43.セドリックの訪問。
***前回のあらすじ***
甘い時間はあっという間に過ぎる。帰宅をしたクリスティアナの元に、エメリックの使いから荷物が届いていた。届いた荷物は愛らしいピンクのドレスだったが、そのドレスの下には手紙が同梱されていた。それは真相を掴もうとするロンバートからの手紙だった。
数日後、セドリックから婚約の申し入れの手紙が父の元に届けられた。
「では、お受けしても良いんだな?」
公開処刑か? ちょっと酷いと思う。何故食事の席に申し入れの手紙を持ってきているのか。普通は自分の執務室なりで伝える事じゃないのか? それともこういうものなんだろうか。死ぬ程恥ずかしい。いや、皆家族だし良いんだけれど。
屋敷の者が集まり、期待に満ちた目で私を凝視している中、父の言葉に私は顔から火が出そうになりながら頷いた。途端にわぁっと歓声が上がる。屋敷に仕える侍女達が手を取り合って良かったですわと号泣している。……と思ったら、執事のジーヴスも号泣していた。泣くのは結婚式の時じゃないのか?早すぎだろう。
「だが、次男か。次男な──」
口元はニヤけているのに、渋い顔を作り腕を組んで唸る父。セドリックの家は既に彼の兄が爵位を継いでいる。アデルバイド家を継ぐのは兄上だ。この場合、必然的に、貴族としての爵位は消える。代わりに騎士の称号である騎士爵になる。結婚をすれば、私は『ウィンダリア卿夫人』となるわけだ。出来うる限り長男に嫁がせたいと思うのは、どこの貴族の親も同じだろう。だが、私は爵位に未練など無いし、寧ろ騎士爵万々歳だし、当然セドリックに嫁ぎたいため迷いは全くない。
唸る父に母が目を吊り上げた。私はぱっと耳を塞ぐ。屋敷に仕える者も皆しれっとした顔で耳を押さえるのが目の端に移る。
「何を渋ってらっしゃるの?! この子を嫁に貰おうなどと仰って下さる方は男色家か特殊な趣味をお持ちの方かお年を召された方の後妻くらいではありませんか! 幾ら妙な方向に走ってしまった娘とはいえ男色家の屋敷に嫁ぐなど可哀想だとは思いませんの? この機を逃したら一生結婚なんてしませんわよこの子! 準貴族になろうと私達の可愛い娘には変わりないではありませんの!」
普段はおっとりと喋る母は、実は結構声量がある。お怒りモードの母の声は、甲高くて良く通り、直撃すると暫くは耳鳴りに襲われる。……に、しても随分な言われようだ。それが実の娘に対しての言葉か。
「いや! 違う! 反対はしていないぞ!? 私は勿論賛成だとも! うん、問題は無いな、何も問題は無い!」
わたわたと慌てて弁解する父は、まるできゃんきゃん吼える子犬に、大きな犬がたじたじしている様に見える。普段は鬼の宰相と呼ばれる父は、母の前ではとても弱い。父曰く惚れた弱みというやつなのだそうだ。普段大人しい人ほど怒らせると怖いと言うが、大抵母が怒ると父はこんな風にしおしおだ。あまり自分の父親の情けない姿は見たくはないのだが。
「で……では、返事を出しておこう。結婚までは家に居られるんだろう? お前に花嫁修業は必要あるまい」
「ええ、そのつもりです。父上」
私が頷くと、母が近寄ってきて私を抱きしめた。「幸せになってね」と瞳に涙を浮かべた母の小さな体を抱き返し、私ははい、と頷く。私はとても幸せだった。
***
「先日は夜分遅くに突然お邪魔し、きちんとしたご挨拶も無しに大変失礼を致しました。セドリック=ウィンダリアと申します」
次の休みの日、セドリックが私の家を訪ねて来た。返事を書いた手紙を使いの者に持たせた翌日、訪問の知らせを受け取っている。騎士の白い正装に身を包んだセドリックは、精悍で凛々しい。似合うなぁ。思わず見惚れてしまう。ドスっと隣で控えていたグレンの肘が脇に突き刺さり、私ははっと我に返った。
私が見惚れている間に、扉の前で挨拶を受けた両親が和やかに挨拶を返し、私に視線を向けて止まっている。セドリックも柔らかい笑みを浮かべ、私を見つめていた。
「失礼を致しました。ようこそ、お待ち致しておりました。セドリック様」
私はセドリックへとカーテシーをする。今日は久しぶりのドレス姿だ。婚約のご挨拶にいらっしゃるのに男の服など有りえますかと言われ、暫くぶりにコルセットでギリギリと締め上げられている。セドリックの前では不要だとも思ったが、私は久しぶりに令嬢の仮面を被る。とはいえ地が既にばれているのだから、我ながら滑稽だとは思ったが。
父と母の案内で、私達は庭へと降りた。既にマリエッタ達侍女数名が、お茶会の用意をしてくれている。庭は今、薔薇が見頃だ。甘い香りに包まれている。母の趣味のピンクの薔薇に包まれた庭に置かれたテーブルセットは、美しい細工の施された銀食器。見た事が無い食器なあたり、父上が奮発したのかもしれない。サンドイッチにスコーン、一口サイズのケーキやタルトがケーキスタンドに美しく盛り付けられている。料理長の気合いも伺えた。お茶は母ご自慢の家の薔薇を使ったローズティーだ。給仕をするマリエッタも、いつにも増して優雅にお茶を淹れる。お茶の淹れ方は完璧だ。アデルバイド家総出の大歓迎で持て成すつもりらしい。
父も母も、普段の私の様子や、遠征での私の様子、買い物に行った時の事、あれこれと聞きたがった。セドリックは時折ふわりとした笑みを浮かべて視線を私へ送りながら、私の両親の質問に答える。両親はとても嬉しそうに彼の話に耳を傾けていた。
***
「どんな男かと思ったが、良い青年だなぁ」
「本当に。貴女の事をとても大事にして下さっているのねぇ」
セドリックの帰宅後、父と母がしみじみと呟く。セドリックへの評価は上々だった。後日私もウィンダリア伯爵家へ訪問する。ウィンダリア伯爵夫妻に認めて貰えれば、その後神殿で婚約式を行い、正式な婚約と成される。少しずつ現実味を帯びて来る結婚に、私の胸は高鳴った。
ご閲覧・評価・ブクマ評価有難うございます!段々クリスのゴールインが見えてきました。次の投稿は明日の夜になります。




