを浮かべて、ダグラスに勧めてくれたのだ。「話したいことがあるだろう?二人で少し話してくると良い」と。セドリック達は、小屋の中でユスと話を続けていた。
私とダグは小屋の外の丸太に腰かける。
「死んだかと思ったよ。本当に生きてて良かった」
「俺も死んだと思った」
あはは、っと可笑しそうにダグラスが笑う。笑い事じゃない。
「ヴィーは、少し雰囲気変わった?前はもっとぽやんぽやんおっとりしてたけど少し毒舌になったっていうか、なんか俺に似て来た?」
口調とか突っ込み方とかが、っとダグラスが笑う。前はあんな風に突っ込んでこなかったよね、と。
確かにダグが落ちたあの日から、エルヴィエは良く私に茶々を入れる様になっていた。まるでダグラスならこう突っ込んでくるだろうと言う事を。多分エルヴィエなりの気づかいだったのかもしれない。ただ、ぽんぽんと出て来るツッコミは元々ああいう性格だったという感は否めないが。
「けど、安心したよ。忘れてた俺が言うのもあれだけど、クリスが元気そうで。あの時最後に見たクリスの顔、泣き顔だったからね」
ダグは、何処かすっきりとした笑みを私に向けた。
「俺ねぇ、実はさ、クリスの事ちょっと好きだったんだよね」
「!」
ちょっとだよ?と人差し指と親指で、ちょっと、と示して見せるダグラス。私は目を見開いた。私の表情にダグラスが可笑しそうに笑う。
「だからね、クリスには幸せになって欲しかったんだ。ほら、好きな子には幸せになって欲しいじゃん? 団長と上手く行ってるんでしょ?」
「うん。お陰様で。先日、神殿で正式に婚約した」
「そっか! やったね! おめでと! ぁ、式には呼んでね?」
ダグラスの笑顔は心から祝福をしてくれていた。私はこくんと頷く。おどけた様なダグラスの口調に、自然と笑みが浮かぶ。
「ヴィーもね。砦の王宮薬剤師のレイア覚えてる? あの子と良い感じみたい。チェスターは婚約者が居るって。来年式をあげるそうだよ」
「マジでーー!? うっわ、後でチェスターにも式呼んでくれって言わないと!すっげぇ見たい、チェスターの嫁さん!」
けらけらと笑うダグラス。あの頃の感覚が蘇ってくる。良くこんな風に、ダグラスと私、エルヴィエとチェスターで話をしたっけ。ダグラスはいつもこんな風に笑っていた。
「ダグも。好きなんでしょ?あの子の事。 ユス、可愛いね」
「うん! もうね、超溺愛! 今はね、ユス一筋! すっごい良い子なんだよ。美人でしょー」
恥ずかしげもなく言い切るダグラスは、とても幸せそうだった。
***
ダグラスとユスが、森の入り口まで見送ってくれる。2人とは、此処でお別れだ。
「チェスター、式には呼べよ?」
「ああ。必ず」
「コンフォートに来た時は是非立ち寄ってな!」
「勿論! あ、今度来る時はユスちゃんに王都の美味しいお菓子手土産に買って来るよ!」
「団長、両親には……」
「大丈夫だ。手紙は渡して置く。一度落ち着いたら顔を見せに帰ってやれ。随分と気落ちをしていたから」
「はい、必ず。 ──クリス」
「うん」
「絶対、幸せになってよ? 約束な」
「勿論。セドが居るからな。安心して良い」
「「ひゅーひゅー」」
エルヴィエとダグラスの声が重なる。口の端に手をやる仕草まで息ぴったりだ。
「ユス殿。ダグを助けてくれてありがとう。心から感謝する。……ダグの事、よろしく頼む」
「はい、クリス様」
ダグラスがユスの細い腰を抱き寄せた。幸せそうに微笑みあう二人に、胸の中がほっこりと暖かくなる。
「それじゃあ、元気でな」
「ダグもね」
ダグラスが差し出した拳に、私達も拳をトン、と当てた。
私達は森の外で待っていてくれたコンフォートの騎士達が預かっていてくれた馬に跨る。
「皆にも宜しくな! 心配かけて悪かったって!」
「ああ、伝える!」
大きく手を振るダグラスに、私達も手を振って馬首を返す。
離れても、友人である事は、きっとこの先も変わらないだろう。
ご閲覧・評価・ブクマ評価有難うございます!予定よりも早い投稿になりました。お休み最高。次は午後には更新できるかな?ちょっと予定よりも4話分くらい長引いちゃってる…。(白目)ちょっとがんがん進めよう。がんばりまーす!




